『気づいたら拉致されてた』
悪ふざけ100%の作品です。
少年はただ呆然と立ち尽くしていた。
目の前の信じがたい光景に。
それが自分にとっての絶望なのか希望なのか
そんなことはどうでもよかった。
ただ知りたかった。
この光景の意味を。
「あ、そういうセリフとかどうでもいいんで、とりあえず家に帰してもらえませんかね?」
少年は心底うんざりした声で言った。
彼の周囲はヨーロッパの王城の玉座の間を思わせる空間だった。
――思わせる、というのはここが普通にイメージできるお城ではないからだ。
暗い空間の中に、悪魔のような石像が壁にあり、
玉座と思われるものは華美というよりは不気味が正しい。
言うなれば、王城ではなく魔王城だろう。
「いやいや、君の心境をかっこよくナレーションしたんだからさ、もうちょっと反応ないかな?」
少女は残念そうに言うと、少年との距離を少しずつ詰め始める。
少女は赤い髪に赤い宝石のような眼をしており、豊かな胸が強調された黒を基調としたドレス――ゴスロリのようなもの――を身に纏っていた。
「いやいや、ホントにそういうの興味ないんで、さっさと帰してください。ピザ頼んでるんで」
少年は心底うんざりしていた。
自身が置かれた環境に順応するよりも空腹のほうが勝っていた。
目の前にいるのが魔王だろうが、美少女だろうが関係なく、ただピザが食べたいのだ。
「ピザ?あぁ、大丈夫。膝枕なら私がしてあげるから」
何食わぬ顔でその場で正座し、太ももをポンポンと叩く。
「ピザだわ。膝はご所望じゃねえよ」
「何だね君は!さっきから偉そうにして!勇者なんだからさっさと魔王たる私を倒しなさい!」
人差し指をビシっと向け、豊かな胸をプルンと震わせる。
「......そうか」
少年は迷うことなく彼女の正面に足を進め、何の躊躇もなく脳天にチョップをかました。
「い、痛い!倒さなきゃとは言ったけどいきなりすぎるよ!!」
頭を抑えて涙目になる少女。
少女の巨乳に目もくれず、食欲の赴くままの行動である。
「いや、倒せって言われたし。ピザ待ってるし」
「だから膝枕なら私がしてあげるって言ってるじゃん!!」
「膝枕なんていらんわっ!」
すると、突然少女は顔を赤らめ胸元を押さえた。
「も、もしかしてそれ以上のことを要求するの...?」
「アホか!するわけねえだろ!!」
「うぅ、えっち.......」
「あああああああああ!!一体何なんだ!!」
帰りたいのに帰れない、どうにもならない状況に頭を掻きむしる。
このままでは埒が明かないので状況を整理する。
まず、こうなる前の状況を思い出す。
自室でのんびりゲームをしながら、そろそろ正午を回るというところでピザの宅配を注文した。
そしてふいに眠気に襲われ目が醒めたらここに立っていた。
魔王城の玉座(のような感じ)、赤髪赤眼の美少女(巨乳)、勇者と魔王(謎設定)
(色々ぶっ飛びすぎだろ......)
そもそも理由が見当たらないのだ。
ゲームしてピザ待ちしている人間がどうして魔王に拉致?されなければならないのか。
考えても答えが出ないことに少年は大きくため息をついて怠そうに質問を投げかける。
「それで、なんで俺がここに連れてこられたの?」
「いや、なんとなく」
「なら帰ってもいいよね?」
踵を返し扉の方に向かって歩きだす。
「いやいや、ダメに決まってるでしょ」
馬鹿かお前はとでもいいたげな顔で肩を掴み、少年を制止する。
「なんで?」
「私は魔王です。魔王がいるなら何がいますか?」
答えなきゃダメなの?などと考えつつも仕方なく回答する。
「魔物でしょうか」
「はいダメー、君ダメー、センス無いね。そこは勇者でしょ。もっと常識的に考えてよ」
「こいつすげーむかつくぞ」
「で、そこで登場する勇者が君ってわけ。分かったかな?」
「全然話が見えてこないのですが」
「だーかーらー、私が魔王として君と勝負するってわけです。あーゆーおーけー?」
「コイツ、スゲー、ムカツクゾ」
「よっし!それじゃあ早速いってみよー!」
そう言うと少女は後ろに跳躍し少年との距離を取った。
助走も無しに10m弱の距離を飛び、人間ではあり得ない跳躍力を発揮する。
「え?お前飛びすぎじゃね?」
「よぉし!それじゃ私から先行で。とりあえず~、最初は~」
陽気に鼻歌を歌いながら何をするか考え始める少女。
当然ながら、これから彼女が何をするかなど想像も付かない。
「え?何すんの?ジャンケン?」
「―――地獄より出でし業火よ、全てを灰燼に帰し―」
少女は詠唱を始め、空間一面に赤く輝く巨大な魔法陣が形成される。
「待てまてまってえええええ!!お願いだから待って。何なのこれ!?」
少年は顔に冷や汗をダラダラと流しながら必死の制止を試みる。
突然正体不明の空間に連れて来られ、魔法陣など見せられれば、
現実では起こり得ないモノの発生を考えずにはいられない。
非科学的である、などと笑い飛ばしている余裕など微塵もない。
「我が家に代々伝わる由緒正しき爆炎魔法なのだよ!」
「死ぬだろ!?間違いなく消し炭と化しちゃう魔法だろ!!」
止めなければどうなっていたのだろうか?とは思うが、
止めなければ死んでいた。というベストアンサーを導いて自問自答を終える。
「えーなに?イヤなのー?せっかく勇者のために魔力を精錬させてきたのにー」
「いらないからそういう気遣い!どうせならもっと喜びそうなものにして!」
「じゃあ、この世界にはいないであろうエンシェント・ドラグーン<<インフィニティ>>を召喚してあげるね!」
あれ?さっきよりも強くなってない?というのは少年の気のせいではないだろう。
「ちょ、ちょっと待て。地球消し炭は勘弁してくれ」
エンシェントにドラグーンがついてさらにインフィニティが付与されれば、それはとんでもない化け物だろう。そんなのを地球上に召喚されでもしたら鼻息だけで日本が消し炭となりかけない。
「もう勇者ってばワガママだなっ!いいよもうビッグバンで!」
プンスカという擬音を立てんばかりに自称魔王は怒り出し、詠唱を開始した。
「―――地獄より出でし業火よ、全てを灰燼に帰し――」
マズイ、マズイ、ヤバイと頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響く。どうにかしなくては、と頭の中をフル回転させる。しかし、絶体絶命でどうしようもない時に咄嗟の行動ができないのがこの少年だった。
いくら考えてもこの場を打開できるような秘策は思い付かない。
「ピ、ピザあげます!ピザあげますからピザあげます!!」
最後の抵抗と言わんばかりにピザラッシュを仕掛けるが自称魔王からの反応はない。
「――現世全てを煉獄に染め上げ、終焉の時へといざ行かん―――」
「許してください何でもしますから!!」
最後の抵抗とばかりに命乞いをするがこれもまた反応なし。
ああ、終わった。
そう思ったとき、彼は遠い記憶を思い出した。
―――女が怒ったら無理矢理抱きしめて愛を囁やけ。それが夫婦円満の秘訣だ。
いつか聞いたロクでなしの父親の言葉を思い出していた。
幼い時に聞いた言葉だが、今でもこれだけは覚えていた。
(そういや、ちっさい頃に言われたとおりやったら丸く収まったな)
今思い返せば、そんな恥ずかしい行動をよく取れたものだと自分を褒めたい。
昔と今では状況が違う。
今は自分の命が掛かっている。
あの時のように好きな女の子は目の前にいない。
――生きるためにはどうしたらいいんだよクソ親父?
返事は無かった。
だが、もう答えは出ていた。
「―――顕現せよ!」
詠唱も終わりかけた時、少年は走り出していた。
自分にできることなんてただ一つ。
恥ずかしいと思う羞恥心も、思春期特有のちっぽけなプライドも全てを捨てた。
夢も希望もないのなら愛に頼るのみだ。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「――ビッグ」
最後のフレーズ、それが終わる間際、少年は少女を抱きしめて叫んだ。
「好きだあああああああ!!俺はお前が大好きなんだあああああああああ!!」
全身全霊、言葉に全てを乗せて、ただ叫んだ。
そして爆炎魔法は発動しなかった。
「――え?ホント!?」
自称魔王は頬を赤く染め、最高の笑顔を少年に返した。
1週間以上を空けないように投稿していく予定です。