先生の過去
「なぁ」
「ん、なに?」
隣の席から声を掛けられて、私は即座に返事をする。
「悪ぃんだけど、ここ、教えてくんない?」
そう言ってノートの右ページを指差す。ここって……
「ねえ、陽登。ここ、ついさっき先生教えてたとこでしょ。聞いてなかったの?」
「うん、寝てた」
即答なのね。ここまでくるとかえって潔く感じるよね。
「しょうがないなぁ……」
「ありがとな、響子!」
にかにかしながら私の説明を聞く陽登。私も今、先生が言ってたのをそのまま言うことしか出来てないけど。
桜日 陽登。正直、私はこの生徒に感謝している。若干人見知りをする私に、入学早々声をかけてくれた唯一の人だから。ちょっとおかしなとこもあるけど、クラスのリーダーって感じで憎むに憎めない存在だし。
その頃の外の景色は、草木も空も青かった。
球技大会という名の夏の風物詩。
「がんばれぇー!」「ほら、そこ! あぁ、降りきるなよぉ」「ナイスシュートっ!」
強い日差しの中、暑い声援が飛び交う。いいね、青春って感じ!
「響子は応援行かねーのか?」
ふと後ろを向くと、陽登が見下ろしてる。
「いーのいーの。私、体そこまで強くないから休ませてもらってるんだ~」
回りと少し離れたところの木陰で一人、眺めるのが楽しいし。さっきフラッとして回りに心配させちゃったしね。
「んー、そっか」
そう言うと陽登は私の隣に座る。
「じゃあ俺も一緒に休む!」
「いやいやいやいや、陽登は応援しなきゃ! 皆もそれを望んでるよ、きっと!」
ここで私の相手をすることはないし。
「…………あ……ら、そんな……思……ねーよ………………」
「え? ごめん、何て言ったの?」
「んや、ここでお前と見たいしさ」
「……そっか」
その時は陽登の気遣いに甘えることにした。
「……ねえ、聞いた?」「え、何のこと?」「桜日のこと」
トイレにいると、女子の会話が耳に入ってきた。
「アイツってマジでキモくね?」
陽登がキモいわけないよ。心の中でそう呟く。
「うんうん、初めの頃なんて席替えしろ席替えしろーって。他の女子とも隣になりたいって気持ちモロバレ~」
クラスの中で孤立している人居たから声かけてたんじゃん!
「いちいち役員決めの時とか声張り上げてマジうぜー」
バン!
「よ、陽登君は、キモくないし、うざくなんか、ないっ!」
怒りに身を任せて叫んだ。それもこれも全部あなたたちのせいで陽登がそうせざるを得ないだけ! それを全部、押し付けるなんて……。
「は? 村雨なに言ってんの? アイツの肩持つとかキモいんですけど」
「しかも、泣いてるし~」
もう何を考えることすらできなくなっていた。ただ彼女たちに手を出さないように、教室に戻って伏せて悔し涙を浮かべていた。
その時辺りからか、いるはずの場所に彼はいないようになってきた。
紅葉も過ぎて、色の落ちた葉が落ち始めてきた。あれからしばらく陽登君の姿を見ていないなぁ。
そう思うと、無性に会いたくなってきて…………。
「この辺りだったよね」
遠い記憶を便りに陽登のアパートにたどり着いた。話したいことがたくさんあるし、会ったらなにから話そうかな。
ドアの前に立つと、少しばかりだが妙な違和感を感じた。生ゴミを放置したときの臭いに酷似していて……。まさか、お腹とか下してないよねっ!?
ピンポーン
返事がない。気づいてないだけなのかも。
ピンポーン ピンポーン
あれ、居ないのかな。
そう思ってノブに手をかけると、簡単に開く。
「あれ、えっと……すみません、ドア開いてますよ」
……。反応が無い。
「入りますよー」
寝込んでたら大変だ。お粥かなんか作ってあげよう。
そう思って部屋の奥に進んでいく。徐々に臭いがキツくなっていく。
そして、決して望んでいたものとは違う再会がそこで待っていた。
穴だらけの壁。落書きのようなものが壁や床に散乱している。
そして、
その中央には、
「え、う、う、そ…………いいぃぃやぁぁぁぁぁあああ!!!!」
彼が首を吊っていた。
「なんで、なんでなのッ! う…………おえぇっ!」
吐いた先……真下の床の落書きはただの落書きなんかではなく……
『死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいアイツら死ね死ね死ね死ね死ね死ね…………』
カーテンが閉まっていて、散らばる勉強道具や救急箱。割れた電球。この中で彼の中にはどんな葛藤があったのか、私には知る術はない。ただ、逃げるように部屋を出ると、さっきまで目に入っていなかっただけの、つっかえ棒が数本散らばっていた。
親にまで見棄てられたの……?
それ以上は考えられず、私は逃げ出した。
高校にして初めてできた親友に背を向けて、逃げ出した。
「聞いた? あの話」「え、なに?」「桜日自殺したって」「あー、村雨が殺したってやつでしょ?」
そう、私が殺した。
「殴ってだっけ?」
それよりも酷いことをした。
「違う違う、首絞めて」
そう、私がそうさせた。
「うわー、今までの仲良さそうだったのは演技かよ」
回りに気づかないまま、気づかないふりをして。
そこで、私の記憶はプチっと切れて、
夢が覚めた。