学校での朝
「ん、ん~、……ふぅ」
思わずのびをしてしまうほどの清々しい朝。
……結局僕もソファで寝てしまった。首がいたい。あと腰も。
少し大きめのあくびをしながら、部屋を見渡してみる。本当に部室に見えないな……。
「……ぅん、むー……」
変な寝言を言いながら、規則正しく寝息をたてている人がいる。その上には僕のブレザーがあり、机の上には発泡酒と思われる黒い缶。若干不快そうな顔をしてるし、やっぱり酔ってたんだ……。
取り敢えずお腹すいたし、なんか作ろうかな。
先生が持ってきていたビニール袋のなかの物を出すと、案の定食パンと菓子パン、スナック菓子が出てきた。パンですら持ってきた意味がわからないのに、その上食パンとかもう……。
そう思いながらも、昨日発掘したばかりのトースターで食パンを焼く。使っといてなんだけど、これ焦げないよね?
その間にお湯を沸かし、食器棚にあったレモンティーのティーバッグを用意する。使用期限は……来月か、うん、大丈夫。
「……ん~ん……」
「あ、起きました? 本当にお酒に弱いんですから~」
頭を手で押さえながら、こちらに顔を向ける。寝起きの顔も……って何考えてんだ僕!
「ん? このブレザーは?」
「あー、汚かったですかね。夜少し冷えそうだったので、勝手に掛けさせてもらいました。すみません」
掃除してたの忘れて掛けちゃったから、臭ったかな。
「いや、そんなことないよ。むしろ…………な、なんでもない! と、とにかくありがと!」
「え、ああ、はい」
なんか急に慌てた感じになったな……。やっぱり臭いの我慢してたのかな、これから気を付けなきゃ。
チン! ガシャッ!
唐突な高音と共に、二枚のトーストが宙を舞う。いや、それは聞いてない!
「うわ、ちょちょちょっ、うぬあぁ!?」
「え、ちょ陽斗くん!?」
なんとかトーストは取れたけど、そのまま後ろへ音をたてて倒れる…………わけではなかった。
「大丈夫、陽斗くん? ほんとに危なっかしいんだから」
顔をあげると先生の顔があり、頭に柔らかいものを感じる。天井は真上ではなく斜め上。……てことは…………。
「ままま待ってください!」
頭より先に体が動く。勢いよく僕は体勢を直すと、僕の肩から支えられていた手が離れる。
「いや、先生、なにしてるんですか!?」
「なにって……君のことを受け止めてただけだけど?」
これは完璧に起こってはいけない事故だったんだ。というより、この先生も無防備にもほどがある!
「それは分かってます! 何でそんなやり方なんですか!?」
「え、いやだって倒れそうだったし、これ以外にやり方ってあるの?」
鈍くてよかった……。普通じゃ平手打ちじゃあすまないからな……。
「いや、何でもないです。トースト焼けたんで、一緒にどうですか?」
「うん、食べる!」
この人、よく今まで生きてこれたなぁ。ふと、そう思ってしまった。
さっきできたばっかりのトーストをそのまま口にくわえて、レモンティーのカップを持ってくる。パンに合うのかな……。
「昨日まで酔ってたのに回復早いんですね」
カップを机に置くと、相手は既に菓子パンを頬張っていた。
「んむ? …………酔ってたのか、私。……迷惑かけてない?」
「ん~、かけてないってことにしておきますかね?」
「むー」
若干かけられた気もするけど、いっか。
「てか、ここどこ?」
……え? 分かってなかったの?
「どこって……部室ですけど」
「今何時!?」
「朝の7時くらいですね」
「え、わざわざ家からまた来たの?」
なんだか慌ててるなぁ。僕、悪いことしたかな?
「いえ、先生一人置いてくのもあれなんで、起きるの待ってたら寝ちゃってました」
我ながら寝るとは思わなかったけどね。
「そっか……」
? 何に対して理解したのかわかんないけど、いっか。
「…………」
「…………」
お互いにもそもそと食べる。要するに、沈黙。なんか話しかけた方がいいよね。
「あの、先生!」
「は、陽斗くん!」
か、被った。
「あ、先どうぞです」
「あ、うん。えっと、君は一応ここの部員になった……ってことなので、これ預けるね」
そう言って、握られた右手を僕の前に突き出す。えっと……下で手を広げた方がいいのかな?
おとなしく受け止める準備をすると、熊のストラップのついた鍵が落ちてきた。
「あの、先生……これって……」
「ここの鍵だよ。だって君、部長だし」
あーそっか、ぼくぶちょーだったなー、あはははは。……じゃないよ!
「先生、いくら僕しかいないとはいえ、鍵を僕に預けるっていうのは…………」
「私は君を信頼しているんだよ。活動日も決めていいよ」
……自由すぎないかな…………というより、全面的に信頼しすぎな感じがするけど。
「んじゃあ、私は君達用の授業資料でも準備しとかないとなぁ」
大きなのびをしながら、いそいそと片付け始める響子先生。あれ、さっきまでパン結構残ってたよね。消えてない?
「先生、このあと仕事なんですか?」
「あー、うん、そうだよ。色々とありそうなクラスだけど、改めて! これからよろしくね祈颯 陽斗君!」
そう言うと、僕の方に片手を伸ばす。
「あ、はい。よろしくです、響子先生」
僕はその手をとって握手をする。もしかしたら、この人とならあの頃とは違う生活が送れるんじゃないかな。
その後なにかあるわけでもなく、解散となった。何事もなかったかのようにお互いテキパキと片付けたので、一瞬だけここまでの出来事が錯覚なのかと思ってしまった。