音楽研究部という部活
部活棟へ歩きながら、ふと思い付いたことを口にしてみる。
「僕の他にその部活って何人くらいいるんですか?」
「私だ」
確かにそうだけど! てか、顧問じゃなきゃ誘わないでしょ。
「えっと……先生以外には」
「他はいないけど…………って、ぇええ!? なに、何で涙ぐんじゃうの!?」
僕は罰ゲームでも受けているのかな。てか、いじめにしか思えないよ。
「……ぐすっ、そ、それよりもです! 今更になっちゃいましたけど、何で僕なんですか? 直矢とかだったら考えるよりも先に返事を返すだろうに……」
すると、少し考える素振りをした後、
「何でだろうね」
そう笑いながら言った。
質問に質問で返された……。何でなのか聞きたいのはこっちなのに。
そうこうしているうちに、とある部室の前に着いた。
「ここが私たちの部室なんですが、一つ問題がありまして…………」
問題……。またなんかやらかしたのかな。
「なんですか、その問題って?」
「えっとですね、ほんの少ぉ~しだけ散らかってまして……」
「要するに片付けからってことですか。いいですよ、先生の部屋ほど大変じゃないと思いますし……」
そもそも引っ越しと部屋の掃除を比べる方が間違ってるよね。あれより大変なのはないに決まってるし。
「いや、その、待って……」
先生の制止を聞かずにドアを開ける僕。
「…………」
目の前に広がっていたのは、茶色の箱の山。
僕が一体何をしたって言うんだ……ッ!
「あの~、陽斗くん……?」
「……一式…………」
「は、はい?」
「掃除道具一式さっさと持ってきてくださいッ!」
最大限の怒りを込めていい放つ。
「わ、わかりましたぁ~!!」
すると、響子先生はそう言いながら駆け足でそれを探しに行った。
さて、と。先生が来る前に少しか片付けておくか。
そう思いつつ、僕は手前の段ボールを手に取る。
えっと……、古紙って書いてるけど…………。何のプリントか気になるな。ま、まあ最終的に片付けるのは僕だし、ちょっとだけならいいよね?
誰に対してかの言い訳をしながら、段ボールを開ける。
「……職員旅行……? こんなんもやるのかぁ」
行き先は……箱根温泉か。羨ましいな。響子先生も行ったのかな。
そう思って名簿のところを探してみる、が、
「村雨、村雨、村雨…………あれ、ない」
ガチャ
ふと後ろでドアが開く。
「響子先生、早かったんです、ね…………?」
しかしそこに立ってたのは見覚えのある黒髪ではなく、廊下の光を乱反射する丸い物体…………もとい、頭だった。
「ちょっと、君! それは重要資料なんだから、勝手に読まれたら困るよ!」
そう言うなり僕の手から冊子と段ボールを奪い、廊下へせかせかと歩いていった。
……? あれってなんだったんだろ……。
色々と気になるけど、まずはゆっくり座れるところが必要だし、掃除しなきゃ。
ようやく必要のないもの(主に段ボール)がなくなってきた頃、
「遅くなってごめん、なかなか見つからなくって……」
その手には山盛りに道具が入ったバケツが握られてた。
「えっと……何持ってきました?」
先生のことだから、とんでもないものとか持ってきてたりしそうだし。
「え? あぁ、掃除道具?」
それ以前の回答だった。
「それは頼んだから分かってます! 中身のことです」
理解した顔で手をポンと叩く。質問の意味わかってなかったのかな。
「雑巾とスポンジとクレンザーとピュピュットと……」
「待ってください、先生はどこを掃除したいんですか」
それってほぼ全部水回りのやつじゃないか。普通、部室にシンクはないような……。
「シンクに決まってるよ」
そう言うと、ドアのすぐ隣に目をやる。そんなとこにあるわけ…………
そこにはしっかりとシンクがあった。てかガスコンロもあるし。
「え、なんで!?」
「いやいや、音楽観賞にお茶はつきものでしょ」
やれやれとでも言うかのように説明をする。いやいやいやいや、まずそもそもそれが承認されるのが凄いからね?
納得はいかないけど、持ってきたならしょうがないし……、うし、やるか。
僕は部屋にあった掃除箱から箒を取りだし掃き始めると、先生はシンク磨きを始める。さすがに慣れてるのか手際がいいな。
「そーいやなんですけど、職員旅行ってなにしたんすか?」
即答……かと思ったら、暫く考え込んだあと首をかしげる。
「ごめん陽斗くん、職員旅行なんてしてないけど?」
……え? けどさっき冊子かなんかがあったよな。でもまあ、響子先生がそう言うならなかったのかな。
「そうですか、すみません」
「……?」
少し疑問を抱かれた気がするけど、今は掃除優先かな。
◇◆◇◆◇
顔を上げると空はすっかり橙色に染まっていた。
「ようやく終わった…………と思ったら先生がいない……」
部室を見渡しても僕以外の人影ひとつない。もう、なんだよ! 人のこと誘っといて気付いたら消えてるって! まあ、今の今まで気づかなかったけど……。
苛立つ気持ちを抑えて、さっき発掘されたばっかりのブラウンのソファに腰を掛ける。
部屋を見渡してみてふと思う。ここって、部室……だよな?
地デジ対応テレビ、少し小さめのキッチン、今座ってるソファ、ステレオ、スクリーンに映写機、等々。いくらなんでも揃いすぎじゃないかな、壊れてる様子もないし……。元々誰かの所持物だったとかだったらわかるけど。
少し考え込んでいると、ついさっきも聞いた足音が聞こえてきた。ようやっと帰ってきたか。
バァン!
「陽斗君、お疲れ様!」
……へ?
振り返ると、ビニール袋を片手にドアを開け放っている先生がいた。
たしかに疲れていたよ、でも今ので吹き飛んじゃったよ。
「今度はなんですか? 仕事が増えるのはやめてくださいよ……」
響子先生は僕の前に回り込むと、顔を寄せてくる。ち、近いな……。
「ほら、これでお疲れ様会みたいなのしよ?」
そう言って出してきたビニール袋の中には、コンビニのお菓子と何故か黒く塗られた缶ジュース(?)が2本入っていた。
「あの、先生? 何でこれ、黒いんですか?」
「あー、それはね…………飲んでからのお楽しみ♪」
そう言いながら一人掛けのソファに腰を掛ける。てか今の間なに!? 毒かなんか入ってるの!?
不安が頭を過るなか、缶の片方が渡される。
「僕に選択の余地はないんですか……」
「んじゃ、かんぱーい」
スルーかよ。もういい、僕も男だし腹をくくるしか……。
響子先生がぐびぐび飲んでいるのを見て、僕も口をつける。
あれ、普通のオレンジジュースだ。
「響子先生、これハズレとかないんですね。てっきりあるかと思ってドキドキしたじゃないですか」
「ハズレなんてあるわけないじゃない~、ヒック」
「そうですよね…………ヒック?」
目の前では既に顔を赤らめてふらふらしていた。
「先生、ちょっとそれ貸してください」
試しに匂いを嗅いでみる。あー、やっぱりアルコールじゃん。てか一口でこんな酔うもんなのかな。よっぽど弱いとしか言えないね。
「……zzz」
「ってもう寝てるし……、しょうがないなぁ」
労いの気持ちがあったのは確かなようだし、一応介抱しとくか。
そう思いながら、僕は、早くも寝息をたてている先生をソファに座らせブレザーを掛けた。