非日常の始まり
始業式は極々平凡なものだったと思う。校長先生の話が終わった時点で、もう既に睡眠学習に入っている生徒がちらほらいるし。
「…………zzz」
僕の後方では、口を開けたまま顔を上に向けて寝息をたてている友人がいた。
「ちょ、直矢……」
まあ、少しくらいなら寝させといてもいいかな。実際僕も眠いし。
「…………zzz、うぇへへ」
誰だ、今のやつ!?
振り返ると、幸せそうに涎を少し垂らしている火音の姿があった。うん、火音はいいや。
そうして始業式も終わり、教室に戻る僕ら。
「さっき、豪快に寝てたね」
「うぇ!? ……マジで?」
「マジマジ」
少し笑いながら言う僕に、項垂れて歩く様子は少し可笑しいものだった。
他クラスも喋りながら教室に戻る。
「……他のクラスもこんなんなのかな…………」
「こんなんって何なのよ~」
声の主は僕たちのすぐ後ろにいた。
「む、村雨先生!?」
僕より早く反応するとは……やっぱりそういう目で見てたのか。
「別にどこのクラスも同じようなもんよ。でも強いて言うなら、うちのクラスは私の担任下にあるってくらいかな」
自信ありげに胸を張る響子先生。あの、そこ胸張れるとこじゃないと思います。
「ささ、村雨先生、どうぞどうぞ」
そう言うなり、目の前の一年二組―――僕たちのクラス―――の扉を開ける。
「善きに計らえ善きに計らえ~♪」
「はっ、我が君!」
「……なにしてんだよ」
跪いて心臓に手を当てたところで、相手は一介の教師だよ。それより響子先生もなにやってるんだよ。
そう思いつつも、友人の手を引っ張りながら席につく。若干笑われてるけど気にするもんか。
「はい、色々と長くて大変眠たいところ悪いんだけど、今からプリント配るから、書くとこ書いて前に回しちゃって~」
すると前からプリントが回ってくる。
「氏名、特技、年齢、電話番号、メールアドレス…………ってこれ後半全部個人情報じゃないですかッ!」
「いや~、バレた?」
「バレるに決まってるでしょ……」
こんなの集めて何に使うんだこの人……。
「まぁまぁ、それは前使ってたやつを使い回してるだけだから、そこは書かなくていいよ。その代わり! 自己PRは絶っっ対書くこと! んじゃ、それは明明後日の月曜日に集めるから、チャイム鳴るまで自由でいいよ~」
自由奔放という言葉がぴったり当てはまるような人は、そのままの流れで教室の後方……僕と直矢のいる方へ来る。
「ん~、あそうそう、部活は今日から入部できるらしいから、決まってる人は学年主任のとこ行ってね。体験入部はその部の部長に聞いてから」
くるっと後方に振り向きそう告げると、僕の耳元まで顔を近づける。
「な、なんでしょうか……」
ち、近い……。
そんな僕には露知らず、
「放課後なんだけど、また頼み事あるんだ。君にしか頼めないことだから」
ペロッと下を出して"ごめん"の仕草を取る。か、かわいい……。
「…………はっ、」
思わず見とれてしまった。
「…………何の話してたんだ」
じっとりとした視線を送りながら、そう隣から聞いてくる。
「多分なんかの手伝い。人手は多分足りてるから、来なくていいからね」
念のため釘を指しておく。直矢のことだし『俺もいく!』とか言いそうだからね。
案の定と言うべきか、かなり不満そうな顔をしながらも、わかったと言った。
◇◆◇◆◇
太陽が西に傾きかけた頃、僕と響子先生はさっきまでの教室にいた。見つめ合う僕たちの間の空気は、あたかも女子が男子に告白するようで…………なんか緊張するな。
「な、なあ、陽斗くん」
そして彼女の口から出た言葉は―――――
「音楽研究部に入部して!」
――――期待に大きく反れるものだった。
いや、まあね、確かにあり得ないことだとは思ってたよ。けどさ、昨日のお礼かと思って少し期待してたら案の定これだよ。
「いやです!」
「どうして!?」
考える素振りすら見せない僕を意外にでも思ったのかな?
「なんとなくです」
あんぐりと口を開けてこちらをじっと見る。綺麗なお顔が台無しですよ。
「そもそも、昨日のお礼とかそういうのだと思ってただけ、裏切られた感半端ないですよ」
ガッカリを通り越して呆れるレベル。
それを聞いてか、『あ、そーだった』とでも言える反応を見せる。え、気付いてなかったの!?
「じゃあ、お礼したらいいの?」
いや、そういう訳じゃなくて。そう言いたいけど、さっきまでの話の流れからしてその回答はおかしすぎる。もっと考えて言うべきだった。
「ま、まぁそういうことになりますかね」
でも響子先生のことだ。『じゃあ別の人にするね』とか言いそうだしなんとかなりそう。
「じゃあ後でお昼ご飯奢るから。はい、これでいっしょ?」
想定外だったね。あー、もう。もしかしてさっきフラグ建ててたかな。どこぞの誰かさんならこの状況、喜びそうだけど。
「はぁ、分かりました。じゃあ、入部届ありますか?」
まあ、入りたい部活もないし音楽に興味がないわけでもないし…………入ってもいいかな。
「やったぁ! よろしくね、陽斗くん!」
その無邪気な笑顔を見て、ほんの少しだけ嬉しくなってしまった。