ようやく始まった物語
よく晴れた青空。綺麗な桜の並木道。登校する生徒の波。
今日こそ清々しい朝だね。同じ高校生を見るだけで、こうも安心するとは思っても見なかったけど。
昨日は昨日で変な教師に出会ってしまった上に私情の手伝いまでされて…………僕のこれからは大丈夫なんだろうか……。
いや、諦めてはいけないぞ陽斗! また気持ちを改めて、今日からまた素晴らしいスクールライフを___
「少年よ~、前日登校して何をしていたのかな~?」
「えぅえあわぁっ!?」
「どんな驚き方してんのよ……」
同じデザインの制服に身を包んだ女子生徒がそこにいた。待って、その少年って僕!?
「な、なんのことかな~」
「やっぱ少年だったか~。いやね、昨日ルート確認の意味も込めてここまで来てみたら、なんか今の少年にそっくりな男子生徒がいてね、ちょっと気になってさ~」
僕まだ肯定してない! 否定してるのに話を進められる。ペースを掴まれてる気がしてならない。
ていうか見られてたの、あの現場!? 人一人としていないと思ってたのに……。
そうやって考え込む僕に対して、ややムッとした表情を見せる女子生徒。
「なに一人でぶつぶつ言ってるの? なんか怖いよ……」
「ぶつぶつって…………なんか、ごめん」
まさか独り言になってたなんて……。僕そんなに動揺してるのか。
「まあいいや。あ、そだ、名前言ってなかったね。あたし庄司 火音、よろしく」
そこまでの流れを両断するかの如く、目の前の少女は手を出してきた。握手かな?
「祈颯陽斗だよ。あと、その少年っていうのやめてもらえる?」
「なんで?」
その手を握り締めようとした瞬間に即答!? え、ちょっとタイム。普通ここって『しょうがないなぁ』とかって言って、名前で呼び始めるとこじゃないの!? 普通っていうか一般的にそうとしか言えないでしょ!?
「え、いや、なんでって言われても…………」
「理由ないなら、別に少年でもよくない?」
理由がないわけじゃないんだよ! 同学年だし、出会ったばっかりの相手に少年はおかしいし、普通に言わないし。
あ、だめだ。たぶんこの火音って人、常識言ってもアウトな人だ。なんかこんな人ついこないだも見た気がするな。
「はい、もうどちらでもいいです」
「そうかそうか。よし、これから宜しくね、少年!」
肩を落とす僕に片手を置く火音。もう完全に手綱を持たれてる感じ。泣きたい……。もう僕の想像してた高校生活が終わりそうな予感するし。
「さぁ、クラスを見に行こうか、少年!」
「え、あ、うん、そうしようか______」
そう言って火音の方を見たときには、もう既に玄関の扉を開けていた。
いやいや、早すぎるよ! もう脚力とかの次元じゃないでしょ……。ついていけないよ、精神的にも物理的にも。
「あれって君の友人なの?」
すぐ後ろで僕の肩に手を置いて一人の青年が声をかけてきた。
「……!? いや、まあ、さっき会った人……かな?」
ふぅ、さっきみたいな声はあげなくてよかった。ていうより誰!? 同級生…………だよね?
「ん? ……あぁ、自己紹介してなかったね。俺は前田 直矢。君と同じ一年だよ」
随分穏やかな一年生だなぁ。火音とはまるで違う。
「僕は祈颯 陽斗。よろしくね」
「おう!」
そう言うと、直矢は僕の右手を勢いよく掴んだ。
「一緒にクラス見に行こうぜ。同じクラスだといいな、陽斗!」
「うん、そうだね!」
これから仲良くやっていけそうな人だな。本当に同じクラスだといいのに……。
「やったぜ、同じ二組じゃん。これからよろしくな!」
「うん、よろしくね」
心の中とはいえ、フラグを立てた直後にへし折られるのは初めてかもしれない。最初に会った優しい男子と同じクラスだと、確かに嬉しい。けど…………
「火音も一緒なんだな…………」
僕たち男子の隣の列には庄司火音の四文字が並んでいる。こんないいように来るもんかな。
「うわっ、マジか。仲良くできっかな……?」
頭を抱え、直矢はオーバーリアクションをしている。
「まぁ、気長にやればなんとかなるって」
一番なんとかしなきゃいけないのは恐らく僕の方だけど。
「だな。取り敢えず、うるさいやつは怒らせないようにしないと______」
「へぇ、『うるさいやつ』ねぇ」
あれ、なんだかゾクッとする…………もう玄関に入ってるのにな。なんか振り返りたくない。
「し、庄司さん……だよな? 俺、前田っつーんだ。よろしく」
ビクビクしながら直矢は自己紹介をした。わかってるよ、僕も走り出したくて堪らないよ。
「へぇ、前田くんね。覚えておくよ、これからのためにも」
台詞とは別に、火音は笑っていた。目を除いた部分が。
あれ、これやっぱり怒ってらっしゃるかな? 話は変わるけど、この真冬のような寒さはそれとは別の錯覚だよね。
「火音さん……怒ってらっしゃいますか?」
「ん、何に対して? あたしは見ての通り普通よ。少年こそどうしたの? 具合でも悪い?」
そう言いながら、火音は僕に鋭い眼差しをおくってくる。呪われるのかな、僕。
ちょっと話があるから、こっちに来い
その眼差しからそう読み取れた。ていうより、そうとしか読み取れない。行かなきゃ殺されるよね、これ。
「べ、別にこの通りぴんぴんしてるよ。あ、直矢、校舎内廻ってるから先行ってて」
「お、おう」
僕の視線から察したのか、そのまま教室に行ってくれた。理解してくれてよかった……。この場だと視線だけで殺されそうだからね。
「じゃあ、あたし達も行こう。ね、祈颯君?」
初めて名字で呼ばれたはずなのに、妙に背筋が冷えるな……。
ガラッと音をたてて教室のドアを開ける火音。そして流れるように黒板に張ってある座席表を一瞥すると、自分の席に座った。
よくわかんないけど、怒ってるっぽいね。
一応火音を見習って、自分の席に座る。
「なぁ、やっぱアイツは怒ってたのか?」
偶然か、隣の席になった直矢がそう声をかけてきた。偶然ってあるんだね、なんか重なりすぎて若干怖いや。
「まぁ、怒ってたかな?」
「あー、もう! 初日から敵作っちまったぁ~」
机の上で腕を組み、そこに顔を埋めながらそう叫ぶ。直矢、それ本人に聞こえてるよ。
「ま、まぁこれから頑張ろうよ、ね?」
「…………そうする」
かなりのローテンションでそう呟く。早く始業式が来て欲しいや。どうせその頃には二人とも少しか戻ってると思うし。
「はいはーい、皆席についてー。着せーき」
ん? なんか聞き覚えのある声だな……。
「はい、始業式終わるまで勿体ぶるの面倒なんで、自己紹介するね。今回ここのクラスの担任をすることになった、村雨 響子です。よろしくね♪」
唐突なことだからなのか、クラスがざわめきだす。「か、可愛い……」とか言ってる直矢はもういっそ放置だ。
「え、うぇえ!?」
「? お、陽斗君じゃない」
はろはろー、とでも言いたげな表情でこちらに手を振る響子先生。なんでこの人が担任なんだ……。
隣から今にも射抜かれそうな視線を感じる。べ、別に大した関係でもないからね!?
「んじゃ、このあと始業式だから、そのままの列で廊下に並んで、指示があるまで待機!」
これからがとてつもなく心配になってきたな……。