僕は留年をしたくない
八月の夏休み。とある高校での校長室。
そこには一人の高校生と校長先生が対峙していた。
「タカヤマくん。いい加減退学してくれないか」
椅子に座っている校長先生がドスのきいた声で言った。
ちなみにいらない情報だが、特技はペン回しとゴミの分別である。
「絶対に嫌です」
校長先生の前で立っているタカヤマくんはかたくなに否定する。
こちらもいらない情報だが、アイスコーヒーでプールを作るのが夢である。
「どうしてだ。私は君のことを思って言ってるんだぞ」
「校長先生も男なんだから、分かりますよね。ここまで頑張ったのに諦めるなんて無理です」
「いや、気持ちは分かるが君はここで退学して自分の人生を見極めた方が良い」
「なに言ってるんですか。あと半年で卒業ですよ。それなのに退学しろだなんて……」
校長先生は深くため息をついた。
「君は今、いくつだったかな?」
「僕は一人ですよ」
「違う。年齢だ」
「35歳です」
そう、タカヤマは20年も高校生活を送ってきた。
理由はテストの赤点による留年。
校長先生は呆れた顔で、
「なんでここまでして卒業したいんだ。恥ずかしくないのかね。35歳にもなって高校生だなんて」
「そりゃ恥ずかしいですよ。でも、ここで退学をしたら僕の20年間は無駄になるじゃないですか」
「そうなんだが、学校での立場を考えておくれよ」
「どういうことですか?」
校長先生は目を細めて、タカヤマをじっと見つめる。
「保護者が学校に来た時は、タカヤマくんは先生だと見間違いされてるんだぞ」
「失礼ですよね」
「ばっかもーん。誰だって間違えるわ」
「ええっ、そうなんですか。お肌の手入れを怠ったからかな」
「お前は女子か!」
タカヤマは首をかしげると、
「そう言えば、この前も映画館に行ったとき、学割で映画を見ようとしたら店員にダメだって言われたんですよ」
「まあ、そうなるだろうな」
「学生証もしっかり見せたのに。最終的にはポップコーンをぶん投げられましたからね」
「それは仕方ない」
「だから、退学しなくていいですよね」
「意味が分からない」
タカヤマと校長先生はこのあとも2時間(そのうち休憩は1時間45分)も話したが、なかなか話が進まない。
「なぜ分からないんだ。君は退学をした方が良い」
「嫌です。次こそは卒業するんです」
「勘弁してくれよ。こっちはクレームがたくさん来てるんだ。お宅の高校にはなんかやばいのがいると」
「やばくないですよ僕は。それに応援してくれているんです。妻と一人娘がいつも僕のために……」
「ちょ、ちょっと待った」
校長先生がこの世の終わりでも見たかのような驚きの顔をした。
「どうしましたか。校長先生」
「今、なんて言った?」
「えっ、夏は麦茶に限るって言いました」
「言ってねえだろ。そうじゃなくて応援してくれる人だ」
「ああ、妻と娘のことですね」
「まさか、結婚してるのか」
「そうですよ。結婚して15年目です」
タカヤマは幸せに満ちた表情を浮かべた。
「結婚しているのにまだ高校生でいるのか」
「はい、そうですよ。問題でもありますか?」
「ありまくりだ。だいたい妻はこのことをどう思ってるのかね?」
「卒業できるように頑張ろうね。わたしも手伝うから、と言ってました」
校長先生は思った。
彼の妻は世界一心が広いのだと。
「今すぐ退学して就職しなさい」
「ええっ、どうしてですか」
「奥さんに負担をかけるんじゃない。それと娘さんも学校とかでお金がかかるだろう」
「娘はわたしのことなんていいから、父さんは勉強を頑張ってね、と言ってました」
校長先生は思った。
彼の娘はサハラ砂漠に匹敵するくらい心が広いのだと。
「そんなこと言ってくれる娘なんて、なかなかいないぞ」
「ちなみに今、高校一年生でこの高校に通ってますよ」
「娘さんの心、複雑すぎるだろ」
「まあ、そうですね」
「こうなったら、意地でも卒業するんだ。今は夏休みだが、ちゃんと勉強してるか」
「はい。競馬でどうやったら稼げるか勉強しています」
校長先生は思った。
彼はクズだと。
「君はバカなのか。そんな時間があるなら英単語の1つや2つ、覚えなさいよ」
「えー、そんなー」
「だいたい夏休みの宿題は終わったのか」
「はい。ワークは答えを見たので全部終わりました」
「こんなに堂々と不正を告白されると、逆に清々しいな」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
校長先生は腕組みをして頭を働かせる。
「タカヤマくんはそもそも、なんで留年するんだ。そんなに勉強ができないのか」
「はい。できないんですよ。一生懸命やってるんですけどねぇ」
「授業の話はしっかり聴いてるんだよな」
「はい。一人で人生ゲームのすごろくをしながらですが」
「もはや問題児だ」
「いいえ、ソーセージです」
会話が崩壊した。
「今度のテストはしっかり勉強するんだぞ。分かったな」
「分かりました。イモに銘じておきます」
「それを言うなら、肝に銘じるだ」
しかし、このあとタカヤマが中間テストの解答用紙に、すべてアラビア語で書いたことで退学になったという事実を、このときは誰も知らない。




