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受刑者の自由な矢

作者: kadochika

某所のお題:「鳥」「屍」「禁じられた山田くん(レア)」で書いたものです。

某所というのを特定しても誰にも言わないでくださいね。

……本当は学園ジャンルという指定があったのですが作者の力量では無理でした。






 彼が処された土星への追放という刑罰は、当時としても比較的稀な措置だったと言っていい。

 人類圏と通称される太陽系のネットワークも往復の主幹が機能しているのは木星圏までで、土星圏ともなると主要国が設置した実験のための施設を除けば、宇宙開発黎明期と大差のない寂しげな宇宙が広がっているのだった。

 だが、山田はそこにいた。

 狭苦しい与圧された寝室で目を覚まし、ガラス越しの暗い夜空を見上げて無言で思う。


(忌々しい土星は、今は無し……か)


 山田は彼のいる衛星レアの主惑星である土星が、その巨大な威容をレアの空に晒していないことに微かに安堵しつつ、ぼそぼそとパッケージを切って食事を摂り始めた。

 レアの微小な重力でも摂取するのに問題のない、無重力用の最廉価な製品だ。味については言わずもがな。

 食事を終えると山田は、屋外作業用の与圧服を着て外に出、機器のメンテナンスを始めた。


「異常なし、異常なし……異常なし、異常なし、異常なし」


 指をさしながら、端末の項目と照らしあわせてゆく。

 施設内の生命維持区画は、どの要素も全く順調に稼働している。

 採掘装置も、打ち上げ設備も、全てはほぼ自動だ。

 メンテナンスと言っても、彼がやるのは機械が行った自己点検の再確認だけ。

 これほどつまらない作業も、中々あるまい。

 しかし、怠る訳にはいかない理由があった。


「はぁ……」


 彼は、刑務でこの氷の星にいる。

 稀少化した地球産の動物を密輸した罪で配置されたのだ。

 強制的に脳改造を受けたため、仕事に対する嫌悪感は保ちつつ、義務感を極限まで強化された状態で、嫌々ながら刑務を遂行している状態だ。

 レアの水資源を土星圏に供給するための、過酷な見せしめ。

 機械化が極限まで進んだ宇宙時代で、犯罪抑止としてこのような刑務が制度化されているのだ。

 機械だけにやらせた方がよほど安価ではある。

 だが、そこには犯罪者にはこのような処分が待っていると主権者たちを戒める必要があるという、統治体側の思惑があった。

 人目がなければ人は悪事を働くことがあり、痛みがなければ人はそれを悪事と理解出来ないという、現実に対する諦めから導き出された社会の回答の一つといえるだろう。

 それはともかくとしても、山田は、機械で採掘されたレアの氷を精製して軌道上に送ること、及びそれに必要な生命活動以外の一切の行為を禁じられていた。

 クレーターの底で機械に囲まれながら彼は、後何時間で土星が空に昇ってくるかを忌々しげに計算した。




 土星の第五衛星であるレアは、大雑把に言えば小石を内部に埋め込んだ雪球のような構造をしている。

 水資源が豊富なため、水資源の採取場所として古くから採掘機地が置かれていたが、近年になって太陽系全体での法改正が進み、遺伝子に関わる犯罪者の一部が採掘要員として派遣され始めたのだ。

 遺伝子に関わる犯罪というのはつまり、不正な遺伝情報の改竄、遺伝子バンク情報の不正な取り扱いなど。

 山田の場合は、地球産の動物、つまり遺伝子資源を密輸して小惑星帯まで持って行こうとしたことで、この罰を受けることとなった。

 惑星間の航行速度は昔からさほど進歩していないため、彼は12年前に犯した犯罪の刑罰で7年をかけて移送、そしてこのレアの地で35年の刑期の5年目を過ごそうとしているわけだ。

 刑罰ということで、強制脳改造を受けた後でもこうした境遇を疎ましく思う感情は残されていた。

 水資源パレットを軌道上まで打ち上げるための電磁カタパルトの点検半ばで、山田は毒づいた。


(糞が!)


 しかし、それだけ。

 八つ当たりをして機器に異常が生じれば、彼が摂取する酸素や水にも悪影響が出るようになっている。

 我慢しなければならなかった。

 生存には足りるが、しかしぎりぎりの資源と機材。

 彼のいる土星の衛星・レアの環境に合わせて調整された生命維持装置は、非常に希薄なレアの大気の主成分である酸素を濃縮して窒素と合成、人間が呼吸可能な混合気として出力してくれる。

 水に関しても、レアでは比較的ありふれた固体の状態で採取することが出来た。

 窒素もありふれており、炭素こそやや少ないが岩石にも含まれている。

 人間が生存するのに必要な元素事態は揃っており、設備運転用の電力供給が続く限り、死ぬことはない。

 彼がレアの地表へ投棄されると同時に様々な機材が一揃いに降下してきて、彼の刑期の始まりを告げたものだった。


(あのクソ鳥との付き合いもそれなりになっちまったな……)


 山田は、クレーターの斜面に何か異物が存在しているのを認め、そちらを見た。

 その行為は、許可されていた。

 距離にしておよそ100メートル、そこには、開幅1メートル程度の透明な翼を持った、カメラ頭の鳥が停まっている。

 Pバード。

 彼のレアでの受刑者生活をストリーミング映像に変換して、年少者向けの教材や低俗な娯楽素材として提供するための、忌々しいメカ。

 レアの希薄な大気でも飛行が可能な超軽量の構造でありながら、僅かなマイクロウェーブ受電で部品の耐久限界まで活動し続けることが可能だ。

 Pは、記録保存者(プリザーバ)展望監視(パノプティコン)の頭文字だという。

 なぜ彼がそんなことまで知っているかというと、受刑者に屈辱を与えるためにわざわざ説明が行われるからなのだが。

 のろのろと起きだしてぼそぼそと味気ない食事を取り、機器のメンテナンスを行い、そして規則正しく床に就く彼の有り様を見て、全太陽系の有権者たちがこう思うのだろう。

 まるでゾンビ、悪いことは出来ないな。

 と。

 山田は、その中であがいていた。


「死ね!」

 

 水精製装置の部品――に偽装した武器を引っ掴み、その先端を忌々しい機械の鳥に向ける。

 交換した各種機械の部品を廃棄する振りをして行方を誤魔化し、パイプなどの資材から銃身と銃把を、廃棄されたモーターから回転ドラムをでっち上げた。

 僅かな工具で5年を掛けて、粗末なスピンガンが完成した。

 高速で回転する印刷機のような複数のドラムで細長い弾体を加速し、打ち出す銃。

 山田は引き金を引いた。

 そのような行為は、禁じられていない。

 爆発物などは入手できないような環境になっていたため、想定されていなかったのだ。

 許可、禁止、いずれもされていない自由な矢が、幸運にも、見事に標的に突き刺さる。

 飛べると言っても受刑者を空撮するための鈍重な旋回が精々だったPバードは、胴体の中心を、先端を尖らせたアイスの棒のような弾体で串刺しにされて転がった。

 重い鉄の矢が突き刺さって重量が倍増し、Pバードは離陸できずに無様に暴れ、そしてすぐに沈黙する。

 微弱なマイクロ波が、受電するそばから矢を通して放電してしまうのだ。

 衛星レアの氷原に、孤独な勝どきがこだました。


「ザマァ見やがれぇッ!!」


 結果として、器物破損、及び兵器準備などの罪状で再科刑が行われ、山田の刑期は更に10年伸びた。

 だが、山田は満足だった。 

 彼が屍ではないことを、見せつけられたのだから。

 今でも、検索エンジンにその名前を尋ねれば、レアの受刑者が刑務中に起こした器物破損事件についての小さなニュース記事を見つけることが出来るだろう。

 刑期を終えた後の彼の足跡は明らかではないが、それだけは確かな事実だ。











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