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不死鳥×ドリル

作者: シロクマ

不死鳥×ドリル 

 

 わたしはビルの屋上から飛び降りた。

 死んだ。

 もののみごとに死んだ。

 皿ごといちごショートケーキを床にたたきつけたみたいにスプラッタ。

 痛いってもんじゃない。というより、痛みを感じる間もなく一瞬だった。生きてることが不思議でしょうがない。そう、生きている。

 いや死んだけれど、生き帰っちゃった。この身を再生の青白い炎が包み、灰に返ることで不死の煙は立ち昇り、煙が晴れるとこの身は傷一つなく、横たわっていた。目玉焼きが卵に巻き戻るように無茶苦茶な出来事によって、わたしは蘇ったのだ。

 全裸で。

 なにせ、服は焼け落ちてしまったのだから、それはもう生まれたままの姿にならざるをえない。 一糸纏わぬ姿で、残り火のほのかなあたたかさに包まれた目覚めは起きるのがちょっと名残惜しい。

 携帯カメラの音がカシャカシャとうるさくて、思わず起き上がる。一般聴衆に囲まれてしまっている。なんだか面倒だ。屋上に置きっぱなしのわたしの携帯と靴と遺書と畳んでおいた上着を取りに戻らなくては。

「こほん」

 と咳払いして長い黒髪をかきあげる。髪の毛先が、風に踊って真っ赤に赤熱する。何事もなかったかのように唖然とする聴衆の目前を横切って、その外へ悠然と歩いてみる。

「お騒がせしました!」

 ばさり、とわたしは熱く煌く青白き炎の翼を広げ、ふわりと天使のように舞い上がり、其の場を飛び去るのだった。


 この力に覚醒したのは、つい三ヶ月前のこと。

 なんてことない交通事故でママとふたり、わたしは死ぬはずだった。三面記事の紙面には「○×高速交通事故 少女、奇跡の生還」と載っている。

 なにがなんだか分からないうちに、わたしだけが生き延びてしまい、たったひとりの家族であるママを失ってしまった。

 周囲は「可哀想」という同情ばかりが先立ち、学校では浮いた日々が続く。それでも心配してくれる友達は居たけれど、知らず知らずのうちに自分から他人を避けるようになっていた。それはわたしが“違う”ことを本能的に悟っていたのかもしれない。

 生活するのに困らない程度のお金や環境は用意されたけれど、将来への希望も生きる気力も失い、わたしは死を選ぼうとした。そして自殺を選んだ。

 しかし首吊り自殺だけは二度とするもんか、と後に思う。なにせ、絞首は酸欠になって死ぬと思ってたら、ホントは頭に血が昇らなくなることで脳に血が足りなくなり失神する。すーっと十数秒で意識は無くなった。比較的、リラックスできる死に方かもしれない。ところが、私は蘇ってしまったがために、足元に広がる水溜りに気づいてしまう。後で調べると、死ぬと筋肉が弛緩していろいろ液体が漏れるらしい。綺麗な死に方なんて、そうそうあるものでもなく、まして死ぬこともできなくなった。

 じゃあ一体、この能力は何なのか? “死行錯誤”を繰り返すけれど、こたえはみつから無いままだった。

 ちなみに試した中で一番くだらない死に方はもちをのどにつまらせて窒息死とバナナの皮で滑って転倒死の二択だろうけど、どっちも意外にむずかしくて死ぬに死ねなかったのはここだけの話にしておこう。

 わたしはこの孤独と喪失感を埋めるように、たった一人だけのこの世界から、あの世へと飛び立ちたい一心だった。

 

 ない。

 ない。

 ない。

 どこを探しても、携帯と靴と遺書と上着がない。立ち入り禁止の真冬のビルの屋上、たった数分の間に、一体だれが持ち去ったのか。真冬に裸では寒すぎる。わたしは片手を大きく羽ばたかせ、蒼い炎の翼を広げてこの身を覆った。不思議と炎がこの身を焼くことはなく、羽毛のように暖かい。

「わぁ、面白い力ですネ☆ 」

 はっとして振り返ると、少女は貯水タンクの上に座っていた。

 手間の掛かった銀色のツインドリルの髪を木枯らしにふわふわさせ、童女と見紛うような幼げな面持ちはどこかゆるみきっており、短いスカートで足をぶらつかせている。セーラー服にわたしのブレザーの重ね着して、真冬にソフトクリームを齧っていた。

 そして何より、そのつぶらな瞳は螺旋階段のように深遠へと渦巻いているように見えた。

「ちょっと寒いんで、ネジ子をあっためてくれませんかー? 」

 ソフトクリームをちろちろ小さな舌で舐めて、なめた口を聞いてくる。一体全体、なんなんだ。と、疑問に思っていると、溶け出したクリームがぽたぽたブレザーを汚していることに気づく。

「か、返せ! わたしのブレザー! 」

「返して欲しかったらネジ子の言う通りにしてくださいよ、変態☆おねえさん」

 挑発的な笑みを浮かべて、ネジ子と名乗る少女は手首にまで滴り落ちた白く甘美な喜びを舐め取った。

「望みどおりにチンしてやる! 」

 青白く燃え盛る翼を大きく広げて、ふわりと舞い上がり、燕のように一気に貯水タンクへ急降下する。拳を握り締める。一発、痛い目を見せてやろう。

 着地の間際、勢いをそのままにスカした面に一撃を思いっきり叩き込んでやった。はずだった。

 少女の顔面は、風穴が空いていた。いや、もっと別の、空間に穴が開いているとでもいうべきか。底の見えない螺旋を描く、闇のようなものがぽっかり口を開き、この手を呑み込んでいた。

「あはっ☆ 落とし穴に引っかかりましたね? いっただきまーす」

 螺旋が急速にねじれてゆき、電動えんぴつ削りに指を突っ込んだかのように凄まじい力で悲鳴をあげる間もなく、右腕を削り喰らった。

「っ!!! 」

 空間が消失すると、その下には小悪魔のようなネジ子の笑みが待ち伏せていた。銀色の縦ロールツインテールが、ぎらりと不穏なきらめきをみせる。激痛に朦朧とする意識で、わたしはすぐに右腕の復元をはじめる。翼をイメージする、幾度となく蘇る不死鳥のイメージを。少しずつ、炎がこの身を形作る。

 一体、こいつは何者なのか。何が起きたのか。理解しようにも意識が追いつかない。

「先輩、死んでも生き返るってすごく・・・食べ放題みたいでお得ですネ」

 縦ロールの髪先に螺旋空間が生じて、今度は文字通り、ドリルのように白い空間が超高速で渦巻く。

「せーのっ☆ 」

 こつん、と額と額をそっとくっつけると共に、左右より縦ロールのツインドリルがこの首筋を抉り、ゆっくりと突き通した。

「ひ・・・ぎあああああああああぃぃああああああああああっ!! 」

じわじわと、断末魔の叫びを愉しむように、少しずつ皮、肉、神経、気道、そして骨を液体になるまで粉砕する。ざっくりギロチンのように首を落としてくれるほどの優しさもなく、できるだけ苦痛を味わうようにして。やがて脳へ至る痛感神経が断絶、痛みもなくなり、叫び声をあげる喉すらなく、首がことりと転げ落ちた。

 ネジ子は片手で髪を鷲づかみ、わたしの首を拾い上げる。返り血と返り肉を浴びて、ブレザーは朱色に染まり、ソフトクリームはストロベリー風。愉悦の表情でしたり顔だ。

「どうですかー先輩? ネジ子のこと、たっぷり刻み込まれましたよネ。これがネジ子の遺失物『螺旋階段スパイラル』ですよ」

 言葉を喋るための呼吸器官が足りず、質問することさえも許されない。ネジ子は一方的に喋り立てる。それも、どこか親しげに。

「ネジ子の遺失物は空間に穴を開けたり、ねじったり、貫き通したり、穿ったり、抉ったり、粉砕したりぐっちゃぐちゃにしたりできるんですよ。先輩の遺失物みたいに万能じゃないですけどネ。ああ、先輩? 誤解しないでくださいね? これは自己紹介デス。ネジ子は貴方とお友達になりたいから、てっとりばやくお互い解り合いたかったんですよ。ほら、よく殴り合って分かり合う友情ってあるじゃないですか。だから、殺し合えば仲良くなれるかなーって☆ ごめんなさーい、痛かったですか? けど先輩、自分で飛び降り自殺するマゾヒストの変態みたいだから痛い方が気に入ってくれるかと思って。えへっ☆ こういうの、運命的な出会いだと思いません?  あ、運命的といえばこのソフトクリーム、どこで買ってきたか知りたいですか? 知りたいですよね? これコンビニで買ってきたんですけど、今日だけ30円安かったんですよ。今日だけですよ? すっごい運命的だと思いません? ほら、先輩がトッピングしてくれたから、こんなに美味しい。先輩をたまたまぶっ殺して30円安くなかったらこの味覚の出会いはなかったんですから世の中って素敵ですよネ☆ 先輩たべます? あ、いくら食べても首が繋がってないから太らないんですね、いいなぁ~うらやましいなぁ~。ネジ、ぷにぷにしてるって言われがちなんです、そんなこと全然ないですよね? もち肌なだけなのに失礼しちゃいますよね? もち肌といえば先輩のお肌すべすべで綺麗ですよね、はぁ~うっとりしちゃう、死んでリセットすることが美の秘訣ですか? ネジ嫉妬しちゃいます、ジェラジェラですよ」

 絶句した。いや、絶句したも何も喋れないのだけれど、本当に一方通行のまま、楽しそうにわたしに喋りかけてくるのだ。狂ってる。ネジれてる。こいつ何かがズレているんだ。そう悟ったとき、不思議と落ち着いた。ああ、“わたしだけ”じゃないんだ、と。

 ネジ子に掴まれた髪を、一瞬にして燃え上がらせる。思わず、ネジ子は「うわちっ」と手を離した。蘇るのは瞬く間、ちょっと話に付き合ってあげていただけだ。

 灼熱の中、わたしは新生する。

「うわちちっ! 水みず、みず!! 」

 不意打ちの火傷がよっぽど痛かったのか、ちっとも大した怪我でもないのにネジ子は大慌てしている。冷やすものを探して、ソフトクリームに指を突っ込んだ。

「はふー・・・、なーにするんですか! 」

 ちゅぷり、と指先のソフトクリームを舐めながら怒鳴る。

「どう? 熱々でしょ? 」

 したり顔で、私は勝ち誇る。案の定、未だ素っ裸のままであることはご愛嬌。炎の衣を纏い続けるのは疲れもする。

 むすーっとふくれっ面するネジ子。そんなやりとりがひどく懐かしく、あっという間に打ち解けつつあるのは、きっと本当にネジ子が仲良くなろうとしているからだろう。ひねくれ、ねじれて、あらぬ方向に突き進み、かつ人を串刺しにするようなやつだけど、意外と真っ直ぐなのかもしれない。

「ネジ子は先輩みたいに残機99じゃありませんヨ、ちょっとミス・ドリラーなだけです」

「ね、“遺失物”ってなに? わたしはどうしてこんな力を得てしまったの? 」

「それは話せば長く、ながーーーーくなりますので追々説明しますけど、一つだけ、ネジ子に言えることがあります、はい」

「なに? 」

 こほん、と咳払いすると、ネジ子は凶器にもなる縦ロールをくるくる弄びながら、螺旋描く瞳でこちらを見つめ、ちょっと気恥ずかしそうに言った。

「自殺より、他殺にしましょう。ほら、自殺すると成仏できないとか、天国に行けないというじゃないですか。生命保険も下りません。どうしても死にたかったら、ネジ子がドリ殺してあげますから、そんな一人ぼっち気取らないでください。あと保険金下りたらネジ子にください」

 不器用なりの表現、ちょっと照れてるのか、あるいは本心かもしれないけれど、返り血のついたツインドリルをくるくる廻すネジ子の仕草がたまらなく子供っぽくて、愛らしく思えた。上目遣いでちらちら、こっちの顔を不安げに伺うんだからたまらない。

「ふっ。あはははは! もう自殺なんてしないわよ」

「ふえ? ネジ子に殺されるからですか? 」

 わたしは貯水タンクからひょいと飛び降りる。体の重みが、素足にじんと来るし、コンクリートの床の冷たさが身を切るよう。気づけば、夕陽が差していた。

「絶対無理よ だけど、そう、ね――」

 人差し指で、拳銃のジェスチャー。突きつけるのは自分のこめかみ。指先に、炎が宿る

「ばーん! 殺れるもんなら殺ってみやがれ! てねっ」

 夕陽よりまぶしく、わたしはともだちへ笑ってみせた。


                          -Fin-


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