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メガネが本体

 訳あってメガネが本体の俺だが、日常生活は特に困ることなく過ごしている。

 毎朝の通勤。社内会議。営業活動。休日の映画鑑賞。

 そもそも俺は目が悪いから、メガネを掛けるのは昔からごく当たり前のことだった。メガネが割れると今の俺は死ぬらしいが、だったらメガネを割らなければいいのだ。


 ある日、悪魔Aが渋い顔をしながら俺の目の前に現れた。

 Aと会うのは結構久しぶりだ。そもそもこいつは2ヶ月程前、飲み会帰りで歩いていた俺の前に、白いスーツ姿でいきなり現れ、メガネに魂を移す実験をさせろと言って迫ってきたハチャメチャな奴である。

 Aは今日もきっちり白いスーツを着ながら、手元の書類を振りかざして俺に文句を言ってきた。曰く、俺は魂をメガネに移したはずなのに、他の被験者と比べて心の振れ幅が異様に少ない。あまりにも穏やかで正常である。精神活動の推移を観察するため、精神安定剤などの使用はあらかじめ禁じたはずだが、もしや何らかの薬物を服用してはいまいか。

 何もやってない、と俺は返事をした。実際、何もしていない。メガネなんて、一般人なら普通に暮らしていればそうそう壊れることはないし、何を心配することがあるか。それに、失ったら生きていけないものなんて、メガネじゃなくともわんさとある。車、株券、家、クレジットカード、人によっては伴侶や家族。メガネが本体じゃなくたって、世の中は結構物騒なんだよと、そんなことを言ったら、悪魔Aはぶすくれた顔で魔界に引っ込んでいった。

 あの様子を見るに、Aも結構、仕事でストレスがたまっているらしい。魔界も人材払底の折、多忙で参ってしまうと前に会った時にこぼしていたが、だからといって俺に八つ当たりされても困るのだ。この実験の目的は、離魂型の兵士を作るための実証実験らしいが、俺みたいな一般人を選んだのは向こうだし、文句を言われる筋合いはない。高額とはいえ現金報酬で、このめちゃくちゃな実験をOKしてやったんだから、感謝されても良いくらいだ。


 Aに会った翌週、滅多にないことに、飲み屋で怖いおにーさん達に絡まれた。やけにメガネのことを馬鹿にして煽ってくる。ずいぶんと屈辱的なことも言われたが、これは多分、悪魔の差し向けた刺客だった。メガネが壊されるかもしれないという恐怖心を観測するつもりなのだ。

 俺はぶっちゃけ少し怖かったが、その場は平身低頭で切り抜け、家に帰ってから、すぐに特注のメガネケースを発注した。これにメガネ(本体)を入れて持ち歩くのだ。普段使いのメガネは新しく買った。これで喧嘩に巻き込まれて普通に死んだりでもすれば、悪魔の実験はおじゃんだ。ざまあみろ。

 そうしたら、また悪魔Aが白いスーツ姿で夜道に現れた。曰く、メガネ(本体)を掛けろと。うっせえな。大事な魂なんだから仕舞っておくのが道理だろうが。無くさない限りは安全なんだし、もし大事故なんかに遭ったとしたら、その時は普通に死んでいる。魂がどこに宿っていようが、一般人だったら日常生活にほとんど影響は無いのだ。

 こう言って、俺は悪魔Aを再び一蹴した。Aはぶすくれた顔で再び魔界に戻っていった。


 しばらく日が経った頃、今度は悪魔B(Aの上司)が、銀色のスーツを着てアポ無しで現れた(しかも、俺の自宅に)。曰く、俺のドライな考え方は非常に悪魔的である。優秀な悪魔になるだろうから、是非ともこっちの世界に来て働いてくれないかと。ところが、よくよく聞けば人間界には戻れない条件らしく、俺はこの申し出も即刻蹴った。アホか。それは拉致っつうんだよ。人間界と魔界を股に掛けた拉致。

 そう言ってしっしと手を振ると、Bはギリギリ歯噛みしながらクローゼットを通って帰って行った。

 ふうと息をついて、ソファにすっぽりと座る。人の自宅に上がり込んでおいてあの態度とは、さすがに悪魔だ。俺は絶対にあんな風にはなりたくない。優秀だとしたって、ヘッドハンティングはお断りだ。

 そこまで考えたところで、ふと違和感を感じた。

 そういえば、悪魔は招かれない限り、人の家には上がれないはずではなかったか。だからこそ悪魔Aも外でコンタクトしていたし、そういう説明も始めに受けたし、だからさっき悪魔Bが自宅に居たときに俺は驚いたわけだけれども。

 なんだか胸騒ぎがしたので、気持ちを落ち着かせようと、俺はメガネ(本体)を取り出した。

 報酬と生活を天秤にかけて、引き受けたこの実験。さして日常生活に支障はないはずだが、それこそ滅多にケガもしないような一般人の魂を、メガネに移す意味がどこにあるのだろうか。

 そう、魂をメガネに宿すということは、つまり体から魂を出すということだ。魂が体の庇護を離れ、体の状態に左右されない環境に隔離される。別の言い方をすれば、それは魂に外から手を加える前段階でもあるのではないか? 俺の魂がどこまでいじられたのかは知らないが、Bは俺が悪魔的だと言った。非常に優秀だと。それにBは無断で俺の自宅へ上がり込んでいる。

 納得してしまえば、状況を受け入れるしかなかった。魔界が人材不足なら、外から素質のあるやつをスカウトするしかないのだ。

 立ち上がってクローゼットを開けると、買った覚えのない白いスーツが1着下がっている。

「いやですね。外聞の悪いことを言わないでくださいよ」

 いつの間にか、俺の後ろに出現していた悪魔Bが言う。

「私たちは何もいじっていません、少し促進しただけです。元々悪魔的な性質を持つあなたの魂が、肉体から隔離され、日常生活から切り離されたことで、本来の性質を表しやすくなっていたんですよね。少し後押ししてあげたら、あっというまに悪魔化しましたよ。私達もびっくりしました」

「どうせ、ろくでもない後押しなんだろ」

「とんでもない。あなたはこちら側で活躍すべき人材だ。仲間になってくれて本当にうれしいですよ。頼りにしてますからね」

「言ってろ。この趣味の悪い銀色スーツが」

「これは制服です」

 俺は白いスーツの袖に手を通し、悪魔Bと一緒にクローゼットの扉をくぐった。


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