ぼっちベンチ
今日は暖かいな―――――
時刻は午後4時。人が賑わう公園のベンチでただ一人、少年が座っていた。少年の横には黒いランドセルが丁寧に置かれている。
彼は遊んでいる他の子どもたちを眺めながら、ただ何もせずボーッとたたずんでいる。
彼には友達がいない。両親はいるが一人っ子だ。その両親は共働きで、夜遅くにしか帰ってこない。そのため自宅に帰っても自分一人だ。ならば外に出ていても同じではないか―――――そう思った少年は、遊ぶ友達もいないので、この公園に足を運んだのだ。
不思議と他の子どもたちが楽しい層に遊んでいるところを見ても、自分はそれに混ざりたいとは思わなかった。遊んだところでただ疲れるだけではないか。そもそもなぜあんなに走り回ろうとするのだろうか、疲れる、だけなのに。
少年は到底自分には理解できないとわかりきっていながらも、この問題を考えていると、一人の老人がこちらに歩み寄ってきて、一人でいる少年に声をかけてきた。
「隣、いいかしら?」
老人は優しい声で少年にそう言った。
「はい」
特に断る理由もないので、少年は隣に置いてあるランドセルを自分の膝に乗せ
「どうぞ」
と言った。
「ありがとうねぇ」
老婆はそう言うと、よっこらしょっと…といかにもババ臭いことを言いながらベンチにゆっくり座った。
「ぼうやはあの子たちと遊ばないのかい?」
突然、老婆は自分の心を見透かされたような核心をついた質問をしてきた。
「特に…遊びたいとは思いません」
「そうかい…いじめられたのかい?」
「僕は…その、彼らとはしゃべったことがありません」
「そうなのかい。じっとあの子たちを見つめているもんだからてっきり私、勘違いしちゃった」
老婆はほっほっほ、と静かに笑った。
「ぼうやはこんなところで何をしているのかい?」
「別に…考え事をしていただけです」
「そうかい考え事かい。どんなことを考えていたんだい?」
「いや…なんで遊んでいるのかな、と」
「あの子たちがかい?」
「はい。僕には考えても考えてもわかりません。学校でも家でもいつも考えているのに」
「遊んだことがないのかい?」
「…遊んだ記憶がないので多分そうだと思います」
「ほっほっほ。まだぼうやなのに難しく事を言うんだねぼうや。そんなぼうやに一つアドバイスをしてやろう」
少年ははい、と返事をしながら老婆のアドバイスというやらに聞き耳を立てた。
「一度遊んでみるといい。経験じゃよ経験」
「…遊んで何になるんです?ただ疲れるだけじゃないですか」
「まぁそうは言わずにぼうや。老人の戯言だけど、一度だけやってごらん」
少年は老婆の言った『戯言』の意味がわからなかった。小学生には難しい言葉でわからなくて当然だ。だけどこのことを悟られまいと強がって少年は
「わかった」
と返事をしてしまった。
「ならば行ってきなさい?大丈夫、怖くはないよ。簡単なことだから…」
老婆は最初と同じように、いやそれ以上に優しい声で言った。少年はその老婆の声色に妙な安心感があった。別に遊びに混ざるということに怖いというわけではない。だけど今なら何でもできるような気がして、遊んでいる子どもたちのほうへ走って行った。
そしてこの少年は疲れきるまで友達と遊び、帰ってきたら鬼のような形相で玄関に仁王立ちしていた両親にこっぴどく怒られたのだった。
終わり