異なること。
みんなと違うことが、悪いことだとは思わない。
人と異なることが、悪いことだとは思わない。
この瞳の色が、この髪の色が、この言葉が。
悪いものだとは、思わない。思ってもみなかった。
だって、『私』の『国』ではこれが普通で、でも『ここ』ではそれが間違いだった。
この狭い『世界』の中で、本当に正しいのはなんでしょうか。君の『正しい』は、本当に『正しい』のでしょうか。
一歩『外』に出れば、あなたの『正しい』は『間違い』に変わるかもしれない。変えられるかもしれない。
『私』は、『魔女』に変えられてしまった。
「その闇のような黒髪、それに、すべてを飲み込むような黒い瞳……この世のものとは思えぬ――おぞましい!」
「貴様は魔女だな!?」
「そうに決まっている」
「いくらうまく化けようともわかっているのだ、正体をあらわせ!」
皆の荒んだ心は、なにか、とにかく当たれるものを求めていた。
続く、内戦の中で、皆変わってしまったのだ。
冷たい、蔑む目。畏怖の表情。
かつて、皆がくれた優しさも、差し伸べてくれた手も、どこにも無くなってしまった。
皆が『私』を『害悪』として見、『魔女』と呼ぶようになった。
雨のように誰のものともわからぬ拳や蹴りが降り注ぐ。 毎日、毎日。
群衆が取り囲む中で、村の人々は『私』をいじめた。何度群衆に向かって叫んだか知れない。
助けてくれ、と。
確かに、届いた筈なのだ。通じた筈なのだ。この、『言葉』は。
だって、私が皆の『言葉』を覚える代わりに、皆も私の『言葉』を覚えてくれたのだから。
それなのに……。
誰も、誰も助けてはくれなかった。
群衆の中には、かつて私の髪を、瞳を綺麗だと言ってくれた少女もいた。
「私も、そんな綺麗な髪や瞳が欲しいわ」
そう言って微笑んだじゃないか。
よく、この髪を櫛でとかして、自分と同じようにリボンを結んでくれたじゃないか。
ドウシテ――。
瞬間、ボロボロながらもまだ『私』の髪に結んであったリボンが、音を立てて千切れた。髪を踏まれたのに巻き込まれてしまったのだ。
「あっ……!」
必死にリボンを拾って抱き締める。しかし、群衆のうちの一人に奪われた。
「返して――!!」
脚にすがりついて、懇願した。が、
「触んな、汚ねぇ」
私の手は振り払われ、リボンは踏みつけられてしまう。
「やめて!!」
やめて、それはあの子がくれた大切な物なの。
「なんだぁ? この薄汚ねぇリボンは……」
汚いなんて言わないで!
私の気持ちを知ろうともしない男は、リボンを踏む、踏む、踏みつける、踏みにじる。
男がリボンを踏む度に、『私』の心も踏まれているような気がした。壊れていく気がした。
「やめて……」
抵抗の言葉を、必死に紡ぐ。
手を伸ばした。あの日のように、誰かがこの手を取ってくれると期待して。
立ち上がろうと、脚に力を入れる。また誰かが一緒に歩いてくれることを望んで。
「やめてぇぇぇ――!!」
喉が張り裂けそうなほど、大声を上げた。全身で、叫んだ。
「やめて、やめて! 返して……返せ――!!」
涙が、後から後から溢れてきて、止まらない。言葉が乱れるのも気にしない。私は叫ぶ。男の脚を殴って、殴って。
どうして私がこんな目に! 私は何も悪いことなんてしていないのに! 言葉が違うから、目の色が、髪の色が違うからって。私は、私は――!
群衆が私と男を引き剥がすまで、私は男を殴り続けた。暴れた。汚い言葉で罵った。
気づいたときには、男は群衆のうちの数人に庇われ、ぼろぼろの状態でやっと立っていた。
『ザマアミロ』
心の中で、そう嘲り笑った。
男から取り返したリボンを胸に抱いて。
群衆の中で『立ち尽くす』あの子に、私は『微笑み掛けた』。
あの子の顔に、怯えの色が広がった。
ドウシテ? ワタシハ、アナタトノオモイデヲ、マモロウトシタダケナノニ……。
モウモドレナクテモ、オモイデダケハッテ。ソウオモッテ――。
ソレナノニ、ソンナメデミナクテモ、イイジャナイ。
「うあぁあぁぁあ!!」
ワタシハ、その場に泣き崩レた。
男は、村一番ノ権力者だっタらしイ。
ワタシは、処刑サれるコトとなった。
地下牢に水も食べ物も与えられず、餓死するまで閉じ込められることになった。
そう幾日も保つわけもなく、最期のときはあっけなくやってきた。
目の前が白く染まっていき、あの子の笑顔が目の裏に浮かぶ。
あの子は、ドウシテ『私』をあんな目で見たのか、暗闇の中で考えるうちに気づいた。
思い出す。自分の姿を。回りから見た私は、どんなに恐ろしく見えただろう――。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は、心が『魔女』になっていた。
違うと否定するうちに、いじめらるうちに、傷ついて、心が壊れて。みんなを恨むうちに、心が汚れていった。
憎しみのあまり、自分を見失って。
心は『魔女』になっていた。
あぁ、ごめんなさい。
さよなら、
「カナデ!」
聞きなれた声が、鼓膜を揺らした。
最期に、あなたの声が聞けてよかったよ。神様が、聞かせてくれたの? だって、彼女はここにはいない。
「アン……リ…………」
言い慣れた音を、唇でなぞる。乾ききった喉から、掠れた息のような声が漏れる。
これじゃあ、届かないや。
細くて白い手が、私の髪をとかして、虹色に光る透き通ったリボンを付けてくれた。横たわる私の手を取って、祈るように組ませてくれた。それを最後にして、なにも見えなくなった。もうなにも見えないけれど……その温かさは本物。
アンリ、そこにいるの――?
温かい。包まれている。抱き締められている。アンリ、アンリ……来てくれたんだね。そこに、いるんでしょ。
思考ばかりが加速して、唇は一言も言葉を紡がない。動かない。
大好きよ。こんな私にもやさしくしてくれて、ありがとう。
「大好き――カナデ……だから、死なないで」
体が冷えていくのが自分でもわかる。
もう、アンリの声も遠くなっていく。
「さよなら……」
最期に、あなたに、あえて、うれしかったわ。
なにも、聞こえなくなった。
――地下牢には、『魔女』とよばれた少女の亡骸を抱き締めて涙を流す少女が一人。
亡骸の表情は、とても穏やかなものだった。