表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異なること。

作者: 藍川 透

 みんなと違うことが、悪いことだとは思わない。


 人と異なることが、悪いことだとは思わない。


 このの色が、この髪の色が、この言葉が。

 悪いものだとは、思わない。思ってもみなかった。

 だって、『私』の『国』ではこれが普通で、でも『ここ』ではそれが間違いだった。


 この狭い『世界』の中で、本当に正しいのはなんでしょうか。君の『正しい』は、本当に『正しい』のでしょうか。


 一歩『外』に出れば、あなたの『正しい』は『間違い』に変わるかもしれない。変えられるかもしれない。


 『私』は、『魔女』に変えられてしまった。


「その闇のような黒髪、それに、すべてを飲み込むような黒い瞳……この世のものとは思えぬ――おぞましい!」


「貴様は魔女だな!?」


「そうに決まっている」


「いくらうまく化けようともわかっているのだ、正体をあらわせ!」


 皆の荒んだ心は、なにか、とにかく当たれるものを求めていた。

 続く、内戦の中で、皆変わってしまったのだ。


 冷たい、蔑む目。畏怖の表情。


 かつて、皆がくれた優しさも、差し伸べてくれた手も、どこにも無くなってしまった。


 皆が『私』を『害悪(ガイアク)』として見、『魔女』と呼ぶようになった。


 雨のように誰のものともわからぬ拳や蹴りが降り注ぐ。 毎日、毎日。


 群衆が取り囲む中で、村の人々は『私』をいじめた。何度群衆に向かって叫んだか知れない。

 助けてくれ、と。


 確かに、届いた筈なのだ。通じた筈なのだ。この、『言葉』は。


 だって、私が皆の『言葉』を覚える代わりに、皆も私の『言葉』を覚えてくれたのだから。


 それなのに……。




 誰も、誰も助けてはくれなかった。


 群衆の中には、かつて私の髪を、瞳を綺麗だと言ってくれた少女もいた。


「私も、そんな綺麗な髪や瞳が欲しいわ」


 そう言って微笑んだじゃないか。

 よく、この髪を櫛でとかして、自分と同じようにリボンを結んでくれたじゃないか。


 ドウシテ――。



 瞬間、ボロボロながらもまだ『私』の髪に結んであったリボンが、音を立てて千切れた。髪を踏まれたのに巻き込まれてしまったのだ。


「あっ……!」


 必死にリボンを拾って抱き締める。しかし、群衆のうちの一人に奪われた。


「返して――!!」


 脚にすがりついて、懇願した。が、


「触んな、汚ねぇ」


 私の手は振り払われ、リボンは踏みつけられてしまう。


「やめて!!」


 やめて、それはあの子がくれた大切な物なの。


「なんだぁ? この薄汚ねぇリボンは……」


 汚いなんて言わないで!


 私の気持ちを知ろうともしない男は、リボンを踏む、踏む、踏みつける、踏みにじる。


 男がリボンを踏む度に、『私』の心も踏まれているような気がした。壊れていく気がした。 

 

「やめて……」


 抵抗の言葉を、必死に紡ぐ。

 手を伸ばした。あの日のように、誰かがこの手を取ってくれると期待して。

 立ち上がろうと、脚に力を入れる。また誰かが一緒に歩いてくれることを望んで。


「やめてぇぇぇ――!!」


 喉が張り裂けそうなほど、大声を上げた。全身で、叫んだ。


「やめて、やめて! 返して……返せ――!!」


 涙が、後から後から溢れてきて、止まらない。言葉が乱れるのも気にしない。私は叫ぶ。男の脚を殴って、殴って。


 どうして私がこんな目に! 私は何も悪いことなんてしていないのに! 言葉が違うから、目の色が、髪の色が違うからって。私は、私は――!


 群衆が私と男を引き剥がすまで、私は男を殴り続けた。暴れた。汚い言葉で罵った。

 

 気づいたときには、男は群衆のうちの数人に庇われ、ぼろぼろの状態でやっと立っていた。





『ザマアミロ』


 心の中で、そう嘲り笑った。


 男から取り返したリボンを胸に抱いて。



 

 群衆の中で『立ち尽くす』あの子に、私は『微笑み掛けた』。






 あの子の顔に、怯えの色が広がった。








 ドウシテ? ワタシハ、アナタトノオモイデヲ、マモロウトシタダケナノニ……。

 モウモドレナクテモ、オモイデダケハッテ。ソウオモッテ――。





 ソレナノニ、ソンナメデミナクテモ、イイジャナイ。









「うあぁあぁぁあ!!」



 ワタシハ、その場に泣き崩レた。


 男は、村一番ノ権力者だっタらしイ。








 ワタシは、処刑サれるコトとなった。




 

 地下牢に水も食べ物も与えられず、餓死するまで閉じ込められることになった。







 そう幾日も保つわけもなく、最期のときはあっけなくやってきた。


 目の前が白く染まっていき、あの子の笑顔が目の裏に浮かぶ。


 あの子は、ドウシテ『私』をあんな目で見たのか、暗闇の中で考えるうちに気づいた。


 思い出す。自分の姿を。回りから見た私は、どんなに恐ろしく見えただろう――。


 ごめんなさい、ごめんなさい。



 私は、心が『魔女』になっていた。


 違うと否定するうちに、いじめらるうちに、傷ついて、心が壊れて。みんなを恨むうちに、心が汚れていった。


 憎しみのあまり、自分を見失って。




 心は『魔女』になっていた。




 あぁ、ごめんなさい。


 さよなら、




「カナデ!」


 聞きなれた声が、鼓膜を揺らした。


 最期に、あなたの声が聞けてよかったよ。神様が、聞かせてくれたの? だって、彼女はここにはいない。




「アン……リ…………」



 言い慣れた音を、唇でなぞる。乾ききった喉から、掠れた息のような声が漏れる。




 これじゃあ、届かないや。



 細くて白い手が、私の髪をとかして、虹色に光る透き通ったリボンを付けてくれた。横たわる私の手を取って、祈るように組ませてくれた。それを最後にして、なにも見えなくなった。もうなにも見えないけれど……その温かさは本物。



 アンリ、そこにいるの――?



 温かい。包まれている。抱き締められている。アンリ、アンリ……来てくれたんだね。そこに、いるんでしょ。


 思考ばかりが加速して、唇は一言も言葉を紡がない。動かない。


 大好きよ。こんな私にもやさしくしてくれて、ありがとう。





「大好き――カナデ……だから、死なないで」


 体が冷えていくのが自分でもわかる。




 もう、アンリの声も遠くなっていく。


「さよなら……」



 最期に、あなたに、あえて、うれしかったわ。



 なにも、聞こえなくなった。




 ――地下牢には、『魔女』とよばれた少女の亡骸を抱き締めて涙を流す少女が一人。

 亡骸の表情は、とても穏やかなものだった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんか、久しぶりに 「おうっふ……」ってなりました。 私も、こんなことが早くなくなるのを望みます。
[一言] 自分は悪くないのに……。 かなでちゃんがかわいそうで心が痛いです……。 こんなことが早くなくなることを私は望みます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ