なんて無謀な恋をする人
三神くんは結城さんに恋をしている。結城さんはそれを応えるのか応えないのか曖昧なところで笑みを浮かべ、交わしてしまう。残酷な人たちだな、と思いながらも彼らの関係をどうこう言うつもりなんてさらさらなく、生ぬるーく見守ってきたつもりだ。どちらの味方ともつかない曖昧な立場で傍観しておくことはなかなか面白くもあった。
そんな私を三神くんは下衆な奴だと笑い、結城さんは妖艶な微笑みで嫌いじゃないよと言った。まー、二人公認なわけだし? 悪くない毎日だ。
◇
私たち三人は同じ大学に通い、同じサークルに所属していた。が、三神くんとも結城さんとも特別仲が良いわけでもなかった。――そもそも、あんな華やかな人達とは関わりたくないな、と思っていたくらいだ。それなのに。二人の関係が今にも崩れそうなそれでいて崩れないその妙なアンバランスさが無性に面白くて、ついつい知人程度に見知った仲におさまっていた。が、大学を卒業して事態は一変してしまった。
――まさか、三神くんと同じ職場になるなんて。
結城さんは持ち前の明るさと人懐っこさで有名なブライダルに就職し、私と三神くんは割と大きな商社へ就いた。
そこから三神くんとは昔ながらの友人かのように親しく話すようになった。というか、三神くんから「結城のこと、なんか探れよ」と命令されたのだ。そんな命令で私が動くはずもないだろ、と一蹴したのだが即座に「お前、俺の純粋なこの気持ちを肴にしてんだろ。それくらいしろよ」と至極最もな反論をされたので私は素直に頷いてしまった。それだけ美味い肴だったことは言わずもがな。
それから結城さんとも連絡をできるだけとるようにして、近況やら異性の好み、はまっているものなどありとあらゆる調査をしては二人の展開を期待していた。が、美男美女がそううまくくっつくなんて稀中の稀だということを痛感した。
なんて、厄介なんだ!
「あのさ、三神くん」
「なに」
「無駄だとは思うけど言いたいことがあるんだけど、言っていい?」
三神くんは冷めた瞳でこちらをにみつめてきたが、反論はしてこなかったので結局勢いのまま「こんな無謀な恋、やめたら?」と言ってしまった。
「それで? 私にしなよ、とか続くわけ?」
三神くんの冷めた声音以上に冷めた声音で「ちょっと、やめてよ。気持ち悪い」と本音がこぼれ出てしまった。
「あ、いや、その、気持ち悪いっていうのは、あくまで私の意見なわけであって、決して結城さんが、そんなことを言ってたわけじゃないよ?」
「いや、わかってるから、落ち着けよ」
「だって。ただでさえふられてるのに、そんな追い討ちみたいなことを言えないからさ」
「いや、言ってるからね。キミ、普通に今言ってるから」
この美しい男は顔に似合わず性格が悪い。それを普段は隠して生活しているらしく、表面上は割と良い男として社内では有望株だ。そんな男が長年同じ女に片想いしてるなんて面白すぎる。しかも、その相手に彼氏までいるんだもん、笑える。例え、その彼氏と別れたとしても、決してこの目の前の美しい男にだけは惚れないのだから、ある意味凄い女ではあるんだけど。
「それにして、毎回毎回わざとか!ってくらい三神くん以外の人に惚れるよねー。結城さん」
◇
結城さんは結城さんで割と悪魔だ。
結城さんと私とでは全然キャラが違うが、何故だか話は合ったので三神くんの話題は置いといて、二人で飲むことも割とあった。
そこで、ぶっちゃけた話が聞きたくて、お酒の力を借りてではあるが「三神くんのことだけど」と聞いてみると結城さんは妖艶な笑みを浮かべて「伊東さん、好きになっちゃったの?」と恐ろしいことを聞いてきた。
そんなことあるはずもないのに。ここで変にライバル扱いされたらせっかく仲良くなった飲み仲間を減らしてしまう、と慌てて頭を振った。
「まさか。やめてよ」
「だよねー。伊東さんは全然そんなんじゃないもんね。見ててわかるよ。安心して」
「見ててわかるの?」
「わかるよ」
「だったらさ、」
三神くんの気持ちもわかるんじゃないの?
そう聞こうとしたが、やめた。こんな質問、お酒の席であっても野暮だ。
だって、きっと。
「…いや、なんでもないや」
「ふふ、だから伊東さん好き」
ほら。
きっと、わかってるんだ。彼の気持ちも。わかった上で今の関係を崩さず、甘い夢を見せているんだ。
「結城さんって割と悪魔だよね」
「そう? そんなこと言われたことないけどなー」
「でも、嫌いじゃない」
残酷な夢ではあるけれど、彼自身がその夢から覚めたくないと願っているのだから、私がそこを無粋にこじ開けて強制的に目覚めさせてるなんて野暮だ。
それに、これはこれで一つの優しさかもしれない。
様々言う人もいるだろうけど、私はこの生ぬるく残酷な優しさがあっても良いと思った。いや、むしろ人間味がある禍々しい優しさで好んでさえいる。
「ふふ、知ってる。伊東さんはね、きっと、私たちのどっちにも味方にはならないんだろうけど、私は三神くんと伊東さんだったら、迷わず伊東さんの味方につくよ」
「…そういうとこだよね。ほんっと、ズルい! ズルい女だなー! 全く!」
「ふふ、そう言うことは普通言わないんだよ?」
それでもやっぱり結城さんは割と悪魔だと思う。
◇
「あいつはわざとだよ。俺を好きになることは来世でもないよ」
「現世でもない上に来世でもないの?」
そうだとしたら救い様がないな。
「ないよ」
きっぱりも言い放った。哀しみからか少し肩が下がったようにみえるが、結城さんを思い浮かべているであろうその瞳はいつも優しく、いついかなる時だって結城さんを受け止める。たとえ報われないとわかっていても。その慈悲深さが健気だ。
「…ま、そういう愛し方もありだと思うよ」
口ではそう言いつつも気持ちとしては『無謀な恋愛をする奴の気がしれない』に尽きた。が、この二人に於いては、こんな関係もありかもしれない。
所詮私は傍観者だ。
他人事万歳。
「本当お前はどっちの味方にもつかないよな」
強いて言うなら、二人ともの味方でありたい。
…なんてね。