せめて隣が、あなたじゃなければ
――親友と彼氏が知らない間に付き合っていた。
最初はただ仲が良いな、と思う程度だった。私よりも親友と話しているほうが楽しげな彼氏に時折嫉妬心を抱いていただけなのに、それが嫉妬とは別の何か胸の中がざわつくような、そんな嫌な予感がちらついた。そんな私をあざわらうかのように二人の間に友情ではない情が芽生え始めた。
そんな、ばかな。
そう切り捨てるには彼女達はあまりにも親しげだった。
疑い始めれば次々と疑惑は浮かんできた。
あの時彼は何と言ってデートをドタキャンした? その次の日、親友は何と言っていた? 親友はいつも放課後になるとどんな表情で彼をみつめていた? 私をみる瞳にかげりはなかった?
湧き出る感情から飲み込まれるのにそう時間はかからなかった。
それでも。
躍起になって現実を知ったところで。
親友を嫌いになんてなれなかった。
当然彼氏を嫌うことんなんてもってのほかだった。
このままの関係を壊す勇気もない甘ったれた自分にはどうすることも出来ないと途方に暮れた。
◇
携帯が鳴るたびにびくびくした生活に嫌気がさしているというのに行動に移せない。彼の携帯が鳴る度に親友に電話をしてやろうか、とも考えたが結果が見えている。そもそも、そんなことができれば苦労はしていない。
他の友達に相談することも出来ないでいた。理由は至って簡単で、親友も彼氏も悪者にしたくはなかった。これがただの偽善であることは百も承知だったが偽善の何が悪い、と開き直るくらいには歪んだ性格の持ち主であった。
それでも。
こんなひねくれた甘ちゃんの私は何度も願った。
せめて――
せめてあなたが隣じゃなければ、
苦し紛れの願いさえ、届かない。
◇
いつものように彼氏の英雄がさわやかな笑みを浮かべながらこちらに近寄ってきた。いつもと変わらない放課後だ。いつもと変わらずに親友の愛美がにこやな表情を浮かべている。本当に、何も変わらない、いつもの日常。
「双葉、今日はどこ行く?」
英雄はいつものように放課後のデートコースを尋ねてきた。ちらっと愛美のほうを見やるが、笑みを浮かべたまま私達を見守っていた。その表情にはかげりが見えない。
「えっと、今日は試験前だし、三人で勉強でもしない?」
ばかげてる。
そんなこと自分が一番わかっている。
それでも他にどうすることも出来ない。
本当にそうだろうか?
そう囁くのは本当の私の声なのか。
どれが自分の感情かも定かではない。虚ろな瞳で彼と彼女を見つめた。
「って言ってるけど、愛美ちゃん予定は?」
「私は特に何もないけど、いいの? かなりお邪魔じゃない?」
にんまりと微笑む姿は、そのまま「このこの~」と肘でツンツンしてきそうな勢いさえある。そんなことあるはずがないのに能天気なことを考えた。
「そんなわけないよ。愛美も一緒に勉強しよう」
能天気な考えをしていけない、と振り切るようにして絞り出した声は自分でも情けないほど覇気がなかった。
「それじゃあ、行こうかな」
「おう。そうしよう」
二人はかばんを持ち、立ち上がった。
その息の合った行動はなんなの?
「どうかした? 双葉」
ざらり、と心の表面が剥がれ落ちる。
ざらり、ざくり。
「双葉?」
じくり、じゅり。
体内から響き渡る痛みの音が彼らには聞こえないのだろうか。
じわり、と広がるこの痛みも?
鎖骨が折れてしまいそうなこの窮屈な思いも?
息苦しくて夜も眠れないあの苦しみも?
なにもかもが?
「…なんでもない!」
それでも。
痛みならまだ耐えられた。
耐えてしまえる。
この関係に嫌気が差しながらも切り捨てられるほどの根性も勇気もない。
せめて。
せめて、隣があなたじゃなければ。
願うことしか出来ない。
きっとこんな関係がいつまでも続くわけない、と心の何処かで思いながら。
二股をかけられている主人公・双葉、美しく愛されキャラの親友・愛美、二股をかけていると知られていながらそれでもなお好かれている彼氏・英雄。
と、まぁ、見てもらうと分かると思いますが、今回の短編は名前が思いつかず彼女らの性格や設定から割り当てたのでなんとも安易な名前に…。二股かけといてヒーローなんて名前馬鹿げてますかね?そこは作者の性格の歪みととらえて下さって結構ですー。読んで下さってありがとうございました。