負けないくらい想ってたのに
きっと同じくらい、いや、私のほうがきっと彼を想っていたのに、彼が選んだのは私ではなく私によく似た顔の女の子だった。
それがこれほどまで憎しみにかわるかなんて知らなかった。
こんな苦しい気持ちも、息をするたびに胸が締め付けられるのも、何もかも知らなかった。知りたくもなかったけど。
――彼は紗希を選んだ。
◇ ◇ ◇
私とほとんど同じ顔のつくりで同じ年齢の分身のような女の子。それが私の妹――と漢字にあてはめて紹介するとどうもしっくりこないが戸籍上、私の妹である紗希。私と異なる明るさと器用さを武器に世の中をうまく渡り歩く、そんな女の子。皮肉な程良くできている妹。
「紗江ちゃん、どうしたの?」
私よりほんの少し高い声――他人からしてみればあまり変わらないと一笑されてしまうが、私にとっては大きな違いで、それと同時に羨ましくてたまらない声。
「紗希ちゃん…」
ほら。
やっぱり私の方が少し低い。
「どうしたの? ご飯だってよ?」
「ああ、ごめん。ぼんやりしてて」
「宿題? 二組はどこまで進んでるの?」
机の上に無造作に広げていた数学の参考書へ目線を移すと「二組の方が早いね」とすぐに反応した。
「今日、ご飯なに?」
「唐揚げ」
紗希の好きなご飯だ。
「紗希ちゃんの好物だね」
「紗江ちゃんもでしょ?」
にっこりと微笑んだ紗希の顔は私とそっくりなはずなのに、どうしてこんなに輝いているの?
「…そうだね」
環境だって同じで育った。
性格の違いが輝きにここまで差が出るなんて。
「さ、行こう?」
そしてこの笑顔を彼が選んだ。
◇ ◇ ◇
リビングへ向かう途中、携帯に視線を落としたまま紗希ちゃんは言った。
「紗江ちゃんが紹介してくれなかったら出会わなかったよ!」
屈託のない笑顔が私の心臓を抉る。
「そう? いつかは出会ってたよ」
まるでどう転んでも出会う運命だったかのように彼と結ばれていただろう。
そもそも。私がいつ、彼を紹介したというのか。
「それでもやっぱり紗江ちゃんと同じクラスに居なかったら会うことはなかったと思うし」
紗希ちゃんは時々私のわからない言葉を話す。
それはまるで外国語のように滑らかに紡ぎ出される言葉を音として聞くだけで内容は一切わからない。
「紗江ちゃん? 大丈夫? 顔色が悪いよ」
ねぇ。
どうして紗希ちゃんは彼を選んだの?
彼はどうして紗希ちゃんを選んだの?
ぐるぐるとまわる思考回路がひとつずつ焼き切れてしまえばこんな感情うまれなかったのだろうか。
「大丈夫だよ」
そんなことあるはずもないのに。
◆ ◆ ◆
紗江ちゃんは戸籍上、私の姉としてこの世に存在している。顔の作りは他人からみれば全く同じもので私たちの間に個性はないと思われている。が、それは大きな間違いだし、大きなお世話だ。
紗江ちゃんは私よりも落ち着いた声で、慈悲深く話しかける。いつも考えがまとまらないうちにガサツに話てしまう私とは大違いだ。それに、笑顔だって私は大口を開けて下品に笑うのに対し、紗江ちゃんはちゃんと口元に手をおき、優しく微笑む。女の子の中の女の子だと胸を張って言える。間違いなく自慢の姉だ。――それだけに、なんで、と叫び出したくなる。
なんで私ではなく紗江ちゃんばかり。
「紗江ちゃん? 本当に大丈夫?」
顔色の悪い紗江ちゃんを前に私は心配気に声をかけた。
私がそうさせているというのに。
こんなところをきっと彼は見抜いていたんだ。
――彼は紗江を選んだ。
◇ ◇ ◇
いつもそうだ。
私が好きになる男の子は皆、私とほとんど同じ顔をした姉――紗江を好きになる。そして何食わぬ顔で、紗江ちゃんとの恋の成就を願い、相談を持ちかけてくるんだ。この私に。
それは全身で『お前は俺の友達だよな!』と語っている。友達になんてなった覚えもないのに。
どうして?
私の何がだめなの?
そんなわかりきった疑問を未練がましく頭の中で巡らせる。
紗江ちゃんと違う何もかもが原因だとわかっていながら、見ないフリをして。
それでも神はいた。
残酷なまでに意地の悪い神が。
◇ ◇ ◇
私が好きになる男の子が私を尽く見ないかわりに、紗江ちゃんが好きになる男の子が私を好きになる。
こんな残酷なことがあるだろうか。
「紗江ちゃん、今日の放課後二組まで行くから一緒に帰ろう」
私の笑顔はとても醜い。
残酷だ。
いっそ、死ねばいいのに。
「うん、わかった」
紗江ちゃんの笑顔を見る度、死にたくなる。
紗江ちゃん。
他人から見れば同じ顔をした姉。
好きでたまらない。
その分嫌いでたまらない。
【作者の言い訳コーナー】
双子両視点でかきましたので、読みにくい部分もあったかと思います。上手くかけたらいいのになー、なんて思いながらも投稿した次第です。お粗末様でした。
次のお題は『本気の恋は叶わないって、あの人が言ったから』です。