触れた手のひら、離れる瞬間が別れだと知っていたけど
上京していく彼の後ろ姿を今でもはっきり覚えている。未練がましい、と自分でも嫌気がさすが、無意識にあの時の光景がフラッシュバックするのだからもう逃げようがなかった。
あれからどれほど経ったんだろう。
ふと、カレンダーに視線を向けるともう12月が終わろうとしている。今年が終わってしまえば、あれから3年経つことになる。
彼の優しさに半ば意地になっていた私を若いな、と笑い飛ばすにはまだ時間が足りない。仕事をがむしゃらにしたところで報われるにも限度はあるし、何よりもそんなことでは心が満たされない。わかっているのにわからないふりをしてまたがむしゃらに働く。それはもう馬鹿みたいに。
甘えればよかったのにと周りの友人は口をそろえて言うが、そんなかわいらしいことが出来ていたら私だってその場でやってる。それができないのが私というどうしようもない人間なんだ。
それでも、彼はそこがかわいいといってくれていたのに。
――ああ、まただ。
こうやって彼が言ってくれた優しくも残酷な言葉に浸って。
◇ ◇ ◇
響き渡る電車出発の合図を聞いて「じゃあ、いくわ」とポツリと溢した言葉は、すぐに車掌の笛でかき消された。去り際に荷物を持っていないほうの手で私の頭をぽんぽんと慰めるようにして触れて、離れていった。
あの瞬間、もうこれが最後だとわかっていたはずなのに。
すがれば良かったのだろうか。
泣いてすがれば彼は困り顔を浮かべ、それでも優しい声音で私の名を呼ぶだろう。振りほどく優しさを彼は持っていない。彼が持ち合わせている優しさは優しさとは名ばかりの残酷な――彼がいなければ、まるでじわじわと喉を締め付けられていくような――そんな狂気的な優しさでしか私と向かい合わなかった。
今にしてみれば彼は彼なりに少し壊れていたのだろう。そして、彼はきっと一緒に壊れてくれるような、そんな女の子を好んでいたんだ。間違っても私のような頑固で可愛げのない女を引きずることはない。
あの時のあの瞬間を何度、何度やり直しただろう。夢の中で、目を閉じた瞼の奥で、彼と別れたあのホームの上で、いくらやり直したところで私は何度だって彼の手を取ることはなかった。すがることなんてできるはずもなかった。これがプライドというのだろうか。それにしてはお粗末過ぎて情けない。
あの優しくも残酷な掌が私から離れていった瞬間にこうなることはお互いわかっていた。
こうして貴方にすがれなかった自分が嫌になることも。
結局貴方なしでは息さえも億劫になることも。
何もかもが彼の思う壺だ。
――それでも。
私は貴方にすがらなかった。