前哨戦⑴
「…専門外なんだが。」
一人掛けの質素なソファに深々と腰掛け、気だるげに足を組む黒衣の男ーベッセルは、一枚の紙に目を落としている。
ーギルド紹介状
落ち着かない様子でソファに座り蒼白な顔でこちらを見つめる若い男、フランツがこれを携えてベッセルの元に転がり込んで来たのは半刻ほど前のこと。
ギルド紹介状とは、依頼者が特定の人物に直接依頼をするためギルドから発行される物で、その内容は遂行が困難な物である場合がほとんどだ。
そしてフランツが持ってきた依頼の内容。
それは…
『迷宮攻略』
巨大な地下迷宮の最深部に眠る双剣の奪還。
暗殺者であるベッセルにはおよそ縁のない依頼である。
なにせ最近引き受けている依頼といえば、暗殺や情報収集といった紹介状による物の他は、募集型依頼の魔物の退治や護衛の仕事ばかり。
もちろん、駆け出しのギルド見習いであった頃は冒険者のパーティーに組み込まれ何度か出向いた事もあるが…それも随分と前のことだ。
「お願いします、どうか…」
「他を当たってくれ。」
にべもなく告げると、その闇より深い暗黒色の瞳はドアへと向く。
「お引き取り願えますか。」
「ベッセル殿!」
「…迷宮なら俺ではなく、その手の物に詳しい人間に依頼すればいいだろう。」
わざわざ紹介状を使ってまで俺に依頼するようなものではないのではないか。
その言葉にフランツは黙り、俯向く。
ーー何か、嫌な予感がするな。
こういう時の予感は実によく当たる。
それはもう、腹が立つほど当たるのだ。
この予感の後は決まって厄介事に巻き込まれる、それがベッセルという男である。
毎度お馴染みの予感にベッセルが内心で身構えると、フランツは思い詰めた表情をベッセルに向けた。
「…実は、」
「待て。」
聞いてはいけないと勘が訴えかける。
「言わなくていい。」
「いえ、しかし…」
「ダメだ。聞いたら引き受けるハメになるに決まってる。」
「そ、そんな…お願いします!せめて話だけでも…」
ベッセルは黙って首を横に振る。
その明確な拒絶に、フランツの蒼い双眸が揺らいだ。
ベッセルはさっと目をそらす。
忘れてはいけない、彼は厄介事に巻き込まれやすい体質なのだ。
ついでに言うと、暗殺者のくせにかなりのお人好しでもある。
仕事に限っていうならば、ベッセルが獲物と判断すればそれが泣こうが命乞いをしようが何の躊躇いもなく切り捨てられるような冷徹な人間だ。
しかし日常において相手に泣かれると…特にそれが女子供や見目麗しい者だったりすると、どうにも弱いのである。
そして困った事にフランツは、柔らかそうな焦げ茶の髪に蒼い瞳の、大層な美少年顔だった。
「初めに言ったと思うが、専門外なんだ。オレは適任ではない。」
「いいえそんなことはありません、もうベッセル殿しかいないのです!ですから…」
「ダンジョンは嫌いだ。1度潜るとしばらく出て来れないし。」
「嫌いってそんな…もしやダンジョンの仕事を引き受けない理由はそれですか。」
「いかにも。…それに、わざわざ紹介状使って依頼してくるとなると、厄介事の臭いしかしない。オレは厄介事は御免だ。絶対に聞かんぞ。」
「…分かりました。」
やっと諦めたか、とベッセルが安堵したのも束の間。
「では勝手に喋ります。」
「…いやいやいや、そういう問題じゃ、」
だいぶ雲行きが怪しくなってきたぞ…と、ベッセルが焦りだす。
「実はですね…」
「こら、強引に進めようとするな。」
「…だって、貴方が引き受けてくれないと僕帰れないんですよ。」
「…はぁ?」
「お世話になります。」
床に正座し、三つ指をついて頭を下げるフランツ。
「待て、いったい何…」
引き気味のベッセルに構わず、そのままの体勢でフランツはトドメの一言を放った。
「おはようからおやすみまで、ベッセル殿が首を縦に振るまで此方でお世話になります。」
フランツの言った言葉の意味が理解出来ず凍りつき、二人の間に沈黙が降りる。
その間も、フランツは頭を下げたままだ。
ベッセルは考える事を拒絶したがる脳ミソを無理矢理稼働させ、彼の台詞をたっぷり時間を掛けて飲み込んだのち、盛大な溜め息を吐いてガックリと項垂れた。
「…話を聞かせてもらおうか。」
どう足掻いても、彼が厄介事から逃れる術はないようだった。
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更新遅いうえに纏まりのない文章で申し訳ないです…早く迷宮入れるよう頑張りますorz