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4.福利厚生は整っている 追記




「おい、何してんだよ!」




 階下で救急車に運ばれる女の子と足元に倒れている猫を見ていると、怒号が飛んできた。この声は、きっと影だろう。仕事のミスを叱りにきたのだろうな。漫然と声のする方へ顔を向けると、顔のない影がおれの方へ歩み寄って来ていた。



「影か」

「お前……、自分が何したか分かってんだろうな!?」

「猫が命を取り換えてくれって言ったから、代えた」

「契約書に死神としてやっちゃいけねぇってあっただろ!?」

「そうだったか」



 影の形が、怒りのせいか普段の人型から鬼のように角を生やした姿で捲くし立ててくる。



「……お前は掟を破った。今すぐにでも処分命令が下るぞ」

「そうか」

「お前なぁ……。いい加減にしろよ!!」

「何をそんなに焦っているんだ。お前のことじゃないだろ?」

「そういうことじゃねぇよ!」



 今までに見たことのない程の剣幕で怒鳴る影に、おれは首を傾げる。確かにおれは掟を破ったかもしれない。だけど、それで何で影が怒るのかおれには全く分からなかった。どうして、そこまで。


「……早く逃げろ」

「どこへ」

「ここじゃねぇ、どこでもねぇところにだよ!」

「おれの存在は上の方で管理されているんだろ。なら、どこへ行っても同じだ」

「ちったぁ危機感もてよ、バカ野郎!」

「それより、おれが命を引きかえたあの猫はどうなるんだ?」

「あいつはずっと死ぬこともなく妖怪として生きていくさ。お前が手を加えたせいでな!」

「手を加えると、妖怪になるのか」

「あぁ、そうだ! だから監視しか許されねぇんだよ!」



 分からない。影がどうして怒っているのか。あの猫はどうして女の子の身代わりとなったのか。

 みんな、どうして死んだ後に満足そうな顔をするのか。



 不意に足が何かに掴まれた。その違和感に顔を下に向けると、土が盛り上がっておれの足を掴んでいるのが目に映る。あぁ、どうやらこれが処分命令とやらの最初の段階か。



「くそっ!!」



 影が忌々しげにおれの足を掴む土を見ているかと思うと、いつの間にか手にしていた鎌で切り裂いた。

 本当に何でもありなんだな。そもそも鎌なんてもの持っていたのか。



「……いいか、コウ」




 幾分か落ち着いた声がする。影はもうおれを見ていなかった。

 そのかわりに、そっとおれの腕に触れる。




「逃げろ」





 そう言う声が聞こえたと思った途端に、視界が真っ白になった。

 胃の中のものが逆流し、額が熱い。眼も開かない。立っていられない。




 いや、もうおれに生身の体はなかったっけ。じゃあ、この息苦しさは何だ。どうしてこんなに全身が痛いと感じて辛いんだ。死んだあの日から、そんな痛みに触れることさえないだろうと思っていたのに。

 どうして。どうして、こんなにも分からないことだらけなんだ。



 井出さん。千夏。猫。



 教えてくれ。おれは、どうして笑って死ねなかったんだ。どうして、ひとりぼっちなんだ。





 そんなことをぼんやりと考えて、いつしか意識すらも無くなってしまった。




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