3.残業手当は出ていない 追記
だいぶ日が空いての更新になります。
人の死期って、死者から引き寄せられるようなものなのかもしれないな。
それでも、あんな風に見守ってくれる存在はそうそういないのだろう。
何人か見送って来たけど、今でもよく分からないことだらけだ。
どうしてだろうな。
「ちゃお」
久しぶりに影の姿がそこにあった。
「あれ。何だその首元のやつ」
「……最初の仕事の時に。……井出さんからもらった」
「ふぅん。まぁでも、そんなの持ってるってことはだいぶ慣れてきたみたいだな」
「おかげさまで」
「それで、どうだ。死ぬ前の人間の笑う気持ちはわかったか?」
最初に仕事をしたときと変わらずに影は笑う。どうも小馬鹿にされているようで癪に障るが、まだ分からないから言い返すことも出来ない。
「……いや。いろいろと感情に触れてきたけど、複雑すぎて分からない」
「へぇ。複雑か」
「大事に想っているのに、そいつの死を望む。死んだら何も出来ないのは知っているはずなのに」
「そいつぁ、愛ゆえにってやつだな」
「それと……。忘れられたくないのに忘れて欲しいと言うのも分からない」
「コウのときと同じじゃねぇか。お前だって、存在が消失する前まではそう感じてただろ」
「…………そうか。やっと一つだけ分かった」
「ん? どんな答えが出たんだよ。コウの中では、さ」
影が興味ありげにおれの言葉の続きを促してくる。どうしてそこまでしておれの答えを待っているのか、まだおれには分からない。ここで答えを言えば、影はいままでに見せなかった感情を見せてくれるのだろうか。
ふっと息を吐いてから、答えてみる。
「人は、わがままだなって」
そう答えると、影が盛大に噴き出した。今度こそ、馬鹿にされた。生きていた人間を真似て不愉快そうな表情をして見せるが、影は気にする素振りすら見せない。ただ笑い転げている。
「極端すぎるだろ、その答えはよぉ!!」
「……人間は、わがままで、面倒だ。そう思っただけで、後は……分からない」
「はははっ、よーしよし。今はそういうことにしておけ」
影はまだ堪えきれずに笑っていたが、何だか嬉しそうだ。その様子を見て、おれは確信を得た。
今まで影と関わってきて、少しずつだけど影のことが分かってきたような気がする。影はおれが感情を示したり、人間について考える様子を見ると、楽しそうに笑うんだ。そうは言っても、影は骸骨が歯を噛み合わせた時のような音を上げるだけだから、本当に笑っているのかは分からない。だけど。
だけど、どうしてだろう。影が喜んだっておれには関係ないのに、影が笑うと何だか嬉しくなる。
おかしな話だ。
これで「普通であることに飽きた女の子」のお話は終わりになります。次は「とても幸せだった家族」のお話になりますが、お暇でしたらどうぞ。




