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1.仕事内容

 1.仕事内容




 あれから、影は手続きがある、と言ってしばらくは独り言を呟いていた。どうやら影は、人間のように携帯電話などの連絡手段を持ち合わせていないらしい。おれはその間どうすればいいのかも分からず、ただその様子をじっと見ることしかできなかった。

「……ん。待たせたな」

 ようやく影が連絡し終えたのか、おれの方に振り返る気配がした。影には顔がないから正直どちらが正面なのかは分からない。もしかすると、まだ背中を向けているのかもしれないが、もはやどちらでもいい。なぜ影が話しているのかも分からないが、きっと、向こうはそういう風にできているのだろう。

「お前、本当に無関心だよな」

「何が?」

「オレが会った大抵の奴らは、オレのことや死後の世界だとかを聞いてきたが」

「聞いてどうなる?」

「さぁ。自分自身が納得して、理解するんじゃねぇの?」

「それなら、おれにはもうそんなことをする必要はない」

「気にしない、か。別にそれでもいいさ。オレもその方が面倒臭くなくていい」

「だが、聞きたいことがある」

 そう言うと、影がほぅ、と息を零した。質問するおれが珍しいのか、それとも面倒だと思ったのか。そのどちらでも、おれは一向に構わない。

「死神って何をするんだ?」

「……そのことなら、これから説明してやる」

 影はそう言って、畳の上に胡坐をかくような格好で座る。声からして、少しだけ落胆している様子だ。影だから、真実は分からない。

 影は淡々と告げていく。要約すると、こういうことらしい。



 死神といえど、大層なことはしないらしい。死ぬ人間の一週間を観察して、確実な【死】が実行されるのを見届ける。そうして、対象が死んでから迷子にならないように、幹部とやらに連絡して引き取ってもらう。



 影は頭に手を置いて小さく左右に揺れる。どうやら、それ以上の詳細はおれが聞かない限り告げられないようだ。

「じゃあ、別におれじゃなくても他の奴にもできることなんだな」

「そう。お前が死神をやめるとしても全然支障はないから、安心しろ」

 影は、明らかに小馬鹿にしたような口調で話しかけてくる。それに対して少しだけ怒りを覚えたが、影の言った内容は実際にその通りだ。苛立つのは、この影の言い方だけであり、影の言ったことには、変えようのないしきたりがある。

「わかった」

「んじゃ、この書類に目を通しておいてくれ。昔は全部記号だったんだけどな」

 目の前に出された書類を受け取ろうとして、あることに気が付いた。おれの肉体は既にないのだから、触れたくても触れられない。だから、書類もあるいはこの影ですら触れられないのではないか。

「おい、触れないんだけど」

 そう言って抗議すると、影は改めて思い出したような声を上げた。

「あー、お前って器がないんだっけ。ちょっと待ってろ……」

 影はそう言うと、顔を若干上げて天井を見上げる形になる。影が見ているその天井には、いったい何があるのだろう。つられておれもそちらを見るが、何の変哲もない天井しか見えなかった。

 すると、一瞬にして体が重くなり、足に違和感を感じる。その違和感の出所をおさえようと俯くと、透明ではなくちゃんとした肌色の自分の足が、畳の上に立っていた。

 生身の身体だ。手も、足も、顔も感覚がある。何もかも生きていた頃と同じ感覚だ。おれの肉体は既に無かったのではないのか。

「どうして……?」

「流石にびっくりしただろ?」

 影が、悪戯が成功した子供のように笑う。その言葉通りに驚いて、いきおいよく影へと振り向く。

「その体は借り物だ。死神に配給される、一週間だけの、人間用な」

「……つまり、仕事用だからあまり長持ちしないってことか?」

「正解。つっても死神は監視だけだから、あまりそれは使われないぞ」

 ほれ、と影が書類を差し出す。おれはそれを黙って受け取り、目を通した。この身体の最期がどうなるかだんて、あまり聞きたくはない。人間の身体は、やはり生ものと同じなのだから腐る、ということは分かっている。

 そうして、その腐った体はそれからどうなるのか。死んだおれがこうして存在していることや、死神と言われるものがこうして目の前にある現実なのだから、これ以上に理不尽なことが起こっても不思議ではない。下手に考えるとますます混乱しかしないのなら、これ以上の思考は不毛だ。

「……把握した」

 書類には、さきほど言われたことが丁寧な文章で書かれているだけで、特に気にする部分は見当たらない。肉体のことも、一週間しか保たない、としか表記されていなかった。もうこの紙におれの知りたいことは載っていない。

「ばーか。ちゃんと最後の方も見ろ」

「最後……。あ」

 言われた通り、最後の行に名前を書く欄が用意されていた。だが、この用紙に普通の筆記用具で書いてもいいのだろうか。そう思っていると、影がまたさりげない様子でおれにペンと思しきものを投げて遣す。これで書け、ということだろう。黙ってそのペンを受け取って名前を書く。

「書いたらこっちに貸せよー」

「……ん」

「はい、どーも」

 影が用紙を受け取り、確認をする。その様子を見ていると、おれはなんだかとても重要なことをしてしまったような気持ちになった。実際におれは死神としてはたらくわけだから、それで合っているのだろうが、何とも居心地が悪い。

「へぇ、お前の名前って信楽浩しがらきこうって言うんだ?」

「名前は、単なる記号だ。呼んでも呼ばなくてもいい」

「なら、ここは挨拶がてらに、コウくんとでも呼ぼうか」

「別に構わないが、おれは反応しない」

「じゃあ意味ねぇじゃん。コウって呼ぶ」

「そうしてくれ。あんたは?」

「さっき、コウが名前は単なる記号だって言ったじゃん」

「おれがあんたを呼ぶときに困る」

「それもそうだな」

 影はそう言ってわざとらしく腕を組んで考える素振りをする。黒くて表情は分からないが、声からして半分本気で半分冗談で考えているようだ。

「決めた。オレはオセロ」

「……どういうことだ?」

「オレには名前がない。だから今オレがオレにつけた。いいだろ?」

「オセロ……?」

「おう。チェスでもいいけどな!」

「オセロが好きなのか?」

「ほかにも、ポーカーとかドーナツとか好きだぞ」

「どちらかというと、ジョーカーでもいい気がする……」

「じゃあ明日はジョーカーな。明後日はチェス」

 おれと影の、名前という概念は違うのだろうか。名前は単なる記号だといったのはおれ自身だが、こうも名前を変えられてはあまり意味がない。しかし、この影がそうしたいというのならおれが慣れるようにするだけだ。きっとこの影も名前を一つに絞る、というのは面倒で嫌がるだろう。

「じゃあ、オセロ。これからよろしくな」

「別に、オレの名前はお前が考えてる影でもいいぜ」

「……面倒になったら影って呼ぶ」

「ふぅん。ま、どっちでもいいや。それじゃあ、コウ」

 影がおれにぐいと顔を近づけて、にやりと笑う気配を醸し出した。

「死神どうし、よろしくな」





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