森の朝 … 5
扉の外で、王子と侯爵令嬢の喧嘩を仲裁するべきか悩んでいた男二人は、女性の悲鳴を聞いて色めきだった。
「きゃあ――っ、誰か助けてぇ!」
「モナ様!」
「どうなされた!」
扉を蹴破るようにして室内へ飛び込むと。
「重い、おもーいっ! つ~ぶ~れ~る~~ぅ!」
倒れかかってきたローレリアンを抱えたモナが、いっしょに倒れそうになって騒いでいる。意識を失った大人の男は、重いのである。とても女の細腕で、支えられるものではない。
「殿下! 御病気がぶり返されたのか!?」
「ちがうわよ!」
「ではなぜ!?」
「どうでもいいから、早く助けて!」
「デュカレット卿、殿下のお体を支えてくれ」
「こっちは引き受けますから、先に殿下のそちらの手を抜いてください、閣下」
アレンとラカン公爵は、ああでもないこうでもないとわめきながら、気を失った王子につぶされそうになって、ひいひいいっているモナを助け出した。この状況で王子殿下を床に落として怪我でもさせたら大事である。
数分後、やっとの思いで男たちは王子の身体を寝椅子に横たわらせた。
「ああよかった」と、モナは胸をなでおろすしぐさだ。そのうえ「階段で倒れられたりしたら大変だから、速く薬が効かないかしらと、冷や冷やしたわ」などと、不穏当な発言をする。
アレンは声を荒げた。
「殿下に薬を盛ったのですか!?」
王子を横たえた寝椅子のそばにひざまずいていたモナは、悪びれもせずに「そうよ」と答えた。
その返事を、王子の護衛隊長が冷静に聞けるわけがなかった。アレンのほほには、興奮の証しの赤みがさした。
「いくらなんでも、やりすぎです! 一国の王子を薬で昏倒させるなんて! いったい、どういうおつもりで、こんなことをなさったのです!?」
モナはローレリアンのほほを指先でそっと撫でた。
「この人は頭がいいから、このチャンスをつかみそこねたら、逃げ切られちゃうもの」
眠っているローレリアンの顔には、疲労の気配が色濃く残っていた。病から回復した王子を待っていたのは、容赦なく増え続ける一方の仕事だったのだ。王都大火の後始末や、王子暗殺未遂事件の余波として起こった政治経済の混乱への対応。それらの重責の多くが、王子の双肩にのしかかってきている。
愛しい人の目の下に浮かぶ痛々しい影に指を這わせながら、モナは言った。
「わたしから逃げられないように、がんじがらめに縛りつけるの。傲慢だって言われてもいい。他人に後ろ指を指されたって、何とも思わない。わたしの存在が少しでもローレリアンの慰めになるなら、しがみついてでも、そばにいる」
「王子殿下と一夜を共にした既成事実を令嬢の側からお作りになって、ローレリアン様があなたから逃げられないようにするおつもりか? 殿下は責任感の塊のようなお人ゆえ、人の噂にのぼるような事実が何もなかったとしても、モナシェイラ殿を突き離せなくなることはまちがいないが」
ラカン公爵は、ぼうぜんとモナを見ていた。彼は、若い王子が衝動に負けて令嬢を押し倒す可能性については考慮していたが、令嬢の側から行動を起こすことがあるとは、夢にも思っていなかったのだ。これこそまさに、想定外の出来事である。
モナは静かに答えた。
「ええ、そのつもりです。見届け役の公爵様には、わたくしが王子殿下と一夜を共にしたという、証言をお願いしたいのです」
「冗談じゃない!」
動揺を丸出しにした態度で、アレンは大声をあげた。普段の沈着冷静ぶりなど、すっかりどこかへ吹き飛んでしまっている。
「こんな、だまし討ちみたいなやり方は許せません!
それに、モナ様は王子の寵妃になるということが、どういうことかわかっていらっしゃるんですか!?
愛人になるということなんですよ!?
モナ様の女性としての名誉は地に落ちてしまいます!
そりゃあ、相手は王子ですから、世間は御寵妃様よと、モナ様を持ち上げてくれるでしょうが。
でもね、本当はみんな腹の中で、色事で王子を籠絡した女だと、モナ様のことをあざ笑うんですっ!」
ローザニアにおける未婚女性の貞操に関する考え方は非常に厳しいものである。処女性は結婚するまで守られて当然だと思われているし、未婚の男女のあいだに生まれた子供には相続権が認められない差別が厳然とまかり通っている。いわゆる愛人は、日陰の身である。王家では王や王子の愛人を寵妃として厚遇するが、それも貴人の寵愛が続いているあいだだけのこと。しかも貴人に正嫡の子供があれば、寵妃や寵妃の子供には何の権利も保証されない。だから、ローレリアンも前王弟の姫の息子だというのに、いままでさんざん辛苦を舐めてきたのだ。
それをよく知るアレンの息は、興奮のあまり荒くなった。
「そんな……、そんなひどいこと、リアンが受け入れられると思うんですか!?
いまなら、まだ間に合う。
出先で具合が悪くなったことにして、リアンは俺が連れて帰りますから。
こいつは、本気でモナ様のことが好きなんです!
自分の命よりも、大切に思ってる!
でも、こいつは王子だから!
国のために、生きなきゃならないから!
こいつは、たったひとりで、何百万もの人の人生を背負ってるんですよ!
だから……! どんなに孤独でも、ひとりで耐えようとしてるのに。
わかってやって、ください! ……お願いだ!」
言葉尻が弱くなったのは、アレンが泣きそうになっているからだった。いつも影のように王子のそばにいる彼には、王子の苦しみと悲しみが手に取るようにわかっている。ローレリアンが、どんなに純粋な気持ちで、モナを見ているかも。
それに、モナはアレンにとっても、かけがえのない友人なのだ。
いつもは鉄や氷に例えられる厳しい顔をゆがめて、眼のふちから涙をこぼすまいとしているアレンを、モナはまっすぐに見つめた。
彼女のすみれ色の瞳には、澄みきった光がある。
「リアンはとても強い人だけれど、王子として生きる重圧を、一生ひとりで受け止めるなんて無理よ。
だから、わたしは、彼のそばにいるって決めたの。
それでいいの。
すこしでもリアンの負担を軽くしてあげられたら、それでわたしは満足なんですもの。
それに、わたしは誰から何を言われようと、傷ついたりはしないのよ。
ゴシップに傷つく人は、他人の眼を気にしているから傷つくの。
自分の心に忠実に生きていれば、他人の眼なんてどうでもよくなるわ。
アレンは、わたしが無責任な他人の噂話で傷つくような女だと思う?」
「いいえ」
首をふりながら、ああ、そうだったと、アレンは思った。
少年時代の自分が、なんてめちゃくちゃなお姫様だと憤慨しながらも、この人を大好きだった理由は、このまっすぐで純粋な生き方を、まぶしく思っていたからなのだ。
ローレリアンが、このお姫さまに恋焦がれる理由も、きっと同じなのだろう。
「ね? 神々のお導きって、不思議なものね。
わたしがお転婆で、変わり者のお姫さまであることにも、ちゃんと意味があったみたいですもの」
そういったモナは、おだやかに笑った。
大地に群れて咲くすみれの花を、優しいぬくもりで温める春の日差しを思わせるような笑顔だった。
きっと彼女はこれから、この笑顔で、ローレリアン王子の心にぬくもりを与え続けるのだろう。
感嘆のため息をもらしたあと、ラカン公爵は部屋の外へ通じる扉へむかった。
「わたしは屋外で待機中の近衛護衛隊と連絡を取ってくる。このまま殿下がこちらへご宿泊となれば、警備体制もそれなりに変更しなければなるまい」
アレンは一礼して、公爵を見送る。
「よろしくお願いいたします。正面玄関の前に副官のシムスが待機しておりますので、わたしのところへ来るように、お命じください」
「しょうちした」
ラカン公爵が廊下へ出ていくと、「さて」と言いながら、モナが立ちあがる。
「ねえ、アレン。悪いんだけれど、リアンをこっちの部屋へ運んでくれる?」
アレンはやれやれと、痒くもない頭をかいた。
「いいですよ。こうなりゃ、毒を食らわば皿までだ。なんでもお命じ下さい」
ローレリアンの腕をまず持ち、慣れた手つきで身体を肩に担ぐ。
アレンの素早い動作を見て、モナは感心して言った。
「やっぱり男の人の力って、すごいわねえ」
アレンは苦笑した。
「あまり力は必要ないんですよ。必要なのは、人ひとりの重さに耐えられる骨格の丈夫さくらいで」
「あら、そうなの」
「王立士官学校の初代校長になったデヴォット卿は、老練な用兵家として名高い方なのですが。この方は、貴族の将官としては珍しく、末端の兵士からも絶大なる信頼を得ている伝説の名将なのです。人の担ぎ方は、この方から習いました」
モナはアレンのとなりを歩きながら、嬉しそうに答えた。
「士官学校の話を聞かせてもらうのは、はじめてね」
「軍隊の話など、女性には退屈なだけでしょう」
「そんなことないわ」
明らかにわくわくしているモナを見て、アレンは苦笑を深くした。本当に、この人は変わったお姫さまだと思う。
「なぜデヴォット将軍が名将と呼ばれるのかは、士官学校に入校してから、すぐにわかりました」
「早く先を聞かせてよ」
「入校後、初めての教練で、我々はデヴォット校長から死体の担ぎ方を教えられたのです。
たがいの身体を死体に見立てて、さまざまな方法の練習をさせられました。
その練習のあいだ、将軍はおっしゃいました。
戦場では、負傷者や死体の運搬が日常になる。
戦闘そのものはお前たちが考えているより、ずっと短時間で決着するのだ。
戦闘に至るまでの過程と、終わったあとの後始末。じつはこれが、もっとも膨大な時間と労力と精神力を求められるものである。
ただ大砲をぶっ放したり、剣を振りまわすだけですむのなら、血の気さえ多ければ誰にでも軍人が務まることになる。
だが、そんな阿呆には、部下はついてこないぞ。
死体の後始末まで、すべてを引き受ける覚悟がない奴に、将校は務まらんと」
次の部屋の扉の前で立ちどまり、モナはじっと、アレンを見あげてきた。
「デヴォット将軍は、素晴らしい方ね」
「はい。俺が最も尊敬する軍人のおひとりです」
アレンは自分を見あげてくるモナに言った。
「モナ様。
しつこいようですが、もう一度だけ、覚悟のほどを確かめさせてください。
俺からデヴォット校長の話を聞いたリアンは、すぐに校長を呼び寄せて、何度も戦略や戦術の講義をさせていました」
背負ったローレリアンの身体を、アレンは肩の上でゆすりあげる。
「こいつは、必要だと判断したら、みずから戦場にも行くでしょう。
命を懸けた戦いに飛びこむことだって、躊躇はしない。
王子として選択を迫られれば、まちがいなく真っ先に、王国のために良かれと信じる選択をします。
モナ様は、いつでも、二の次、三の次になる。
遠く離れた場所で、生死もわからないこいつのことを、心配しなくちゃいけなくなることもあるかもしれない。
それでも、いいんですね?」
「いいの。わたしは、リアンから愛してもらえるのを、待つつもりはないのよ。
ただ、わたしがリアンを、愛したいだけ」
古い山荘の重い木戸が、きしんで開く。
開かれた扉のむこうにあったのは、山荘の主が休む寝室だった。狩猟小屋としての役割を目的に作られた小邸宅には、たいした部屋数などない。森の気配を存分に楽しむゲストルームのすぐ隣には、ここへ訪れた侯爵家の人間が休む部屋が配されていたのだ。
部屋の中央には、男女が共寝することも考慮した大きなベッドがある。丁寧に整えられた寝具の上には、小さな窓から秋の午後の日差しが低く差し込んでいた。
その部屋の景色のあまりの生々しさに、アレンは恥ずかしくなった。ローレリアンやシムスから女性経験がないことを笑われて以来、機会があったらその手の店に行ってやろうとは思っていたが、結局忙しくて、ささやかな計画は実行に移せないままなのだ。侯爵家にかかわりのある何組もの男女が、古い時代からくり返し情交を交わしたであろう大きなベッドなどを目の前にしてしまうと、どうしてもアレンの視線は泳いでしまう。
ざわつく心をモナに見抜かれたくなくて、アレンはわざと乱暴にローレリアンの身体をベッドのうえに投げ出した。
かなり手荒くされたというのに、ローレリアンには目覚める気配すらない。いったい何の薬を盛られたのだと、心配になってしまう。
モナはローレリアンの上着のボタンを外しにかかった。王国五公家筆頭格のラカン公爵と優雅に遠乗りへ出てきた今日のローレリアンの服装は、地味だが上等な生地で仕立てた乗馬服だった。この時代の貴族の服装の主流は丈が膝のあたりまであるコート型であったから、乗馬服も気品あふれるロング丈である。上着は汚れが目立たないように黒か濃い茶色、その中には象牙色や淡い灰色のチョッキと半ズボンをあわせ、乗馬用のロングブーツをはくのが正式とされている。
そんな優雅な服をしわくちゃにしてしまったら、王子殿下が寵愛する貴族の令嬢と艶めいた一夜をすごされたというお芝居が、とたんにうそ臭くなってしまうから、上着は脱がせなければならないのである。
看護人の知識と技術をもつモナは、ベッドの上で上手にローレリアンの身体を転がして、手早く上着やチョッキをぬがせていく。そのうえ、次はこれと光沢のある群青色の絹のクラバットに手をかけ、結び目をほどきながらアレンに命じる。
「ぼーっと見てないで、手伝ってよ!」
「はいはい」
モナに逆らってもしかたがないので、アレンはローレリアンのブーツを脱がせはじめた。
いったい自分は何をやっているのだと、情けなくなってくる。アレンは今回の一連の騒動のおかげで、一部隊の長たるにふさわしい人物として軍の上層部から認められ、国王への特別な忠誠心を発揮した人物に与えられるテヴーエ勲章を受章し、第二王子付き護衛部隊の隊長に昇進していた。先任のスルヴェニール卿を差し置いてだから、アレンはかなり困惑したのだが、スルヴェニールのほうは「俺は書類や会議が大嫌いだから、面倒な役がお前にいって、ほっとした」とうそぶいており、気にしている様子はまったくない。
だから、アレンはもやもやとした感情をもてあますのだ。
自分は、いまや一部隊を預かる立派な軍人であるはずなのだ。それなのに、なぜ、男の服を剥ぐ手伝いなどさせられているのだろうかと。
「あっ、モナ様! なにもシャツまで脱がせなくたって……!」
考え事から離れて、ふと見やれば、モナはローレリアンのシャツまで脱がせにかかっていた。アレンは慌てて、モナをとめようとした。いくらお芝居に信憑性を出すためとはいえ、意識がないローレリアンをモナの前で真っ裸になどしたら、あとでアレンはローレリアンから絞め殺されてしまうにちがいない。
しかし、モナは容赦なくシャツのボタンを外していく。
「眠っているリアンに悪さなんかしないわよ。ただ、怪我の状態を知りたいだけ。この人ったら、いつだって自分の体調のことなんか、おかまいなしなんだもの」
確かにモナの横顔には、色気などかけらも感じられなかった。彼女は病人やけが人の世話をさんざんしてきているから、男の裸体も見慣れているのだろう。きっと色事に対する感覚は、この部屋でくりかえされてきた出来事を想像して、どぎまぎする自分とたいして変わらないのだろうなと、アレンは思った。
ズボンを釣るサスペンダーと共に、リネンのシャツがローレリアンの肩から抜かれていく。
その下には、醜くひきつり赤味をまだ残す、生々しい傷痕があった。つい最近、ローレリアンの命を奪いかけた銃創の跡である。
モナは、かすれる声でアレンにたずねてきた。
「ひょっとして、左腕の上がり方が悪くなってる?」
「深い傷でしたからね。訓練すれば、もう少し動かせる範囲は広がるだろうけど、完全にもとどおりにはならないだろうって、レオニシュ先生が」
「そう……」
黙りこんでローレリアンの傷を見つめているモナの眼には涙が浮かんでいた。彼女はローレリアンの傷の痛みを、いままさに、わが身の痛みとして感じているに違いなかった。
いい機会だから、ローレリアンがこの世に生れ落ちてからいままでに、どういう人生を歩んできたのか、モナに見せておこう。
親友としてローレリアンのそばにいるアレンには、そうすることが自分の役目だと思えた。あとでローレリアンから文句を言われるかもしれないが、モナにはローレリアンのすべてを知っておいてもらいたかった。
ローレリアンの身体に手を添えて、体のむきを変える。
そうすると、ローレリアンの背中が、モナの目の前にさらされるのだ。
「ひっ!」と、モナは小さな悲鳴をあげた。
ローレリアンの背中には、赤子のころに切り付けられた大きな刀傷の跡が、ななめに走っている。誰が見ても、ひと目で命を危うくした重症の傷であっただろうと想像できるほどに、大きくて醜い傷痕だ。
「この傷痕のことを、リアンは『わたしが名を失った理由』と言っていました。
こいつは、まだ歩きはじめたばかりの赤ん坊のころ、王宮の奥深くまで入りこんだ刺客に、殺されかかったんです。だから、国王陛下とエレーナ姫は、こいつを王都から遠く離れた国境の街へ隠さなければならなかった。
自分の出自を知らされずに育ったリアンが、どんな思いで子供時代をすごしたかは、モナ様もご存じでしょう?
モナ様は、逃げるなと言って、リアンを責めるけれど。
こいつがやたらと臆病になる理由も、わかってやってください。
権力闘争に巻き込まれる危険っていうのがどんなものなのかを、リアンは自分の身でもって、知ってるんです」
見開かれたモナのすみれ色の瞳から、涙は音を立てるのではないかという勢いであふれでた。
泣き声がもれないように唇をかみしめ、顔を赤くして、モナは何度もうなずく。震える肩をかたくなにこわばらせ、両の拳で強くスカートを握りしめながら。
アレンには、モナの心の声が聞こえるような気がした。
―― 愛しい、あなた。
あなたがわたしを守ろうとしてくれるように、わたしもあなたを守ってみせる。
命にかえても、必ず! ――
あとは、恋人たちのための時間だ。
ふたりの友人としての自分の役目は、十分に果たせた。
アレンは満ち足りた気分で寝室から外へ出た。
分厚い木戸を静かに閉めて、木戸の前に軽い椅子を選んで運ぶ。剣帯を腰から外して鞘の先を床につき、アレンはいつでも抜刀できる体制で、そこにすわった。
背筋が伸びる緊張感がもどってきて、アレンの表情は再び、『王子殿下の影』と呼ばれる怜悧な近衛士官のそれとなる。
今夜はここで、寝ずの番だ。もしここで何かが起こっても、ローレリアンは自分の身を自分では守れない。彼の意識がもどるまでは、アレンが王子の身を責任もって預からなければならないのだ。
「隊長! お呼びとのことで、参上いたしました!」
部屋に入ってきた副官のシムスは、上官がまとっている真剣極まりない気配を察して、一分の隙もない敬礼をびしりと決めた。
どうやらラカン公爵は、それなりに時間を見計らってからシムスへ声をかけてくれたらしい。
警備体制の変更や王宮への連絡指示などを、アレンは細かく命じていく。
この山荘で起こった事実は、永遠に秘密として守られなければならない。
アレンはそう固く、決意していた。




