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ローザニアの聖王子  作者: 小夜
第八章
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森の朝 … 3

 ラカン公爵と共に部屋から廊下に出たアレンは、その場から立ち去ることなく、自分が閉じた扉に腕組みをしてもたれかかった。


 ラカン公爵はおもしろそうに、仏頂面の護衛隊長を見ている。


 小さな声で、公爵は問う。


「立ち聞きですかな? デュカレット卿」


 アレンは顔をしかめた。


「馬鹿を言わんでください、公爵閣下。

 わたしは王子殿下の護衛です。本来ならば、初めて訪れた場所で殿下をおひとりにするなど言語道断ですが、今日はお相手としてヴィダリア侯爵令嬢がおいでになるので、自分の立ち位置を扉の外に下げたまで」


「『王子殿下の影』も、さすがに遠慮なさったか」


「ちがいます」


 何がちがうのだと、公爵は不思議そうな顔をする。


「恋人同士の逢引きの邪魔はするまいということではないのか?」


 扉のむこうに、こちらの話し声が聞こえてはいけない。アレンはもたれていた扉から身体を離して、ラカン公爵の耳元へささやいた。


「これは、あまり広めていただきたくない話なのですが」


「ふむ」


「モナシェイラ様のスカートの下には、護身用の剣がいつもひそませてあります。令嬢の剣の腕前は相当なものでして。おそらく、わたしの部下とやりあっても、一対一なら半分は勝つでしょう」


「近衛護衛隊士を相手に、女の体力でかね!?」


「そうです。ですから、わたしは今現在、王子殿下は安全であると判断いたしました。万が一、部屋の中に賊がひそんでいたとしても、令嬢が王子殿下をお守りくださるはずです。最初の一撃さえかわしてくだされば、わたしも加勢にまいりますし」


 くつくつと、公爵は肩をゆらして笑った。


「ローレリアン様も、大変な女性に恋をなさったものだ。

 知っているかね、デュカレット卿。

 モナシェイラ嬢の持ち物であるレース工場は、最近、殺到する注文をさばききれないほど繁盛しているらしいぞ。彼女は経済的にも成功者というわけだ。

 男に守られる必要がないどころか、男を守る力がある姫君など、前代未聞だな」


「モナシェイラ様は、新しい時代を生きる女性であるかと」


「そういう女性こそ、もっとも我が国の王子妃にふさわしい方だと思うが。

 ローレリアン様も、新しい時代を築こうとなさっておいでになる方なのだから」


「こればかりは、お二人がお決めになることです」


「玉座に着く可能性が高い王子の妃には他国の王女がよかろうという、固定観念にとらわれている老人たちの抵抗にもあいそうだしなあ。

 わたしは、気位が高いだけの女など、王女であれ貴族の娘であれ、まっぴらごめんだ。妃殿下としてお仕えするなら、モナシェイラ殿が良い。

 ここはローレリアン様に、男気をみせていただかなければならん場面だな」


 そう断言すると、ラカン公爵はアレンを押しのけ、扉に自分の耳を押しつけた。


「ちょっ、公爵閣下!」


 あわてたアレンにむかって、公爵は静かにしろと人差し指を立ててみせる。


「よいのだ、よいのだ。

 どうせ、わたしの役目は見届け役だからな。ローザニア王国五公家のなかにあり筆頭格の家格を誇るラカン公爵家当主である、わたし、パトリック・アンブランテが見届け役に選ばれたのは、事実を正しく世間に知らしめすためなのだ。

 いっそこのまま、殿下には令嬢を押し倒しでもしていただきたいものだ。

 さすれば、わたしはモナシェイラ殿を王子殿下の正式な御寵妃として世間に紹介できるのだが」


「閣下……!」


 モナを王子の愛人などという立場にしたくないアレンは、冷たい視線を公爵へむけた。


 その視線の先にいたラカン公爵は、ふざけた物言いとは裏腹に、どこか硬い表情をしていた。


「デュカレット卿。貴卿はローレリアン王子殿下の親友だ。貴卿にはいつまでも、殿下のお気持ちによりそう、もっとも近しい腹心の存在でいてもらいたい。


 わたしも、殿下のもっとも親しい友人でありたいとは思っている。

 だが、わたしにはローザニア王国最大の物流集積基地である商業都市ラカンを預かり、領民の生活を守る領主としての責任があるのでな。


 今回の王子暗殺未遂事件にかかわる一連の騒動のおかげで、痛感したわ。

 我が国がいま、どれだけ危うい土台の上にあるのかということをな。

 王国の次の指導者であるローレリアン王子が死ぬかもしれないとなったときの、国民の慌てぶりはすさまじかった。経済が、恐慌状態におちいる寸前だったのだぞ。


 もう様子見などと、のんきな傍観者は気取っていられない。

 だから、わたしも覚悟を決めてローレリアン王子殿下にお仕えしようと決心はしたが。


 しかし、わたしには最後の最後まで、殿下と運命を共にする覚悟はない。

 そのような覚悟は、してはならない立場にある。


 殿下がお倒れになれば、ローザニア王国は崩壊するだろう。

 その時には、わたしは全力をもってしてラカンを守る。


 だから、デュカレット卿。

 わたしはどんなに望んでも、ローレリアン様の親友にはなれんよ。

 永遠に、貴卿のつぎの、二番手だ」


 アレンは、扉に耳を押しつけて、まだぶつぶつつぶやいているラカン公爵に、なんと答えればいいのかわからなかった。


 公爵は「大親友は無理だと思ったから舅になりたかったのに」だとか、「この時代を生きている男のなかで、ローレリアン王子ほどおもしろい男はいない」などと、言っているのだ。


 しかも、独り言はどんどん長くなり止まらない。


「つまらん。なんで俺は、貴族の跡取りになど生まれたのだろう?

 いっそ、内海へ快速船で自由に漕ぎ出す海賊にでも生まれればよかった。そうしたら私奪船の大船団を作り上げて、内海の制海権を手土産に、王子のところへ得意絶頂で馳せ参じられたのに」


 しまいには、とんでもないことを言いはじめたラカン公爵である。


 いつのまにか大家の当主としての威厳は失われてしまっており、言葉づかいもぞんざいだ。そうなると、もともと若々しい外見を持っているラカン公爵は、やんちゃな雰囲気を残した青年にしか見えなかった。この大貴族様は、船乗り時代に、けっこうな無茶をやっていそうである。


 アレンは、大きなため息をついた。


 どうしてローレリアンのまわりには、いつも変なやつばかりが集まるのだろうかと。


 恨めしい気分で、文句を言ってみる。


「王子殿下は犯罪者とは手を結ばれないと思いますが」


 公爵は涼しい顔だ。


「いやいや、殿下は意外にしたたかな男だよ。きっと海賊王の俺を、うまく使ってくれるにちがいない」


「海賊に生まれたら、海賊王になれると、決めてかかっていますね。公爵の息子が公爵になるよりも、実力本位のそちらのほうが、難しそうじゃないですか」


「夢というものは、でっかくなければおもしろくないだろう!」


 わははと笑い出しそうになったラカン公爵は、自分の口を自分でおさえた。


 彼は指で、扉のむこうを指し示す。


 なにか、ローレリアンとモナ様のあいだで進展があったのだろうか。


 公爵の立ち聞きをとがめた事など忘れて、アレンも分厚い木戸に耳を押しあてた。


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