漆黒の御旗 … 2
その日の午後、ローレリアン王子は国王隣席で開かれる群臣会議に、少しだが遅刻した。
会議の間に集まった王国の重臣たちは、それが当然という顔で会議の開会を遅らせて、王子の到着を待った。
ローレリアン王子が今日も4時間かけて、みずから場所を定めた東岸の街の聖蹟を巡り歩き、その地で荼毘に付される大火の犠牲者を悼んで野辺送りの祈祷をおこなったことは、すでに重臣たちの耳に入っていた。
重臣たちが知るだけでなく、その事実はすでに、王都プレブナンの住人誰もが知る出来事となっている。近年、市民の間で盛んに読まれるようになった新聞の発行者が先を争うようにして、この感動的な出来事を号外に仕立て、街で配っているからだ。
市民たちはローレリアン王子の行動に感激し、情報を求めてカフェに集まり、口々に王子を誉めそやしているという。
王子の到着を待つ間、重臣たちも噂話に余念がない。
かの王子は、やはり常人ではなかった。王都大火の対策責任者になど任命されても労多くして得る物は何もないだろうと、王国の重臣たちは、みな思っていたのだ。ところがローレリアン王子は、その逆境から二重三重の成果をもぎ取っていく。
やはりローレリアン王子は、建国の英雄聖王パルシバルの血を、もっとも濃く受け継いでいる王子なのだ。
現在のローザニア王国が山ほど抱えている困難な問題も、ローレリアン王子なら克服する方法を見いだすのではないだろうか。
長年国政にたずさわり、さまざまな経験を積んできた重臣たちでさえ、そう信じたくなるほど、ローレリアン王子がここ数日で見せた手並みは鮮やかだった。
絢爛豪華な装飾がほどこされた会議の間の高い天井からは、そうした噂話に興じる男たちの声が、にぎやかに反射して落ちてくる。
しかし、噂話の仲間には入らず、その雑然とした話し声のシャワーを黙って浴びているだけの男が一人いた。
会議の間の上座。国王が座する玉座のとなりに、その男の席はある。
ローザニア王国第18代国王バリオス三世の長男王太子ヴィクトリオは、青ざめた顔で黙って自分に割り当てられた席に座っていた。
彼は父親から言い渡されていたのだ。
本日の会議には、なにをおいても必ず出席するように。病気、怪我、事故、いっさいの言い訳は聞かぬ。遅刻もあいならん。会議に出てこなかった場合は、そなたに王位継承の意思がないとみなし、その場でそなたを廃嫡とする動議を国王の余みずからが提するであろうと。
国王から、いままでにない強い調子の叱責を受けて、ヴィクトリオ王太子は内心、うろたえまくっていた。30歳を過ぎるまで、ヴィクトリオは次代の王になる人間として、周囲からそれはそれは大切に扱われてきたのだ。弟王子の登場で、やや旗色は悪くなったものの、それでも彼はこの国の跡取りだった。ヴィクトリオに頭を下げない者は、父国王以外には誰もいなかった。
それを、いまさら廃嫡にとは。
一度、国の跡取りと定められた人間をその地位から引きずり落とすためには、それなりの手続きというものがある。その者が王たるにふさわしからぬ行いをしたと立証されるか、あるいは王の責務に耐えられないほどの病を得たとするか。
そのどちらも、ヴィクトリオにはありがたくない。
もし、本気で父国王がヴィクトリオを廃嫡とするならば、次の王太子に立つのは間違いなく異母弟のローレリアンだ。ローレリアンは、たいそうな切れ者である。自分の治世に禍根の種を持ち込まないために、全力をもってヴィクトリオから権力につながるすべを奪おうとするにちがいない。
地方へ追放される程度なら、なんとか我慢できる。しかし、過去の権力者のやりようを思い起こせば、自分に待っている未来がそんなに甘くはないだろうということくらい、愚かなヴィクトリオにも容易に予想がつくのだ。
精神異常の汚名を着せられ、一生どこかへ幽閉されるか、それとも暗殺されるか。行き着くところは結局、そのどちらかだろう。
どちらも考えたくない未来である。
しかし、その望まない未来が現実にならないようにする方法については、さっぱりわからないのである。おびえるばかりで完全に思考停止を起こしたヴィクトリオは、とりあえず周囲の勧めにしたがって、会議の開催予定時刻の5分前から自分の席に座っている。
彼は、ここしばらくで急に重用するようになった侍従のジョシュア・サンズから、こう言われた。
「殿下。きっと国王陛下は御父君としての情をもって、王太子殿下に御忠告くださったのでございますよ。いま殿下が国務からお逃げになられては、いよいよお立場は苦しいものとなりますから。御父君が殿下に求めておいでになるのは、兄弟で仲良く王国を盛り立てていきますという、意思表明にちがいありません。そうお信じになられて、会議へご臨席くださいませ」
ジョシュアの忠告は、いつも冷静で、まっとうだった。お気の毒な殿下……とつぶやき、恐怖に震えるヴィクトリオの肩を抱いてくれもする。さすがに、身体を与えてくれたのは、王都大火のおりの一夜限りだったが。
だが、あれ以来、身体をさしだしてこないところがジョシュアの誠意なのだろうと、ヴィクトリオは感じている。
ヴィクトリオと情交をかわしたことを理由に、急に得意絶頂となって態度が大きくなる女には、過去に何度もうんざりさせられている。そういう女ほど、ローザニアの国母になりたい一心で、もう一度、殿下もう一度と、ヴィクトリオと情交を交わしたがったものだった。
ジョシュア・サンズは、ヴィクトリオと情を交わしたことなどおくびにも出さず、ただ静かに秘密を共有していてくれる。人ひとりを屠った、罪の記憶を。
一人黙って席に座り、ヴィクトリオ王太子は鬱々と、そんなことを考えていた。
その時である。
甲高い音でゆっくりと、床が二度たたかれる。儀礼用の長い杖で、典礼官が議場にいる人々へ注目するようにと合図を送っているのである。
「みなさま、第18代ローザニア国王バリオス3世陛下の王子、ローレリアン殿下が御入来されます!」
朗々と、典礼官は議場へ集まった王国の重臣たちに王族の入来を告げた。
噂話に興じていた者たちは、いっせいに口をつぐみ、立ちあがった。御入来される王子殿下に失礼があってはならないと、あちこちで着衣のしわをのばしたり襟の形を正したりする衣擦れの音が聞こえる。
そして何度か、誰かの咳払い。
それをぼんやりと聞いていたヴィクトリオは、ふいに耳元でささやかれた。
「ヴィクトリオさま。どうかお立ち下さいませ」
ぎょっとして、ヴィクトリオは正気へ返る。
正気へ立ち戻ると、彼の近くに席を占めるローザニア王国5公家の当主のうち、現在王都に滞在している二人が、じっと座ったままのヴィクトリオ王太子を見つめていることに気がついた。一人は5公家筆頭格で、いまや王国で一番の金持ちだと言われているラカン公爵。もう一人は枢密院議長のパヌラ公爵である。パヌラ公爵は国王の寵妃エレーナ姫の叔父にあたる人物なので、早い時期から自分はローレリアン王子支持派であると意思表明している。
うろたえたヴィクトリオは、これも5公家の一員である宰相カルミゲン公爵のほうを見た。
どうしたらよいのか、助けを求めたのである。
しかし、ヴィクトリオの祖父でもあるカルミゲン公爵は、老いて疲れた顔をふいとそむけ、ヴィクトリオの求めに応じようとはしなかった。「空気を読め。自分で考えよ」と、宰相は孫の王太子を突き放したのである。王都大火の際にヴィクトリオがとった行動は、宰相の権威まで傷つけた。当然のむくいであろう。
こうなるとヴィクトリオは、貴族たちの前でさらし者になったようなものだった。
どうせあなたには、王として国を治める能力はない。いずれ王となるならば、全面的に才気あふれる弟に助けてもらうことになるのだ。礼をつくして弟王子を遇するべきではないのか?
議場に集まった王国の重臣たちの何十対もの目から注がれる視線は、そうヴィクトリオに語りかけていた。
湧きあがる羞恥のせいで、ヴィクトリオのほほは紅潮した。緊張した時の癖である、痙攣も出る。
貴族たちが自分を軽んじていることくらいは、とっくに自覚していた。
だが、公式の席で、ここまで恥をかかされるとは。
自分は王太子である。弟は王子とはいえ、庶子にすぎない。その弟を、自分と同等の者として認めろというのか。
時が止まったような気がする。
このまま永遠に、自分はここにいる連中から、あざ笑われるのか……!
先ほどヴィクトリオに囁いた声が、また何か話しかけてくる。
「申し訳ございません、王太子殿下。会議に遅れぬよう早めにお席へご案内した、わたくしの失策でございます。まさか、ローレリアン殿下のほうが遅れておいでになるとは予測がつきませず。殿下にかようなご不快を感じさせぬよう、議場へ入るタイミングについては吟味するべきでございました。おわび申し上げます」
ヴィクトリオはうわずった声で答えた。
「ジョシュア」
「どうぞ、いまは御辛抱を。このようなことが二度とおこらぬよう、以後は細心の注意を払いますので」
「あ、ああ、あ……、あい、わかった」
体の震えをおさえながら、ヴィクトリオは立ちあがった。
それと同時に、議場の扉が開く。
おお、というどよめきが、重臣たちの口からもれる。
会議の間に入ってきたローレリアン王子は、東岸の街で行っていた儀式から直行してきたらしく、足首まで覆う丈の長い聖衣を着ていた。両肩からは神官が儀式のときに使う白い細帯が垂れ下がっている。その帯には金糸銀糸で人の営みに直接かかわる神々の象徴とされる意匠が刺繍されており、王子の黒衣に華やかな印象を付け加えていた。
しかも、ローレリアン王子の輝く容貌は、この華麗な衣装に負けていない。立ち居振る舞いも完璧だ。姿勢よくすらりと見える姿。落ち着きと威厳に満ちた態度。そんな彼を見ていると、この人はまさに指導者となるべくして生まれついた人なのだと、誰もが言いたくなる。
重臣たちが礼から頭をあげるのを待って、ローレリアン王子は涼しい顔で言った。
「5分の遅刻だ。神学生時代のわたしは、さぼりの常習者だった。大人になっても、当時のくせがまだ抜けぬ。諸兄には、お許し願いたい」
どっと、重臣たちが笑う。
宰相が、しょうがない方だという態度で、話を受けた。
「王子殿下、冗談でも臣下の者に詫びたりなさいますな。貴方様は、これからこの国の指導者となられるお方なのです。そういう立場においでになる方が、安易に謝罪をなさると、それが国家の意志であると取られることもあるのですから」
ローレリアン王子は、肩をすくめる。
「宰相殿は、怖い教師だな」
ふたたび座がわく。
そのまま議場にいた者たちは、国王の入来があるまで立っていた。その間をもたせるためにローレリアン王子はさらに2つ3つの冗談を言い、苦り切った宰相が、それをたしなめた。
おかげですっかり場は和んだが、ヴィクトリオ王太子はうつむいたまま、顔をあげようとはしなかった。
弟王子は、王太子と重臣たちとの間に生じていた緊迫した空気を読みとり、その解消を図ろうとしたのだ。一瞬で場の空気を読み、人心を己の思惑通りに動かすのは、弟王子のもっとも得意とするところなのである。
いわば兄は弟から助けてもらったことになるのだが、その前に重臣たちから不合理な非難を浴びせられたと思っていたヴィクトリオの心には、感謝の気持ちなど湧かなかった。
そのうえヴィクトリオは、この会議の席で、とんでもないことを聞かされる。
父国王バリオス三世は、この秋に行われる自身の生誕50年記念式典のさいに、寵妃のエレーナ姫を正式に王妃として迎えたいと発言した。
王国の重臣たちは、その発言に対して割れんばかりの拍手で答えた。エレーナ姫は前王弟の姫という高貴な女性だ。しかも彼女の息子はローザニアの聖王子ローレリアンである。もうエレーナ姫は、後見を持たない力のない王族の娘ではなかった。20年前とはちがって、いまでは彼女の息子が彼女の後見人だ。
ローザニア王国の群臣会議が満場一致をもって一つの決議を成したのは、じつに300年ぶり、聖王パルシバルの時代以来のことであった。
会議を終えて王太子の宮へもどったヴィクトリオは、体調不良を訴えて自分の寝所へ逃げこんだ。会議に参加した貴族たちは、会議が終わったあとも議場へ残って、国王陛下が晩年に最良の伴侶を得られたことは誠に喜ばしいと浮かれていた。それはすなわち、この婚姻によってローレリアン王子へ王位がまわる可能性が生じたことが、喜ばしいという意味でもある。
ヴィクトリオは、そんな雰囲気の場所からは、一刻も早く離れたかったのだ。
それに実際、彼の気分は最悪だった。
頬の痙攣はとまらないし、めまいがひどいし、息も苦しい。
ソファーへ倒れこんで、はあはああえぐヴィクトリオに「侍医をお呼びいたしましょうか」とたずねた侍従は、殴られて悲鳴をあげた。
王太子の癇癪はいつものことだが、人間は殴られれば誰でも痛い。王太子の寝所に集まっていた侍従や小姓たちは、じりじりと後ずさった。
「みな、ここはよいから、少し殿下を休ませてさしあげてくれ」
王太子お気に入りの侍従ジョシュア・サンズが、同僚たちにそう告げた。
侍従や小姓たちは大喜びで王太子の寝所から退出する。
ジョシュア・サンズは地方豪族の出で身分は低いが、でしゃばらず冷静で、何事にも常識的な判断をする男だ。王太子付き侍従長が不在のいま、侍従たちはこの若い同僚に頼りきっており、彼が次の王太子付き侍従長に任命されるなら、それもよいだろうとさえ思っていた。名家出身で、自分に貧乏くじがまわってきたらどうしたものかと思っていた古参の侍従などは、総侍従長のもとへ推薦状を送りつけたほどである。
人払いがすんだ王太子の寝所で、ジョシュアは薄く笑った。
その酷薄な笑みを優しげな笑みに替え、ソファーに上半身を投げ出しクッションを抱いてぶるぶる震えているヴィクトリオへ近づいていく。
そっと肩に両手を添え、耳元に囁いてやった。
「王太子殿下、ご立派でございました。よくぞここまで、我慢をなさいました」
他人から褒められたり労わられたりする体験を久しくしていなかったヴィクトリオにとって、こうしたジョシュアからの誠実な言葉は蜜のように甘く優しく聞こえる。彼のおびえきった目からは、とめどなく涙があふれ出た。
「ジョシュア、ジョシュア。大変だったのだ。必死に耐えた。わたしはあの場で、取り乱すわけにはいかぬ。
もはや、わたしのまわりには、味方は一人もいない。弟はとうとう父国王や宰相までも、自分の懐へ取りこんでしまった。
あの重臣たちの眼を見たか? エレーナ姫が王妃に立てば、弟はわたしに次ぐ王位継承権を持つことになる。弟の支持者たちは、みなわたしが死ねばよいと思っているのだ」
「殿下、そのようなことは……」
「わかっておる。こんなことは、そなたにしか打ち明けられぬ。
だがな、ジョシュア。これは運命であると、受け入れねばならぬことか?
王位継承権を手に入れた弟は、わたしを追い落としにかかるだろう。自分が王になるためには、必ず、わたしが邪魔になる。
永遠に日の目を見ない場所に幽閉されるか、それとも殺されるか。
どちらにしろ、わたしに残された未来には、絶望しかない!
わたしは死なねばならぬのか?
弟に抹殺されるために、わたしは生まれてきたのか!?」
「どうか、落ち着いて下さいませ。弟君は、聖職者であらせられます。兄君をないがしろになど、なさらないと思います。今日も議場へ御入来のさい、気まずい空気を救ってくださったではありませんか」
「あれは弟が得意とする人気取りだ。父は、わたしが何かまた失策を犯せば、廃嫡にすると言ってきた。父と弟は結託して、わたしから王位を奪うつもりだ。祖父カルミゲン公爵も、すでに老いて力をなくした。これからこの国は、弟の国になるのだ!」
「殿下。お気の毒なヴィクトリオさま。これからどんなことが起きようとも、このジョシュアだけは最後まで、心をこめて殿下におつかえいたします。そうお誓い申し上げますから、どうぞお心を強くお持ちください」
「最後までとは、不吉なことを言う」
「永遠にという意味でございます。お忘れでございますか? わたくしはヴィクトリオさまのおんため、人を殺める罪を犯しました。もう、わたくしには殿下にお尽くしす申し上げる以外に、生きる道は残されていないのです」
クッションに顔をおしつけて、ひいひいと泣いていたヴィクトリオが急に静かになった。
「そなたは、わたしに死なれては困るのだな?」
「そのようなことあらば、わたくしも殿下に殉じる覚悟でございます」
追い詰められた狂気の宿る声でヴィクトリオは叫んだ。
「わたしは、甘んじて死を受け入れたりはせぬぞ!」
「殿下」
「そなたも、まだ生きたいと願うなら、今一度あがいてみよ!」
下からジョシュアを見あげてくるヴィクトリオの眼は血走り、爛々と輝いていた。
心の奥底で、ジョシュアは喜びの悲鳴をあげる。表の顔は、あくまでも沈痛な面持ちのままで。
「殿下。それは『ご命令』ととらえて、よろしいのでしょうか」
「よいぞ。わたしも覚悟は決めた。生き延びるためなら、なんでもやろうではないか」
「ヴィクトリオさまの御命をお守りするために、この国が一時的に混乱することになってもいとわぬと? わたくしは、そう思っても、よろしいのでございますね?」
「そなたは、いまのこの国が安泰であると思うておるのか? 末端の貴族は、このままなし崩しに税金を払わせられることになるのではないかと、王とその輔弼を疑心暗鬼の眼で見ておる。浮かれておるのは、平民どもだけだ」
「はい……」
確かに、そのとおりだとジョシュアも思う。ローレリアン王子は庶民と富裕層の平民からは絶大な支持を得ているが、貴族勢力の取り込みには、まだそれほどの成果は上げていない。それなのに王都大火の復興対策費として貴族たちから義捐金を納めさせることにしてしまったから、領地経営に苦しんでいる貴族からは恨まれているはずだ。彼はいったい、これからどういう方向へ国を動かそうというのだろうか。
まあ、そんなことは、もうどうでもいいのかもしれないが。
しっかりと、王太子からは『命令』であると言わせた。愚かなヴィクトリオは信じたはずだ。忠実な侍従ジョシュア・サンズは、自分の『命令』によって動いていると。
ジョシュアが求めているのは、足がつかない活動資金源だ。これからは王太子が自分の身を守るためだと信じて、その資金を惜しみなく提供してくれるだろう。
資金を得る過程として、ローレリアン王子が死ぬのならば、それもまた一興だ。ジョシュアと彼の仲間たちは、王権によって統治される国家の存続など望んでいないのだ。ローレリアン王子が死ねば、ふたたびローザニア王国は未曽有の混乱へ陥るだろう。
もっとも、ローレリアン王子側もそうとう警戒しているに違いないから、暗殺が成功する可能性は、そう高くはないだろうと思う。しかし、王太子から金を引き出すためには、形だけでも暗殺劇をくりひろげてみせなければならない。
さまざまな段取りが、ジョシュアの頭の中で思い浮かんでは消える。
やがて彼は、書き上げた台本に満足した。民衆を扇動して国家体制を覆そうとする組織には、短絡的に王族を社会悪の根源として憎んでいる馬鹿もいる。そういう連中は暴力的な仕事に配置されて使い捨てにされるのが常なのだが、自分が仲間から手駒として便利に使われているだけだとは、気付きもしない不思議なやつらなのだ。今回も、そんなやつを一人か二人、言葉巧みにその気にさせればいいだろう。金を出す王太子には、その道のプロを雇うには大金が必要だと言えばよい。
殊勝な態度で、ジョシュアは王太子ヴィクトリオへ囁きかける。
「殿下……、わたくしを、信じてくださいますか」
囁きながら、心の奥底で、ジョシュアは哄笑する。
人を悪の道へ誘うという魔王オプスティネよ、栄えあれ!
わたしと仲間たちは、地獄など恐れない。
革命の夢を実現し、この国を市民の手に取り戻すためなら、おのれが地獄の業火に焼かれようとも後悔はしないのだ。




