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ローザニアの聖王子  作者: 小夜
第一章
5/78

建国節の祝賀 … 5


 宴もたけなわの大広間の反対側では、ローレリアン王子を囲んで、ちょっとした打ち合わせがはじまっていた。


 ――なるほど。ローレリアンが舞踏会を愛する理由が、これでわかったぞ。


 アストゥールとともに王子の背後へ控えていたアレンは、妙に納得していた。


 さっきからローレリアンは、腹心の部下たちへ、細かい指示を与えている。


「クーラント伯爵は水門の建設に対する土地と資金の提供を承諾したか」とか、「アルケメネ男爵を脅しつけた感触はどうだ?」とか。


 たしかに、舞踏会は、謀略が張り巡らされる場所だった。


 その中で、もっとも大きな網を張っているのが、王子殿下なのだから恐れ入る。

 

 その網は、まるで大蜘蛛の巣のように粘っこく、哀れな生贄をからめ捕るのだ。


 手持無沙汰のアストゥールは、早々とアレンに仕事の引継ぎをはじめていた。体力がものをいう護衛の仕事は若手に譲ることにして、彼は、また違う仕事を王子のために始めるつもりなのである。


 あれから3年の月日がすぎて、王子のまわりには信頼できる優秀な人間が、ずいぶんと増えた。もういいかげんに、くたびれた中年が、つきっきりで側にいなくとも大丈夫だろうというわけだ。


「世間の連中は、ローレリアンさまが22歳になるというのに肩書ひとつ与えられていないことを、宰相カルミゲン公爵の圧力によるものだろうなどと、邪推しているがな。

 本当のところは、国王陛下の御意志なのだ。


 ローレリアンさまが王都へご帰還なさってからしばらくのあいだ、国王陛下はローレリアンさまに国務の何たるかを教えようと、つねにご自分の側へ置かれた。

 国王陛下のもとへ上がってくる報告の書類を、すべて読ませたのさ。


 ローザニアほどの大国になれば、国の政治に携わる者の数は膨大なものだ。

 それらがどのような方向へ動こうとしているのかを常に把握しておこうと思うならば、結局、上に立つものは、上がってくる報告に丁寧に目を通していくしかない。

 王なんて立場の人間は、いつだって書類にうずもれている。


 しかし、われらが王子は並の人間ではない。

 たちまち国王陛下が苦慮しておいでになる書類のすべてを把握し、分類整理、取捨選択に始まり、新たな秘書官の配置や要約筆記の作成など、ありとあらゆる手段を行使して、国王陛下の仕事の量を半分に減らしてしまわれた。


 いまでは国王陛下は、書類に王子が書いた要約がついてくれば、それにしか目を通されない。

 そのほうが効率的だからだ。


 王子に役職を持たせるのも、無駄だと言われる。

 直接国王の輔弼ほひつをさせたほうが、将来のための経験を積めるだろうとな」


 アレンは声をひそめた。


「ヴィクトリオ王太子は、廃太子決定ですか」


 アストゥールも、小さな声になる。


「そう簡単にはいかん。

 廃太子の決定は、ヴィクトリオさまが公務に耐えられないほどの御病気になられるか、精神に異常でもきたされない限り、なされないだろう。


 一度、国の跡取りと定められた人間を、その地位から引きずりおろせば、その人間は社会的に抹殺される。そんな人間を国の跡取りに定めていた、国家の権威も地に落ちるだろう。ローザニアは近隣諸国から、いい笑いものにされてしまう。


 だから宰相のカルミゲン公爵は、毎年せっせと、ローレリアンさまに神官位を贈るのだ。

 人の世の至高の地位はお渡しできない。

 かわりにどうか、神々の世界の権威で、ご満足いただけまいかとな。


 宰相閣下は、自分の娘が生んだ男に、精神異常の烙印を押されたくないのだ」


「では、あいつは将来、この国の宰相ということに?」


「あるいは、摂政か。

 王弟がプレブナン大神殿の大神官長の地位と、摂政大公の地位を兼任した例は、過去にもある」


「ああ、知ってます。

 戦傷王コムメット二世陛下の御世ですね。

 戦で負われた傷のせいで、後半生を寝たきりですごされたという」


「コムメット二世陛下と摂政大公を務められた王弟殿下の関係は、うるわしの兄弟愛として有名だがな」


「ローレリアンとヴィクトリオ王太子の場合は……」


「まあ、ヴィクトリオさまが大きな問題でも起こされない限りは、兄弟仲が今以上に険悪になることは、ないと思うが」


「問題、ねえ……」


 アレンがそうつぶやいたところで、新たな人間がローレリアン王子へ話しかけてきた。


「殿下」


 おやと、アレンは思う。


 話しかけてきたのは、役人やローレリアン王子にしたがう若手の貴族ではない。

 宮廷の式部官だ。


 式部官は、何事かを、ローレリアン王子へ耳打ちした。


 たちまち王子の顔色が変わる。


「アレン!」


 呼ばれたアレンは驚いた。


 俺ってば、今日は見学でいいんだよな?

 仕事のことは、まだなんにも、わかんないぞ。


 血相を変えた王子は、さらに大声で言う。


「モナは王都へ帰ってきているのか!」


 なんだ、そのことか。


 話がおもしろい方向へ進みそうだから、アレンは笑う。


「ああ、帰ってきてるよ。

 俺が御前試合に出ることになったって手紙に書いたら、じゃあ応援したいから、建国節が終わる前に王都へもどるわって、返事がきたもんな。

 モナ様も、けっきょく三年、アミテージでかんばってたからなあ。

 試合、見てくれたのかなあ?

 お目にかかるのが、楽しみ――、って、うげっ!」


 油断していたアレンは、怒ったローレリアンから、鳩尾に一発食らう。


 なんて乱暴な神官だ! 自分で一方的に片思いだと決めこんでいるお姫さまと、俺が仲良しだからって、やつあたりかよ!


 げほげほ咳きこむアレンのとなりで、アストゥールが大声をあげる。


「殿下、おまちを!」


 怒ったローレリアンは、足早に大広間を横切っていく。


 アストゥールが焦って追いかける。


 優雅に踊っている人々の間を縫って大広間を横切るなど、普段のローレリアン王子には見られない態度だ。


 驚いた何組かの男女が、ダンスのステップを踏むのをやめて、王子を見ている。王子がどこへ行くのかと。


 その行く先を見て、彼らは息をのんだ。


 王太子だ。


 ヴィクトリオ王太子が、若くて美しい令嬢を口説こうとしている。


 人々は、歯噛みした。


 兄王子は、何と馬鹿なのだろうかと。


 賢い弟王子が慎み深く兄へ恭順の態度を示してくれているのは、あくまでも兄が害のない人間でいることが条件だというのに。



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