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ローザニアの聖王子  作者: 小夜
第六章
48/78

聖王子の7本の杖 … 1

 王都の中央を流れるレヴァ川の東岸にある広大な下町の3分の2を焼き尽くした大火が鎮火した翌日、ローザニアの王宮では早朝から会議が招集され、その席で枢密院の諮詢(しじゅん)に応じて国王が発する勅命として一つの決定がなされた。


 その決め事を主導したのは、いうまでもなく次の王国の舵取り役と目されている、ローザニアの聖王子ローレリアンであった。


 早朝の会議に招集された王国の重臣たちは、みな震撼した。国王の直接指名により枢密院の王族議員に任命されたローレリアン王子は、焼失した王都の復興のために、貴族たちへ義捐金の拠出を要求したのである。


 表向き、義捐金はあくまでも愛国の義にかられた貴族が自主的に納める金であるとされた。しかし、これは実質的な税の徴収に他ならなかった。4月の建国節の集まりで国王に報告された貴族の領地経営の状態と領民が納めた租税の総額からはじき出された各人の義捐金負担額は、かなり具体的に明示されたからだ。


 なにかことあらば貴族たちから税に相当する金をもぎ取ってやろうと考えていたローレリアン王子が、かなり前からこのリストを作る準備をしていたであろうことは明白だった。そうでなければ、首都に大火が起こった数日後に、ここまで詳細なリストなど出してこられるはずがない。


 ローレリアン王子は義捐金負担額のリストを会議に集まった貴族たちに配りながら、涼しい顔で言いきったのだ。


「このような文書を配るのは、ローザニアの国体を守る貴族の高貴なる義務を、皆に思い出してもらいたいからだ。かつて、我が国の貴族たちは、国を守るために命を捧げる戦いに赴いた。その愛国の精神は、いまでも高貴なる血筋を受け継ぐローザニア貴族全員の心の中に、脈々と受け継がれているものと信じている」


 そう言われてしまえば、誰もが異を唱えられない。しかも、せめて負担額が少しでも減らないものかと、お伺いを立てた者たちは、哀しげに顔をゆがめた王子から責めらてしまった。


「貴卿には、ぜひ、わたしといっしょに焼け野原と化した東岸の街へ下ってもらいたい。かの地には劫火に逃げ道をうばわれて無念の思いで死んだ市民の遺体が、ごろごろと転がっている。

 苦しみもがいて焼け死んだ者たちの遺体にむかって、この焼けた街を復興する資金を出すのは嫌だと、自分で直接言うがいい」


 そして、そのあと王子は哀しげな顔を、今度は冷たく凍らせた。


「我が国の首都に大いなる厄災が降りかかったとき、首都に住む市民は総出でその厄災を振り払うべく戦った。市民は勇気だけを頼りに、一夜で大河レヴァに橋をかけ、4メレ・モーブにもおよぶ防火帯を築き、大火を鎮めたのだ。


 彼らは、たいした財も持たぬ、身分も名誉も持たぬ、名もなき人々だ。

 しかし、彼らには隣人愛に支えられた比類なき愛国の精神と勇気がある。

 義捐金の拠出に異を唱える者には、貴族の誇りを失い義務をはたそうとしない怠け者として、彼らからの批判にさらされる覚悟をせよとだけ、申し渡しておこう。


 広大な領地を領主として治める貴族の義務について、いまさらわたしが語ることは、なにもないとは思うが。あえてここで、確認しておこうか。


 領主は領地に住む民を慈しみ守るがゆえに、地位と名誉と富を手にできる。貴族は民のためにつくして、初めて貴族でいられるのだ。


 民は、貴族に富を与えるために存在するわけではない。貴族が民を守ってくれるから、その礼として地代を治め、敬意を払う。そのあたりを、はきちがえるな。


 市民を大切にしない貴族は、必ず市民から見捨てられる」


 義捐金を払いたくない貴族たちは、それでも懸命に反論した。じつは、ここ最近の貴族の懐具合は、あまりよくなかったのである。


 ローザニアの貴族は300年前の王国建国当時に国王から封土としてもらった広大な領地を所有している。その土地から上がってくる地代を得る代わりに、領地を治め、国家への租税徴収を代行して、領主としての役割を果たすことになっているわけだ。貴族としての地位と名誉と富を得る代わりに、義務を負うのである。


 古い時代には、それで十分に、貴族たちの贅沢な生活は保証されていた。しかし、世の中が近代化したいま、貴族達は膨らむ一方の生活費の確保に苦労している。


 王都と領地の両方に立派な邸宅を構え、大勢の使用人や私兵を養い、おたがいの家を訪問しあっては、舞踏会や晩さん会をくりかえす。そうやって際限のない浪費を続けなければ、貴族の対面は保てないものとなっている。


 ところが、物の生産が工場で集中して行われるようになったせいで、貴族の生活を支えてきた地代を払う農村は荒れはじめているのである。


 農閑期に農家の女将さんがいくら機を織っても、その布はもう売れない。工場で生産された高品質で安い布ののほうが、よく売れるからである。


 村の鍛冶屋が作った農機具も売れない。街の工場で大量生産された同一規格の農機具のほうが、安くて使い勝手が良いからである。


 山の木こりも仕事を失う者が増えてきた。人々の日常生活を支えている竈の燃料は、石炭に移行しつつあるからである。王都に30万人もの人間がひしめき合って住めるのも、燃料が薪から石炭へかわったおかげだ。


 村を捨て、人々は仕事を求めて都市や工場に集まっていった。


 それなのに荒れた農村を途方にくれてながめながら、貴族たちは贅沢な生活をやめられずにいる。先祖から受け継いだ高貴なる血筋をよりどころとする、自尊心を守るために。


 王子は冷たく言った。


「ここで王都の復興のための金を貴族が出し惜しみすれば、市民は怒り狂うだろう。

 市民はみな、富むものも貧しいものも、等しく国家に税金を納めているのだからな。


 貴族は租税の徴収と領地の運営を国家から委託されている特別な存在として、みずからには税を課せられない特権を得ていたのだ。


 だが、いまの時代の領主は、土地から上がってくる地代によって領地の運営をしながら利益を得る、大土地所有者という名の実業家だ。

 その実業家たる貴族たちが、過去の特権を振りかざし、贅沢な生活をつづけながら国家のための義捐金拠出を渋れば、まちがいなく市民からの恨みを買う。


 数の理論では、少数の貴族は大多数の市民たちに、かなうはずがないのだ。

 だから過激な革命論者たちは、『市民よ立ちあがれ』と、世論を扇動する。大多数派の市民の手に、国政を動かす権利を取りもどそうとして。


 わたしは、革命などという過激な事件によって、我が国が荒廃していくのだけは見たくない。それだけが理由で、庶子として生まれながらも、国政にかかわろうと決意した。

 この国を守るためなら、わたしは自分の命をも捧げてよいと思っている。


 だが、これだけは言っておく。

 わたしが、わたしのすべてを捧げるのは、国家に対してだけである。

 おのれの義務をはたそうとしない、既得権にしがみつこうとする者を守るためには、指の一本すら動かすつもりはない」

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