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ローザニアの聖王子  作者: 小夜
第五章
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王都炎上 … 5

 ローレリアン王子と聖堂でのやり取りを終えたあと、ローザニア王国の国王バリオス三世は宰相のカルミゲン公爵をともなって、王宮の長い廊下を歩いた。300年にわたって増改築がくりかえされた王宮は、とにかく無駄に広いのだ。


 国王の背後には、護衛だけでなく侍従や事務官が列をなして歩いている。広い廊下に雑然と響く大勢の人の足音を聞きながら、国王はさまざまなことを考えていた。


 18歳で王位についてから、バリオス三世はひとりきりになったことが一度もなかった。それこそ、もっともプライベートな時間であるはずのねやいとなみですら、侍従に見守られている。


 若いころは、それも国王の義務かと思っていたが、歳をとって物事の裏の事情を理解するようになると真実が見えてきた。


 国王は表向き、国の最高権力者であり、至高の存在とされている。


 だが、実際は個人として認めてもらうことすらできない、国家に所有されている奴隷なのだ。


 国王の閨房けいぼうがいつも監視されているのは、国王にやたらと子供を作られては困るからである。国王の相手を務めた女が懐妊かいにんしたとき、胎内の嬰児えいじが本当に国王の子供であるかどうか、知っているのは本人だけという状況になってもこまる。過去の歴史には、放蕩者ほうとうものの王が死んだあと、我こそは国王陛下の落とし種という人物が10人も現れて、国が大混乱におちいったという記録も残っている。だからバリオス三世は、王宮に閉じ込められてきたのだ。


 市井で育ち、国民の生活感覚を肌で知っている次男のローレリアンは、最近よく国王へ「その御判断は、民の感覚からしますと、許しがたいものであると思います」という意見を述べてくる。その見識の広さが、国王はうらやましくてならない。王宮からめったに出ることもなく、つねに重臣たちに囲まれて、自分の意志とは無関係に決められた政策の書類に唯々諾々(いいだくだく)と署名を続けた、自分の若いころとは大違いだ。


 息子は父の国王より、はるかに自由なのだ。


 国王と宰相のやりようが気にくわぬと、みずから街に出て憲兵隊とやりあったり、仲間と徒党を組んで憂さ晴らしの酒盛りをしたり。その翌朝には堂々と、自分の信念は曲げませんと、宣言してのける。「王子として生まれたからには、我がローザニアのためにのみ生きる」と言い切ったときの、息子の迷いのなさには嫉妬すら感じた。


 ローレリアンには国のために生きる覚悟がある。そう、本人も言っている。


 今までは、父親らしいことを何もしてやらなかった負い目で、彼に王族の義務を強いるのはかわいそうだと思ってきたが……。


「宰相」


 国王のすぐそばを歩いていた宰相が、なんでしょうかと、しぐさで答える。国王は立ち止まることなく、なにげない口調で話し始めた。


「そなたが勧めてくれた、エレーナを王妃として迎え入れる話だが」


「はい」


「そなたの提案通り、秋の国王生誕50年記念式典のさい、同時に婚儀も行えるように取り計らってほしい」


「かしこまりました」


「ローレリアンは、王位になど興味がない様子ではあるがな。国家のためには、いざとなればあれが王位につけるよう、準備おこたりなくしておくべきなのだろう」


「御英断と存じます」


「ローレリアンには、また怨まれるであろうが、余も国王として国の将来を憂えるのだ。

 因果なものだな。国王などという地位にあると、親子の情ですら、切り捨てなければならなくなる。その結果、長男は人生をあきらめ軽挙愚行をくりかえし、賢い次男からは怨まれる始末だ」


「陛下。ローレリアン殿下は、さきほどはっきりと、陛下をお怨み申し上げてはいないと、おっしゃられたではありませぬか」


「そういわねば、表面上の和解すらできぬ。それが、王と王子の親子関係なのだ」


 さびしげに、国王は足元を見た。自分は息子から情を示されても、その想いを完全には信じきれない、悲しく愚かな男なのだと思う。バリオス三世もまた王族に生まれ、真の幸福とはなにかを知らずに生きてきた人間だった。


 国王の足元には、見なれた大理石の床があった。いつのまにか、国王が政務をおこなう王宮の西翼へたどり着いていたのだ。


 石の床を踏みしめながら、さらに国王は思った。


 32年間、国王はこの廊下を歩きつづけた。歴代の王も毎日、この廊下を歩いたのだ。きっと、バリオス三世のあとを継ぐ者も、この廊下を毎日歩くのだろう。


 自分の力だけでは解決できない、さまざまな問題に苦しみながら、ただ歩くのだ。


「そういえば、ローレリアンが特別あつかいしているというヴィダリア侯爵令嬢との仲は、どうなっているのか。堅物のローレリアンが令嬢には甘い顔を見せるというので、周囲の者達が騒いでいたと記憶しているが」


 突然、国王が息子の恋路のことなど気にしはじめたので、宰相は面食らって答えた。


「さあ? 詳細は存じません。ローレリアン殿下は、公務の場に私情を持ちこまれる方ではございませんので。真実をお知りになりたければ、いつも殿下のお側にいるデュカレット卿あたりに、たずねてみますが」


「いや、いまはまだよい。正嫡の王子としてローレリアンの足場を固めてやり、正式に国王の輔弼ほひつとして発言する権利を与え、将来は摂政大公となる王子であると国内外に知らしめることが、まずは優先されるべきであろう。

 しかし、それらの問題が落ち着いた頃には、ローレリアンにも真面目に結婚を考えさせねば。酒浸りのヴィクトリオの種から、まともな跡取りが生まれるとは、とうてい思えぬ。ローレリアンの子供に、期待をかけるしかあるまい。

 ヴィクトリオの祖父であるそなたに、このような相談をもちかけるのが酷であることは承知しておる。しかし、父親の余は、さらに断腸の思いなのだ。ゆるせ」


「陛下の御心の内、この老臣は十分に承知しております。どうぞ、わたくしへのお心づかいなど、無用に願います」


 いよいよ国王も、できの悪い兄王子を切り捨てる気になったかと、宰相は思った。本人ばかりでなく、王太子の子供までも見放す発言には、国王の覚悟のほどがうかがえる。


 これでやっと安心して自分も引退できると、宰相は深いため息をついた。ヴィクトリオ王太子の軽挙愚行に悩んでいるのは、父親の国王だけでなく、祖父の宰相も同様なのだった。

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