建国節の祝賀 … 2
アレンが導かれるままに一段高くなった演台へのぼると、そこにはおそれ多くも、国王一家がお立ちになっていた。
中央には、おだやかな雰囲気の持ち主である国王陛下。
一歩さがった斜め後ろには、今年30歳になる王太子とその妃。
さらにその後ろに、国王の寵妃であるエレーナ姫と、エレーナ姫の息子にあたるローレリアン王子の姿が見える。
アレンは、自分の胸のうちが震えるのを感じていた。
あれから3年。ローレリアンは22歳になっている。
自分が変わったように、ローレリアンも変わっていた。
彼はいまや、立派な王子殿下だ。
秀麗な容姿には、優雅な落ち着きが。
もとから上品だった身のこなしには、王族の威厳が。
そして、いつも口元にある微笑には、この国の豊かな未来を想像させる深い知性のあかしが読み取れる。
跪拝し首を垂れるアレンに、国王が話しかけてくる。
「アレン・デュカレット。みごとな勝利であった。
我が国の軍制改革の一環として新たに設立された王立士官学校の最初の卒業生が、この名勝負をなしたこと、余はたいそう嬉しく思う。
みなのもの、注目するがよい。
この試合の勝者は、国一番の剣士である。
ここに、その名誉をたたえ、桂冠勲章を授与するものである」
これで、アレンは今日から騎士様だ。身分も一代貴族とはいえ、立派な貴族の一員。
国王の手から勲章を受けとった宰相が、輝くそれを、アレンの胸にピンで留めつけてくれる。
その様子を見ながら、国王が約束されている質問を、くりだしてきた。
「毎年、試合の勝者には、褒美として何が欲しいか、たずねておる。そなたも、忌憚のない希望をのべるがよい」
かしこまりつつ、それでもはっきりと、アレンは望みを言った。
「おそれながら、申し上げます。
どうか、わたくしに、緑の衣の着用をお許しください。
そして、心よりお慕い申しあげるローレリアン王子殿下の、お側へ仕えさせていただきたく存じます」
緑の衣とは、近衛連隊の濃緑色の制服を指す。士官に任命されたあかつきには、ぜひとも近衛連隊に入隊し、ローレリアン王子へ仕えたい。アレンはそのためだけに、士官学校で主席をつらぬきとおしてきたのだ。
国王は声を立てて笑った。
「王子よ、そなたに仕えたいと申す者が、また一人増えたな」
「おそれいります」
ローレリアン王子は慇懃に腰を折った。
アレンは、国王の前で無礼と知りつつ、驚いて顔をあげてしまった。
ローレリアンは王宮へもどって殿下と呼ばれる身分になってからも、丈が短い聖職者の法衣を愛用している。黒づくめで飾り気がないその衣装は、いつも王子の美貌をより輝かせると言われているのだが。
しかし、今日の彼は憂鬱そうだ。
しかも、父親であるはずのローザニア国王のまえで、この陰気な表情は……。
だいたい、こいつのお辞儀のしかたは腰の角度からして、礼儀作法の教科書の解説どおりに分類するなら、臣下の礼と呼ばれるたぐいのお辞儀だぞ。
王族ともなると、親子の間にも、主従関係が生じるのかな?
アレンが、もやもやと考えこんでいるうちに、ローレリアンが前へでてきた。
観衆が、どっと沸いた。
最近、この美貌の王子は、どこへ行っても大人気なのだ。
それはそうだろうと、アレンは思う。
王のとなりに控えて不機嫌そうな顔をしている王太子ヴィクトリオは、さえない容姿の持ち主だった。
髪は、つやのない赤毛。
瞳の色は茶色で、顔立ちは平凡そのもの。
体つきだって中肉中背で、とくに特徴もない。そのうえ大人になってからは趣味の狩猟でくらいしか体を動かしていないものだから、なんとなく、しまりのない体型だ。ゆったりとした服装で隠しているが、裸になれば間違いなく、腹が目立ってしまう中年体型だろう。
だいたい、若いころは美丈夫でとおっていた現国王バリオス3世と王太子は、似ても似つかない外見なのだ。
バリオス3世は、金色の髪に水色の瞳をもっている。この特徴は、ローザニア王家に生まれる人間に、よくあらわれるものとされている。王国の開祖聖王パルシバルも、金色の髪に水色の瞳の持ち主だったそうだ。
そして、ローレリアン王子も、金色の髪と水色の瞳の持ち主。
王子の母親、エレーナ姫もだ。
この3人が並び立つと、人々は畏怖の念にかられる。彼らはまさに、伝説の王から受け継いだ、高貴なる血筋を体現しているような親子だからである。
その3人の中にいると、王太子のさえない容姿は悪目立ちした。
口さがない者などは、「王太子はきっと、子宝の女神ユピが取り間違えた子なのだろう」といって笑う。
ローレリアン王子の人気が増しているいまでは、「完全に負けている兄のほうの名前が『勝利』とは大笑いだ」と言う者までいた。
アレンの前までやってきたローレリアンは、優しげな笑みで表情をゆるめた。
それを見て、アレンは、ほっとした。
ローレリアンのほほ笑みは、アレンと出会ったころと、ちっとも変っていなかった。
このほほ笑みには、だれよりも優しく他人のことを思いやる、かつての金髪の神学生、ローレリアンの真心がこもっている。
よく通る澄んだ声が、アレンに話しかけてくる。
「ひさしぶりだ、アレン」
「まったくです。ここまでお側近くによらせていただくのは、3年ぶりになります。レヴァ川の桟橋で、お別れして以来ですよ」
「堅苦しいのは、なしにしよう。きみは、わたしの友人だ。また会えて、本当にうれしいよ」
立てと、しぐさでうながされ、アレンは立ちあがった。
ローレリアンの綺麗な顔が、ちょっとばかり驚いたふうに動く。
「まいったな。
きみときたら、ずいぶんと背が高くなっていないか?
わたしより、視線の位置が高いじゃないか」
「この3年で、俺も成長したんです」
「すくすくと、育ったものだな」
「ですから、もう餓鬼あつかいは勘弁してください。殿下との約束を果たすために、俺はがんばってきたんです」
「おや、わたしは、なにかきみと約束を交わしただろうか?」
アレンは笑って答えた。
「おまえの背中は、俺が守ってやると。
俺は、頭の出来じゃ、とても殿下にはかないませんが、体を使った仕事は得意です。
きっと、お役に立ちますよ」
王子は、一瞬、眼を見開いた。
次の瞬間には、切なげに、その眼が細められる。
「国一番の剣士が、なにを言う。
力を貸してくれるという申し出も、ありがたいと思う。
きみを友と呼べて、わたしは、とても幸せだ」
アレンはローレリアンに抱きよせられた。
彼の頬にあたった友人の金の髪の感触は、とても懐かしいものだった。
ただ、美貌の王子と国一番の剣士の称号を得た若者との間でかわされた友情の抱擁を見せられて、観衆が大喜びしたのだけが、違和感となる。
アレンは新たに、誓いを立てた。
これから俺は、ローザニア王国に仕える士官となるのだ。
立場は、あくまでも公人だ。
ローレリアンとの友情に甘えることなく、しっかりと、公務をこなさなければと。