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ローザニアの聖王子  作者: 小夜
第三章
18/78

夏風に吹かれて … 6


 きっと、自分はローレリアンから憎まれているのだろうと、国王は思っている。


 憎まれても、しかたがないとも思う。


 この王子には、自身の出生の秘密をなにも知らせずに、孤独な子供時代を過ごさせてしまった。ひねくれることもなく、まっすぐ育ってくれただけでも、ありがたいと思わなければならない。このうえ王子に、何を求めるものがあろうか。


 そう思うと国王は王子に対して、父親めいた愛情表現を、やたらと示せなくなるのだ。


 自然と、王子に語りかける口調も固くなる。


「火急の用件とはなんであるか。

 このとおり、帰ろうとしていた宰相にも同席を命じた。

 手短に説明するように」


 きわめて事務的な態度で、紙をとじあわせた報告書をさしだし、王子は答えた。


「かねてより探索を命じておりました、反政府系宣伝パンフレットの発行組織の拠点をつきとめました。

 内偵者によりますと、今夜も会合があるということです。

 できることなら早々に摘発をと思い、憲兵隊を動かす許可を頂戴いたしたく、御前にうかがいました」


 モナがもたらした情報をもとに、プレブナンの花街にある高級娼館を中心に調べさせたところ、ジャン・リュミネや彼と親交が深い文筆家が多く出入りしている店は、すぐに特定できたのである。


 まさか、命じて半日もしないうちに報告があがってくるとは思っていなかったので、王子自身も驚いた。


 しかし、そのあとは、なし崩しだった。


 その道の専門家が買収をしかけると、店主はいとも簡単に情報をもらした。おそらく不穏な様子の客が、そろそろ鬱陶しくなり始めていたのだろう。


 何事もタイミングかと思った王子は、すぐに行動を起こすことにしたのだ。


 その一連の出来事が記された報告書をめくりながら、国王は王子に問いかけた。


「早々にとは、今夜にもという意味か?」


 王子はうなずく。


「はい。今年の秋には、国王陛下御生誕50年の式典が予定されております。憂いごとには、早めに決着をつけておくべきかと」


「なるほど、王都に人が集まる機会があれば、不埒ふらちな輩の活動も活発になるな。

 今夜とはいかにも急なことであるが、摘発のチャンスを逃すのも惜しいか。

 では、すぐに命令書を作らせよう。今すぐに動かせるのは、どの隊か」


 国王の問いかけは、執務室のすみに控えていた事務官へむけられたものだったが、答えたのはローレリアン王子であった。


「こちらへうかがう前に調べてまいりました。リドリー・ブロンフ卿配下の第三機動部隊に、現在待機を命じてあります」


 自分の息子の素早い判断と緻密な仕事ぶりに感心しつつ、国王は命令を発する。


「高等書記官を呼び、我が勅命を記録させよ」


 事務官が執務室から急いで出ていき、にわかにあたりの空気が活気づく。


 しかし、その空気は、椅子からゆっくりと立ちあがったカルミゲン公爵によって、急激に冷やされた。


「勅命の宣下は、いましばらくお待ちくださいますように」


 老いて枯れ、わずかに残された命脈にしがみついているような姿の老宰相は、毅然と顔をあげていた。


 いつのまにか、その枯れ木のような体には、気力の炎が枝葉となって燃え立っていたのである。


 深いしわの中にある濁った色の瞳は爛々と輝き、曲がった背中からは恐ろしげな気配が立ち登っている。低くかすれた声は、まるで地獄からの使者、ウラウノスのつぶやきのように聞こえた。


「その任務は、憲兵隊総監リンフェンダウル男爵と、第一機動部隊にお命じ下さい。

 国家体制の転覆を謀るような輩に対抗する難しい判断は、一介の実働部隊の隊長に任せられるものではございません」


 ローレリアン王子が、静かに答える。


「被疑者を拘束し、後の判断は司法にゆだねる。そこに、現場の指揮官の判断が入りこむ余地は、ないと思いますが」


 宰相は、声もなく笑った。


「相手は民衆を煽り『革命』を起こさんと目論む、過激な集団でございましょう?

 国王陛下のお膝元、王都プレブナンの街中で、銃撃戦になる可能性も考慮せねば」


 王子は表情を険しくし、国王のほうへ向きなおった。


「そこまで事態を重くお考えならば、いっそ、その作戦の指揮権は、王子のわたくしへお預けください」


「いやはや、これはなんとも」


 愉快そうに、宰相は笑いつづけていた。


 その場に居合わせた者は、みな寒気を覚えた。


 宰相の口から声はまったく出ておらず、空気だけが、くつくつとゆれている。その気配が余計に老人の様子を、恐ろしげに見せているのである。


 一歩、宰相は前に出た。


「王子殿下、御心配めされる必要はございません。

 我が国の軍隊は、聖職者の王子殿下に指揮をお頼み申し上げねばならぬほど、ふぬけた集団ではありませぬ。

 ここは御心安く、リンフェンダウル男爵めに、すべてお任せあれ」


「しかし……」


「王子殿下、どうぞ」


 宰相がローレリアン王子にむかって最後に発した「どうぞ」の言葉は、「あちらへどうぞ」の意味であった。慇懃な態度で最上級の臣下の礼を取った宰相の右手は、出口の扉の方向をさし示している。


 まだ、実権は、我が手にあるのだ。見習いの若造は、とっとと、ここから出ていけと。


 ローレリアン王子は、再度、父国王を見る。


 国王は眉をひそめ、王子をいさめた。


「ローレリアン。そなたは何でも器用にこなすが、軍の指揮は、さすがに未経験の門外漢であろう。

 それに、そなたはこれから我が王国を背負って立つ身。みずから危険を冒すような行動は、慎むべきである」


 反論を飲みこんで、王子は深い一礼とともに答えた。


「出すぎたことを申し上げました。お許しください。

 それでは、わたくしは明朝の報告を、おとなしく待つことにいたします」



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