禁断の愛
「何と言われても構いません。僕は彼女を愛しています」
「私も彼のことを愛しています」
「しかしですね」
若い二人の男女を前にして、老齢の男は苦い顔で呟いた。顔に刻まれた皺が、更に苦悩で深くなったようだ。
「先生に。弁護士の先生にご相談しても、無駄とは知っています」
若い男は女の手をギュッと握り、自らが弁護士と呼んだ男に身を乗り出した。
老人は確かに弁護士らしい。古びた弁護士バッチを胸につけていた。
弁護士は事務所の応接室らしき場所で、恋人同士と思しき男女の相談に乗っている。
「先生。ですが、先生は私達を子供の時からご存知のはずです。僕たちが嘘を言うような人間ではないことは――」
「知ってますよ。私は二人の家の顧問弁護士ですらね」
「ですから、私達の愛を信じて欲しいんです。結婚を認めて欲しいんです」
「お二人の気持ちは、本物だと信じていますよ。お二人のご両親も、そのご両親も真面目な方でしたから」
老弁護士は昔のことを思い出したのか、その記憶を受け止めるかのように深くイスに座り直した。
「では僕たちの力になって下さい」
「結婚して、男の子と女の子が新しい家族に欲しい。そんな慎ましいことを望む、私達は普通の恋人同士なんです」
「ですが法律がお二人の結婚を認めていないのです。まさにその家族が壁なのです」
「理不尽です。兄妹だから結婚できないなんて……」
「兄を愛して何が悪いのですか? 私達は真剣なんです」
二人は真っ直ぐな眼差しで老弁護士を見つめた。
「分かります。お二人が真摯にお考えなのは、よく分かります。お父上もお母上も誠実な方でした。そのご両親も」
「では、何とか私達兄妹の結婚を認めて――」
「それはできません……」
老人の深い皺が奇妙に波打った。それは何か口を動かそうとして、途中で止めたような皺の動きだった。
「僕は最悪、駆け落ちも考えています」
「私もです。兄となら、何処ででも生きていけます」
「……」
「先生。僕たちは本気ですよ」
「……分かりました。私は力になれません。法律もまげようがありません。ですが、実はお二人にはお話しておかなくてはならない秘密を知っています。この状況にもしかすると、役に立つかもしれないお話です……」
「何ですか、先生? 私たちはどんなことでも受け入れます」
「……そうですか……」
老弁護士の皺は更に深くなった。やはりそれは本人の苦悩と苦労を頬に刻んだ痕のように見える。
「ではお話しましょう。お二人のご両親は、実はこの事態を予想なさっていました。あなた方兄妹がいずれ結婚を考える程の仲になるだろうということをです。その時にお話をするようにと、ことづかっている秘密があります」
「本当ですか? 僕らの両親が? まさか、僕らのことを?」
「秘密というのは……まず、あなた方はご両親の愛の結晶ではありません。お二人ともです」
「何ですって?」
「僕たちが、両親の子供ではない。じゃあ……」
男は興奮に頬を染めて女を見た。女の顔も見る間に朱が差していく。
「そうです。厳密に言うと、あなた方自身はご兄妹ではないのです。何故なら……」
老弁護士は苦悩の皺を懸命に動かして微笑もうとしたようだ。だがどうやら失敗したらしい。
「先生、どうしました? 何故そんな顔を? これは僕らにとっては願ってもない話じゃないですか?」
「それが……あなた方お二人は、実はご両親それぞれのクローンなのです」
「そんな……私と兄が……」
「ショックでしょうが、事実です」
「でも、僕らにとってはやっぱり朗報です! 二人はこれで、遺伝的には兄妹じゃない! 結婚が――」
「それができないのです……」
老人は皺が話しているかのように、その亀裂を苦痛に歪めながら口を開いた。
「私の弁護士としての初仕事は、ある男女の結婚の相談に乗ることでした。結婚して、男の子と女の子が新しい家族に欲しい。ただそれだけを望む、普通の恋人同士でした。その二人が兄妹である以外は……ですが兄妹では結婚ができません。生まれてくる子供に遺伝的なリスクがあるからです。若い二人は苦悩の末法律上の結婚は諦めました。しかしせめて子供はと、二人の遺伝子から男の子と女の子の兄妹をもうけました。そうです。今度はその兄妹が恋に落ち、私のところに相談にきたのです。……そしてその二人はやはりクローンで兄妹をもうけ……そうです。それがお二人です。そしてあなた方もこう結論を出すでしょう。せめて子供は欲しい……クローンでもいい兄妹を――と」