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鉢合わせ

カイルside


「エミリアが、出掛けた?」

「はい、前もお伝えしたとおり、エミリア様はお忙しいので」


 婚約者カイルは、久々に会うのと会話のきっかけに持ってきた疎開先の領地、パール領にて名産の焼き菓子を手に、こっそりと離れまで来た。


 近日中に会おうと思い立ち、執事オーガスに時間を調整してもらおうとしたが、どうも、自分の予定とエミリアの予定が合わないので、自分の予定をあけて会いに来てみたのだがーー


(やはり、オーガスに言っておくべきだったか?いやでも、公務を勝手に取りやめて婚約者にかまけているなどと父上に思われるのも嫌だしな…)


 オーガスは父の執事であり、後継者教育の進捗管理をしている。公務に影響しない事柄は報告されないが、すれば勿論報告される。


 カイルは一人でこなすものを、こっそりずらして離れに直接来たのだが、タイミングの悪いことにエミリアはいなかった。


(…まだ…互いに交流する時期ではないということかもな)



「わかった。じゃあ、この手土産をエミリアに渡しておいてくれ」


 近くの侍女に差し出すと、侍女は一度菓子箱に目を落とし、「かしこまりました。後ほど適切に処理いたします」とだけ答えた。





♢♢♢

エミリアside



「すみません、一瓶もやぎのミルクはあげられないと…何とかお願いして、コップ一杯分持ってきましたが」


 リサは申し訳なさそうに謝りながら、ヤギのミルクが入ったコップを差し出した。


「ううん。

ありがとう、大変だったでしょ。

助かったよ」


「いえ…あの、でも沢山ミルクが必要なんですよね?」


「うん。

でも、兎に角これで大丈夫だよ」


「はい…もし、やぎのミルクが本当に必要ならなのですが、この辺りは山羊を飼っている方々が多いので、もしかしたら何方か分けてくれるかも知れません」


「山羊…よく見るあの動物達はそんな種類の動物なのね」 


 ふむふむと顎に手を当てながら頷いた。


 その間に、リサはちらりと、エミリアの背後でモゾモゾ動いているシーツに目を馳せる。


「…何かございましたら、また遠慮なくお声がけくださいね」


「うん!ありがとう!!

足りないときは、近隣の人にあたってみるよ!」




♢♢♢



 とは言ったものの…


(物々交換出来るような代物も持ってないしなぁ…)


 結局ミルクは全然足りなかった。


 とうとう赤ちゃんがご立腹で、先程から凄く泣いている。この辺りに基本人が来なくて良かったとこの時ほど感じた事はない。


 こうして居ても仕方がないので、近くの山羊の乳を分けてくれそうな人の元へ行くことにした。

 私のいる離れの近くにある外壁には、修理が追い付いていない穴があり、ぐずる赤ちゃんと私が人目につかないよう注意しながら屋敷を抜け出した。


 まぁーーこれはいつも通りのことである。そこに赤ちゃんが追加されただけの話だ。


 外に出ると赤ちゃんはしゃくりあげながらも、泣くのをやめて静かになった。


 まるで、今置かれている状況を理解して、空気を読んでいるかのようだった。


(そんな訳ないか、外が好きなのかな…)


 


♢♢♢



 そんなこんなで向かったのは、私が商店街で人の似顔絵を描いている傍で、たまに私が絵を描くのを見ているお爺さんがいる牧場だ。


 話したことは無いけれど、近所に住んでいるし、顔は知っていた。


 そんなお爺さんは今日も山羊を含めた家畜の世話をしていた。


「山羊のミルクが欲しいじゃと?」


「そうなんです。出来れば、沢山必要で…そうですね…ひとまず、二瓶くらいいただけると」


 お爺さんがエミリアの抱えているものに視線を落とすと、そこには獣の赤ちゃんがいた。


(ラファエルって、こんなことも出来るんだ…あ!そう言えばーー大人になったときヒロインのピンチに格好いい狼の姿で早速と現れ、背に乗せる話があった!!


うわ〜、赤ちゃんだとやっぱり赤ちゃんバージョンの狼なんだ!めっちゃ可愛い〜)


 

 

「これは、可愛いらしい仔犬じゃな」



「仔犬…?」




 エミリアはじっと赤ちゃんを見つめた。そう言われると、確かに仔犬に見えなくもない。


「くぅん…」


 つぶらな瞳に、もふもふの毛並みはどう見てもか弱い仔犬のそれで、並の人間であればイチコロで家に招き入れて庇護したくなるだろう。


 

(もしかして仔犬だった?…かもしれない。こんなにか弱いモフモフが狼なんて、あり得ない気がしてきた。

狼の赤ちゃんがどんなのか知らないけど)


 こうして、動物好きのお爺さんと仔犬?を挟み、和やかな雰囲気の中で交渉をすることが出来た。


 私の絵を毎度見に来てくれていたのは、やはり絵に興味を抱いていたからだった。


 平民は簡単に高名な画家などは雇えない。

 そして、この世界には写真がないので、私の様に鉛筆一本で本物そっくりに描けることにいたく驚いたらしい。


 そして、描いて欲しい人がいると言われた。


 病の床に伏せっている奥様だ。


 医師からはもう永くは無いと言われているのだとか。


 私はこの世界で実物そっくりに描けることの希少性を知っていたので、お小遣い稼ぎとは言え平民からするとそれなりの値段をつけていた。お爺さんは払えなくはなかったが、お願いするか迷っていたそうだ。


 なので、私の絵とミルクを交換してくれるということになった。



「一週間分でお願いします」


「いやいや!

絵を描いてもらえるんじゃ。

今後、仔犬のミルクはワシが保証する!

なぁに、家ではミルクなんぞ大して負担じゃないからのう、ほっほっほっ」




 こうして、私が絵を描いてる間、気前の良いお爺さんが赤ちゃん…いや仔犬を見てくれることになりーーそして。

  

 お爺さんは描き上げた絵を見て、優しく微笑んだ後、約束通り本日分のミルク二瓶をくれた。




「良かったー!ひとまず二瓶ずつ、毎日の新鮮なミルクは確保出来た!」


「あぶぅ!きゃはきゃは♪」


「ラファエルも嬉しいよね!私も何だか嬉しい」


 肩から下げた鞄の中に、本日貰った搾りたてほやほやのミルクを下げて帰路に着き、るんるんと鼻歌まじりに壁穴を潜る。



(でもなぁ…まだ、課題が山積みというか。

私事態、この家からいつ追い出されるかもわからないし、貯金もしないとだし。赤ちゃんに必要なのはミルクだけでも無いだろうし…

どっかの個展に出して大金を得られる賞をとるのも…最近は抽象画が流行りみたいだから難しいしなぁ)


「…そもそも、隠し通せる?ミルク以外も揃えなきゃいけないものあるだろうし…」


 ちらりと視線を落とすと、ラファエルはヤギミルクが余程楽しみなのか、きゃはきゃはと声をあげながら私を見返してくる。不覚にも可愛すぎて胸がきゅぅぅうんとした。




 ーこの子が、後に我が国を滅ぼすほどに、心へダメージを負う仕打ちが待ち受ける場所に放り込むなど、もはや想像も出来ないー




(ーーもうここまで来たら隠し通すしかない。今日だって上手くいったのだから、こうやって何とか考えれば、何とかなる気がしてきた)




「それにしても、ラファエルはやっぱり賢いのね!

ちゃんとお祖父さんの前では仔犬だったしーーこれからもその調子でよろしくね!」



「あい!」



 両手で脇を抱えて、高くあげると、私の言うことがわかっているのか、いないのか。兎にも角にも、屈託ない笑顔をにぱっと返して、元気に返事をしてくれた。



「今日はやぎのミルクを戦利品にしたけれど、明日からは貴方の衛生的な寝具や入浴道具、着替えの確保よ!忙しくなるけど協力して離れに快適空間を作るわよ!」

「あうぅ!」




 一緒にえいえいおーのポーズをとっている赤ちゃんに、エミリアはクスリと笑みが溢れた。


(他に何が必要なのか、後でリサさんにでも聞こう)



「エミリア?」


 びくっ。


久しぶりに聞こえてきた声に驚いて、赤ちゃんを隠すように抱き込んだ。


「カ、カイル!

久しぶりね、どうしたの?」


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