遭遇
カイルside
「カーイルー!」
夕方になると、パール領のブラウン伯爵邸に遠縁にあたるブラッティ侯爵家の侯爵夫人と、その娘アリッサが訪れた。
そして、出会いがしらにアリッサがカイルに飛びついてきたのだ。
カイルははぁ…とため息をつきながら困った表情を侯爵夫人に向けた。
侯爵夫人は亡き母方の親戚にあたり、生前から母と懇意にしていたこともあり、疎開して子供だけになった親戚であるカイルを心配して、定期的に様子を見に来てくれるのだ。
それをカイルの父であるブラウン伯爵も了承しているーーというか、自分は仕事に専念しなければならず、母がいない手前、有り難く頼んでいる状態だった。
十才の頃疎開してから、母存命の際も侯爵夫人とその娘は此処へ訪れていたから尚更、顔見知りになった親戚の子を心配しているようだ。
「アリッサ、気心が知れているとは言え、貴女はもう十二歳になったのですよ。もう少し行動を慎みなさい」
侯爵夫人が嗜めると、アリッサは頬をぷくぅっと膨らませて文句を言う。
「えー。でもぉ。私とカイルの仲だしぃ」
「アリッサ!」
侯爵夫人に強く嗜められて、「はーい」と返事をしながらしぶしぶ離れる。
ひと段落したところで、執事が三人の前でお辞儀をして口上を述べた。
「良くいらっしゃいました。ブラッティ侯爵夫人。晩餐の準備が整っておりますのでこのまま晩餐会場にお越しください」
♢♢♢
エミリアside
「わぁ!すごい!!こんなに肌触りの良い布おむつが沢山あるわ!」
レオンが持ってきた籠の一つを開けると、数種類のおむつが複数枚入っていた。
「こっちが雲糸で出来た布で、こっちが異国の高級布ーー和晒って布だ。ついでに最近貴族の家庭で注目されているのが「輪おむつ」というもので履かせやすいみたいだな。
おむつの上等品ですぐ用意出来たのはこのくらいだけどもう少し時間をくれればーー」
レオンが説明していると、両手を胸の前で握りしめて、キラキラした瞳で感動しているエミリアの視線に、言葉を止めた。
「すごい!こんな短い時間でこんなにも揃えられるなんて!やっぱりレオンは豪商になるレオンなのね!!」
エミリアが満面の笑みでそう言うと、レオンはぱちくりとして瞼を瞬く。
「俺が、豪商ーー?」
「きっとそうよ!こんなにも心配りの出来る人なんて、早々居ないもの!」
ーーそんなこと、初めて言われた。いつもやる気が無いように見えるから、親父には先行き不安だとしか言われたことないし…他の人は親父の後継者でラッキーだな、くらいしか…
実績がものを言う世界だから、それは仕方ないんだけどな。
「それで、これは何?」
「ぁ、ぁあ。これは最近流行りの保湿クリームってやつでーー」
はっとして先の説明を続けると、エミリアは満足そうに荷物を邸宅の中へと運び込む為に、まずは籠を一つ抱えて中に入っていく。
そんなエミリアを見て、やはり小伯爵の言っていた令嬢はエミリアでは無いのかも知れないと思い始めていた。
(使用人もつけない令嬢なんかいないしな…明らかに一人で生活を営んでるようにしか見えない。そうなると、本当に執事の娘なのか?)
「やれやれだフェレー」
レオンが思案に耽っているところへ、トテトテと足音を鳴らして、横切る生物が、尻尾を揺らしながら扉の前に立った。
「は?ちょっと待て。おまえは何だ?」
レオンの問いかけに、謎の生物が「フェレ?」と言いながら振り返る。
「フェレ助はフェレ助だフェレ!」
「フェレ助?」
名乗られても訳がわからない状態のレオンの元へ、エミリアが残りの籠をとりに戻ってきて扉をガチャリと開けると、目の前に広がる光景に、ピシリと固まった。
「フェレ助…」
「エミリア!おむつの洗濯やってきたフェレ!」
ニコパーと輝く笑顔でおむつの入ったザルを差し出されて、エミリアは受け取りながら、ちらちらとレオンの様子を伺う。
「こ、これは!こう見えてもただのフェレットなんだけど、突然変異で喋れる様になったんだ!!」
「フェレ助はフェレットじゃないフェレ!フェレ助と言う確立されたキャラクターなんだフェレ!!」
「ーー」
(いやーーただのフェレットな訳あるか!)
そんな心の中の突っ込みは口にする前に、また謎のーーというより、ここに居るのはおかしい生物が、開きっぱなしになったエミリアの足元によちよちと出現して、レオンを見上げた。
「だぁだぁむぅ!!(おしゃぶりほしい)」
「は、え?獣人??いや、それよりも今ーー副音声みたいなものが…」
「わーーー!!!違うの!これは、獣耳の帽子をつけた赤ちゃん…いや、赤ちゃんのお面をつけた仔犬なの!!」
足元の赤ちゃんを拾いあげて、エミリアは隠すように背を向けて、ぽそぽそと小さな声で喋る。「こら!ラファエル!外に出てくる時は仔犬姿じゃないとダメって言ったでしょ!めっ!」
エミリアに言われた赤ちゃんは「めっ!」と真似をしながらも理解してくれたのか、仔犬の姿になった。
ほっと胸を撫で下ろして、レオンの方に向き直ると、腕の中にいる仔犬を見せる。
「ほら、普通の仔犬でしょ?」
「………普通…」
普通 とは、なんだったかーー
(どういうこと?)
レオンの中では人生で一番混迷を極めていた。




