コピック公爵令嬢
レオンside
やっぱり、あの離れに住んでるなら、小伯爵様の言っていた令嬢はあの子だよな…?
いまいち身なりと手を見ると確信が持て無かったし、小伯爵様からは秘密と言われてるから彼女に確認することも出来なかったがーーでも、顔立ちや雰囲気にどことなく品があったしな…
(いや、今は身なりは関係ないな、とにかくーー)
金は小伯爵様に請求して、貯金を含めて絵を売ったお金はそのまま渡すか。
ーー親戚の没落令嬢でも、匿っているのか?しかも赤ちゃん連れだから周りに冷遇されてるとか…何にせよ俺単独の初仕事だ、期待に応えないとな。
(それに、もしかしたら掘り出し物を見つけたかも)
自室に入ってから、再度エミリアから預かったスケッチブックを捲る。
そして、先日父親に連れて行かれた公爵家で荒ぶっていた公爵令嬢を思い出す。
公爵令嬢が何かの商売をするにあたり、販路開拓の為に複数の商会が面談していたが、執事が絵師から出来上がったという代物を持って来たとき、公爵令嬢は衝撃を受けて怒りを含んだ顔をしていた。
この国では、絵師の仕事は完成品を納めて初めて評価されるものだ。
途中経過を確認するという発想自体が、存在しなかった。
それ故起こった悲劇の現場に俺達商人は居合わせてしまった。
『わたくしは、漫画を作れと指示を出したはずでしてよ。あの者達は〝出来る〟と申しておりましたわよね?』
『それが、この漫画にございます』
ぶるぶるした手を握り込み、扇子を広げて顔の半分を隠した。これは相当お怒りなのだと察した俺達商人はただ黙していた。
『これのどこが、キツネとウサギの特徴を併せ持っている可愛い生き物ですか!?耳の先が黒い黄色の愛らしいネズミですか!??それに~~』
その場にいた者の頭の中は、はてなマークで埋め尽くされていたが…
(キツネとウサギの特徴を併せ持っている生き物ですか!?耳の先が黒い黄色のネズミ…のような生き物)
スケッチブックに描かれていた絵は、公爵令嬢から羅列され出てきた特徴を全て捉えており、尚且つ親しみを抱きやすくーーだが、見たこともない絵だった。
♢♢♢
コピック公爵令嬢side
「ダメよ、全然ダメ。
黄色くてふわふわの丸い耳が生えたひよこノケモンと言っているでしょ!?」
「で、ですから…ひよこには耳がありませんし、ノケモンとは何ですか?」
手元には、聖書に出てくる様な風貌をした神獣が描かれていた。勿論これがダメだと言ってる訳じゃ無い。これはこれで非常に美しい絵で、そこそこ売れるだろう。
(でもこれはーー漫画じゃないわ)
——描けると、信じていたのだ。
だからこそ、余計に腹が立つ。
これ程の解釈違い前世では経験したことがない。もはやムカつくどころの話では無く、信仰を踏みにじられた気分だった。
今すぐこれを書いた相手を口汚く罵倒したいところだが、これでは炎上待ったなしの悪役令嬢になってしまうので、深呼吸をする。
私の名前はイザベラ・カレンシア。ミシリア王国三大公爵家のひとつ、カレンシア公爵家長女である。
私は前世、日本と言う国で旧帝大学の工学部応用化学科修士課程修了後に学校で学んだ化学スキルを全て漫画と言うコンテンツに捧げた二十八歳だった。
所謂ーー生粋のオタクである。
しかし絵心はないし物語も作れない。
だからこそ、画材――特にコピックの研究と改良に注力することで、漫画・イラスト・小説制作と、多岐にわたる日本のエンタメ分野を支えてきた自負がある。
だからこそ、今世でも漫画文化を復活させ、再び前世の名作を流通させて経済を活性化させてやるという野望のもと邁進した。
その第一歩として選んだのが、〝描く人間がいなくても整えられるもの〟――画材だった。
結果として、元の世界にあった画材の殆どを再現するという、予想以上の成果を手にすることになる。
ーーしかし、ここに来て、致命的な問題が発生する。説明さえすれば再現出来ると思っていた前世のキャラ達が、著名な画家ですら再現出来ないのだ。
よく考えたら当然である。
ここの絵の文化は中世ヨーロッパに流行したもので溢れている。
私が目にしていた漫画文化はそこから約5世紀ーー500年分の時をかけて積み重ねられ洗練された絵に触れていたのだ。
無理に決まっている。
医学で例えるなら、漢方の医術で患者を見て来た者に、外科手術を施せという様なものだ。
口で説明したからすぐ描ける者など、居る訳がない。
〝デフォルメ〟という概念の不在を甘く見過ぎていた。
私が意図しているのは、記号化された生き物だ。丸っこく可愛く、あるいはスタイリッシュに簡略化された〝キャラクター〟であるべきなのに、それを誰にも理解して貰えないなんて…
「お嬢様、先日販売経路の件で面談した商会の方が、再度お見えです。
まだお若い方でしたが」
「はぁ。安い色仕掛けでわたくしに売り込みしようって訳?そんな時間こっちには無いから断って頂戴」
「こちらを、お嬢様にお見せして、反応が著しく無ければお帰りになるそうです」
「ー?スケッチブック?」
執事に差し出されたスケッチブックを受け取り、訝しげに眉根を寄せて、一ページだけを見るつもりでぱらりと表紙を捲る。
そこにはーー白黒で描かれている耳の生えたひよこがいた。
「ーー」
姿勢を前のめりにして、続きをパラパラとめくる。
最近荒れていたイザベラとは違い、表情に真剣味を帯びていた。
「お嬢様?」
「その商人をここへ呼びなさい」




