第4話 晴天の霹靂
ゲートクリスタルというのは、魔法使いたちの、技術の結晶――と言われているが、ヤームに入れ知恵をしたのはエルヴィナだ。
この世界には、地紋と魔紋という絶対に複製できない魔力のパターンがある。地紋は土地固有の魔力、魔紋は個人の魔力指紋のようなものだ。
エルヴィナは前世の知識をもとに――サプライチェーンを改善するのも営業努力とばかりに――「これを利用して物の輸送ができないか」とヤームに提案した。そして彼が開発したのが、ゲートクリスタルである。
ゲートクリスタルは、各町の地紋を登録して設置された水晶であり、登録された”ガイド”クリスタルを搭載した魔導具があれば、そこに物を送ることができる(生き物は不可)。ただしガイドクリスタルは非常に高価で、貴族や有力者にしか手が届かない。
今回の手紙もそのような技術で届けられたのだが、貴族や高官からと決まっているようなものなので、神官は慌てていたということだ。
エルヴィナは手紙を受け取る際「心配いらないですよ、父は大袈裟なので」とフォローにならないようなフォローを入れ、彼はほっとした様子で椅子を戻し、その場を立ち去る。
「ったく、私の身を捧げよって、何なのよ⁉︎」
エルヴィナは怫然としつつ、先ほどの神官が戻してくれた椅子にストンと腰を落とした。急いで戻って来いとはいえ、石橋を渡れる時間はまだ来ない。
眼前に置かれたトマトパスタの皿を見て、フォークを掴んだところまでは、無意識だ。
あまりにも物騒な知らせに、正常な思考ができない。
「まあ、まあ。まずは食べよう」
ヤームが落ち着けとばかりに優しい声を掛ける一方、メグは主人を「早く食べてくださいよお。お腹空きましたあ」と半泣きで煽っている。メイドは主人が食べ終わらなければ、食事することが許されていない。全く主人を気遣わないオタクメイドめ、とエルヴィナは心の中で悪態をつく。
「そうね。食べたら、帰るわ」
「うむ。今日の天気なら、予定通り干潮になるじゃろう」
ゴーン、と六の鐘が鳴り始めた。今日の干潮は、七の鐘の後だ。日本なら干潮の周期は約十二時間だが、ここでは四時間。地球の自転ではなく、竜神の寝返りらしいので、割と忙しない。
とにかく焦らずにまずはお腹を満たそうと、フォークをひたすら動かした。
「ご馳走様。お待たせ、メグ」
「! はいっ」
エルヴィナはパスタを食べ終えると、メグへ食事を促した。口角にトマトソースをたっぷりつけながらパスタを頬張るメイドを横目に、いつも通りタブレットに今日の日記をつける。少し歪んだ結界の模様と、貯まった神恩ポイント。それから天気やすれ違った人々、交わした会話などのメモ。営業日誌とまではいかないが、ずっと続けているエルヴィナの習慣である。
しばらくタブレットと睨めっこをしているエルヴィナを見守っていたヤームだったが、よっこらせっと立ち上がった。
「どおれ、わしはそろそろ行くかのぅ」
「ヤーム……」
「大丈夫じゃよ、エルヴィナ。悪いことにはなるまい」
「なんで分かるの?」
「なんとなくじゃよ」
「……そう」
ヤームの勘は、当たる。
多少エルヴィナの焦燥感は、薄まったものの――
「大体お父様、言葉のセンスが悪すぎるよね!」
怒りは、収まらなかった。
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七の鐘に合わせて、馬車で橋を渡ったエルヴィナは、御者を急がせて帰宅した。
可愛がっている馬たちに鞭を入れてくれたことに感謝をし、自分の財布から銀貨を一枚渡す。
「これで、馬たちに美味しい飼葉をあげてね。あなたも、ありがとう」
「恐縮です、お嬢様」
田舎の子爵家だからこそのこの距離感を、エルヴィナは気に入っている。
竜神様に助けてくれと言われたから、生まれ変わった。けれども、ここで培ってきた人間関係は、自分が生きて構築してきたものだ。
大切な人が、ものが、この世界にはある。だからこそ。
「捧げよって言われて、あっさりハイそうですか、とはとても言えないのよね」
はしたないが、ドスドス足音を鳴らしつつ、エルヴィナは子爵の執務室へ向かう。背後に付き従うメグも、さすがに緊張している様子だ。
廊下でその姿を見咎めた執事が近寄ってきて、苦言を呈する。
「お嬢様。旦那様がお待ちです……もう少し、その」
「お淑やかに? していられないわ。身を捧げよと言われてはね」
「それは……旦那様は動揺していらしただけで。悪いことでは」
昔からいる執事が、その先を言い淀んでいる。
ヤームの勘は当たったかもしれないけれど、エルヴィナはもっと嫌な予感がしてきていた。
「すっごい嫌な予感! お父様! 戻りましたわ!」
感情の赴くままに部屋の前で声を張ると、執事がノックをし、すぐに扉を開けてくれた。
「ああ、エルヴィナ。はあ。すまないね、急なことで」
田舎の領地を治める、畑いじりが趣味の、子爵。
温厚なモーリア卿と評判の父が焦っている姿を見て、エルヴィナはピンときた。
「もしかして、……縁談、ですか」
「っ、その、あの、…………はあ」
目に見えてガックリと肩を落とす父親を目の前にし、エルヴィナは逆に冷静さを取り戻した。
「どなたと?」
「それがね、あー、そのー」
「煮え切らない、ということは相当に厄介なお相手とお見受けしましたが」
「あああ。さすが聡い娘だね。その通り。はあ、ちょっと勇気を出すから、待って」
すー、はー、と深呼吸する父を黙って見守る娘。
一体なんなんだ、この時間は。
「あのね。宰相」
「……はい?」
「リオネル・ジリー侯爵閣下。知っているかな?」
「はあ、お名前は存じてますが」
噂をすれば。無気力宰相、その人だ。
夜会で一度だけ見かけたことがある。
黒くて長い髪に、銀縁メガネの奥は緑の目。眼光鋭いが無表情で、顔の筋肉死んでる、と思った第一印象を覚えている。
直接挨拶はしていないが、近くに立っていた伯爵夫人が「あの眼光。睨まれて、挨拶の言葉を噛んでしまったわ」と友人に愚痴っていて、内心同情した。
「え? 待ってください。わたくしの結婚相手が、宰相閣下。そう、いうことですか?」
「うん。そうなんだよーどうしよう!」
まさに、青天の霹靂。予想外。あの気難しそうで能面な男に、嫁げというのか。
「どうしようって、それ、わたくしの台詞ですわよっ⁉︎」
「そおだよねえ」
思い切り眉尻を下げた父を前に、エルヴィナはぐしゃぐしゃと両手で頭をかき混ぜた。令嬢らしからぬ振る舞いだが、許していただきたい。
「うああああ嫌すぎるうううううけど! これって、王宮に危機を伝えるチャンスでもあるのよねええええ! あああああやっちゃう? やっちゃうかあああああ⁉︎」
エルヴィナの胸の内に、戸惑いを焼き尽くすぐらいの、野望の炎の種が生まれた。そんな瞬間だった。




