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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第四章 竜神神殿と帝国の陰謀

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第31話 商談は、世界を救う


 竜神神殿の外へ出ると、汗と煤にまみれたバドが、帝国皇女であるエメと対峙していた。

 ヤームが「外のも連れて行ってやるか」と言っていた通り、一緒に移動していたことに、エルヴィナはとりあえず安堵する。


「バド!」

「おお。なんとかなったか? こっちは、ジリ貧だけどな!」


 言葉と裏腹に、バドは笑っている。

 剣の腹を肩に担ぐようにして肩で息をする様は、神殿騎士というより傭兵だ。

 

 一方帝国の皇女は、髪を振り乱し肩をいからせ、両手の上に炎を持ち、憤怒の表情。

 身に着けているロングワンピースはあちこち焦げて破れ、皇女や巫女の体裁は微塵も残っていない。


「大丈夫!?」

「とうぜんっ」


 エルヴィナの問いかけに余裕の笑みで返事をしたバドに、ホッと息をついた一方で、

「封印は、なされた!」

 リオネルが叫ぶと、皇女の矛先は瞬時にこちらへと変わった。


「なんだと……貴様らの、せいで! 我が本願、成らずとは!」


 金切り声が、竜神神殿の空に吸い込まれていく。

 エルヴィナはその声を追いかけるように屋根の上へと視線を走らせると、顎を上げたままリオネルに問うた。


「リオ……またポイント、使っても良いかしら?」

「もちろん」


 即答したリオネルは、帯剣の柄に手を掛けている。

 神殿騎士ならまだしも、ジャルダンの宰相が直接ランジュレ帝国の皇女と戦うとなると、外交問題に発展しかねない。

 難しい立場だ、とエルヴィナが瞬時に察すると――


「心配いりません。我が妻を守る、というのは誰にも咎められない、正当な理由でしょう」

「っ……そうですわね! では、遠慮なく」


 リオネルの背に隠れるようにして、エルヴィナは素早くタブレットを起動させる。


《結界消滅アラート》

 竜神神殿を守護する結界に、穴が空きました。

 修復には神恩ポイント100000ptを消費します。

 (現在の所持ポイント:2002890pt)

 ▶ 修復する

 ▶ キャンセル


「結界を、修復します!」

「賛成ですね。また神鏡が持ち去られるやも」


 リオネルが言い切る前に、巨大な炎の風が襲って来た。


「キャ!」

「修復など! させぬ!」

「……まったく。わがまま皇女ですね」

 

 リオネルは動じることなく、抜いた剣をぐるぐると回して炎をいなす。

 ゴウ、と物騒な音を立てて火魔法が掻き消えた代わりに、エメの恨み言が襲ってくる。


「貴様らが、邪魔さえしなければ……!」


 リオネルが剣を収めないまま、エメに冷ややかに問う。

 

「私たちが邪魔さえしなければ、山を崩し帝国の支配を広めた。それで?」

「皇帝に、わたくしの存在を知らしめられたのに!」


 ブルブル震える両手で、エメは頭をかきむしる。


「なにそれ!」


 エルヴィナは、我慢できず叫んだ。


「くっだんない!」


 タブレットからは魔力が溢れ、破れた結界の穴に向かってキラキラと光る糸となって伸びていく。

 リオネルのポイントを使って、結界の修復が無事行われている証拠だ。

 剣を収めたバドが、修復の様子を見守り始めた。ということは、事態も落ち着き始めたということだ。

 ようやくエルヴィナの心も冷静さを取り戻したが――ツッコミどころ満載の皇女の言い分に、呆れを通り越して怒りが湧いてきている。


「なんだと!」

「なんだとじゃないわよ。山崩した後、どうなるか考える頭はないわけ? 自然も生態系も壊れる、山の恵みはなくなる、土砂災害は増える――良いことなんて一つもないじゃない!」

「我が帝国の支配下になれば」

「支配下? 今ですら貧しすぎて、灌漑(かんがい)工事もろくに進まず、水不足に食糧不足。なのに領土を広げて、まともな政治ができるとでも? 簡単な計算ができないのね」

「貴様! 帝国皇女に向かって! 無礼な!」


 感情的になったエメが再び炎を生み出し、エルヴィナを焼こうと手のひらを向けた。

 咄嗟にリオネルが庇おうとするが――


「わたくしは、大丈夫。アクアがいるもの」


 エルヴィナが言った瞬間、周囲に濡れた空気がひやりと漂ったかと思うと、青く輝く少女が飛び出してきて、全ての炎を一瞬で消した。


「そ、んな……水の、精霊……?」

『エルヴィナいじめたら、あたしが許さないんだからね!』

「水の精霊が守る……まさか、貴様が、水の巫女……」

 

 打ちひしがれた様子のエメは、ついに肩を落とし、崩れるように地面に両膝を突いた。


「ああ……もうおしまいだ。殺せ」

「はあ? 極端すぎるでしょう!」

「……水の巫女でないなら。山を崩せないなら。わたくしは極刑になる」

「皇女が⁉︎ ちょっと、意味がわからないんだけど⁉︎」


 混乱するエルヴィナを見て、様子を伺っていたリオネルが、仲裁に乗り出す。

 

「エリー。帝国とはそういう国です。皇帝こそ絶対君主。それ以外は」

「ふ……塵芥(ちりあくた)と同じだ。だからわたくしは全てを壊してでも、次期皇帝の座が欲しかった。だがそれももう叶わぬ。殺せ」


 地面に両膝を突いたまま、エメは首を差し出しているようだ。

 リオネルがどう声を掛けるか考えあぐねていると、結界修復を観察していたバドが、竜神神殿の入り口に立ってこちらを見守っている様子のヤームへ敬意を表しながら、口を開いた。


「なあ。今直したのは、破邪の結界だ。修復が終わっても、皇女は拘束も排除もされてない。何より、ヤーム様が何もしていない。つまり皇女の本質は、邪悪じゃないのかもな」


 エルヴィナもリオネルも、ハッと息を呑む。確かにヤームほどの力を持っていて、おとなしく捕まっていたのには違和感があった。

 

「ヤーム! バドの言ったことって……!」

「ふぉふぉふぉ。さあて神鏡は封印したし結界も直ったし、もう大丈夫じゃ。わしは疲れた。休むぞい」

 

 ニコニコと笑ってから、すーっとその姿を消してしまった。


(何にも言わない。けど、ヤームらしいな)

 

 その態度だけで、エルヴィナには肯定だと分かり、問いかけるのを止め口を閉じた。


「さて殿下。ここは、竜神様の小島です。帝国皇女や、ジャルダン王国宰相など、関係ありません。傷の手当てをしましょう。それから、話を」

 

 リオネルが声を掛けると、エメはくしゃりと顔を歪ませ、それでも動けない。

 見かねたバドが、

「ったくしゃーねーなー。よっこらせ」

 と、エメを横抱きにする。

「な、なにをする!」


 動揺するエメに、バドがグイッと口角を上げてみせる。


「すげー強かったなあ、皇女様! 負けそうだったぜ」

「っ、な、なに」

「とりあえず、引き分けな! 手当して元気になったら、また戦おう」

 

 エメは心底訳が分からないという顔で、キョトンとしている。

 お構いなしに歩き出したバドを追いかけながら、エルヴィナは気持ちを切り替えるため、深呼吸をした。


「はあ〜あ。さすが脳筋」

「脳筋とはなんですか、エリー?」

「脳みそまで筋肉でできているから、全ての事柄を筋肉で解決する人のことです」

「なるほど」


 リオネルが深く何度も頷くのがおかしくて、エルヴィナはくすくす笑った。その横で、アクアも楽しそうに笑っている。

 

「おい! 脳筋て、いい意味だからな!」


 バドが大声で主張しつつ、宿舎へと向かっていく――


  $$$

 

 それから、十日後。


 王宮への報告や、各地への通達などの書類仕事を終えたエルヴィナとリオネル。残りを秘書官のフロランに託し、宿舎で体を休めているエメに会いに、竜神の小島を訪れていた。

 

 貴族滞在用の部屋にある応接ソファに腰掛け、リオネルと共にエメに向かい合うエルヴィナは、バドの予想通りエメが邪悪な存在ではないことを確信していた。


 暴政を敷く皇帝に抗い、女王となるべく様々なことを画策し、わずかな手勢でもって最終手段とばかりに神鏡を狙う。

 間違いなく愚かであり、世界は滅亡に瀕したが、エメの立場なら追い詰められても仕方がなかったか、と寄り添うことはできたからだ。


「それにしても。竜神様に害をなし、神鏡を利用するなど、愚の骨頂。エリーがいなければ確実に世界は滅亡していましたよ」


 リオネルの叱責に、エメは罪悪感を浮かべた表情であっても、少しの抵抗を試みる。

 

「だが、はたして滅亡しただろうか。ヤームがおそらく封じてくれたはずだ」

「それはっ」


 しん、と静まり返ったところで、エルヴィナがおずおずと沈黙を破る。

 

「封じては、くれなかったと思いますわ」


 自分の力で封印できるならば、わざわざエルヴィナを別世界から呼んだりしない。

 メグから聞いた話によれば、神鏡はヤームの力の源の可能性がある。自分で自分を封じることはできないだろう。だから神恩ポイントなどという仕組みを使って、封じられるようにしたのではないか。

 全ては憶測だが、この十日間で考え抜いた末の、エルヴィナなりの結論だ。本人に聞いたところで、きっと「ふぉふぉふぉ」しか返ってこないと思うが。


「神鏡は、神恩ポイント――リオの今までの信仰心の積み重ねで、封じることができました。竜神様は、人々の信仰を試されたのでは」

「信仰を、試す……」

「殿下のいる帝国では特に、形骸化していますもの。水の巫女だなんて自称されても、殿下自身も信じていらっしゃらなかったでしょう?」

「それは、否定できない。だが今は、皇帝や兄たちを蹴落とすためにその名を使ったことを、恥じている。水の巫女を名乗った者として――せめて、この命で少しでも民に償いたい」


 項垂れる様子は、強気だった皇女と同一人物なのだろうかと疑うほどだ。

 食事もろくに取れず、頬はこけ、髪はパサついている。

 

「そこで。水の精霊とのコラボ契約をしましょう」

「コラ……?」

「題して、『アクアと帝国の女王』ですわ!」


(どっかで聞いたタイトルなのは気にしないっ)


「契約? わたくしを罰するのなら」

「罰ではなく、奉仕。水の精霊の活動を、帝国をあげて援助するんです。対価として、アクアは貴方様のお側に現れます」

「!」

「貴方様は、帝国全土をその足で回らなければなりません。水不足の各地へ、アクアの恩恵を届けるのです。長く辛い旅になることでしょう。できますか?」

「無論だ。民を救うためならば、どこにでも行こう」

 

 帝国皇女の決意を聞いたリオネルが、眉尻を下げる。


「殿下。帝国領土は広い。危険な場所も多々ある。命を落とすやも」

「一度極刑を覚悟した身だ。命を落としたところで、運命だと受け入れるだけだ」

「決意は固そうですね」


 ふー、と深く息を吐きながら、リオネルはテーブルの上に一枚の紙を置く。


「なんだそれは」

「先ほど、妻が申した通り。コラボ契約です。ご確認の上、ご署名を」

「分かった」


 洗練された所作で紙を手で持ち上げ、スラスラと表面を目線が走っていくが、一箇所で止まった。


「何か、疑問でも?」


 リオネルが尋ねると、エメは躊躇いがちに質問する。

 

「……護衛として神殿騎士が一名帯同する、とあるが……」

「ああ。なにやら武者修行も兼ねてとかなんとか。殿下の火魔法に感銘を受けた騎士がおりまして」

「脳筋のあやつか」


 このセリフに、エルヴィナは我慢できず吹いてしまった。

 

「ぶっ……あ、ごめんなさい」


 事実、バド自ら護衛に名乗りを挙げていた。

 水の巫女巡礼の旅である。神殿騎士が帯同した方が箔がつくし、修行にもなる。

 何年かかるか分からない旅だが、バドは、

『幸い身軽な独り身だ。旅を楽しんでくるさ!』

 とからりと笑っていた。


 エルヴィナは、バドにとって竜神の小島が、狭くて窮屈だったことを知っている。


(大暴れしたいんだもんね。脳筋なんだから)

 

「神殿騎士の条項だけではございませんわ。殿下には旅の後、ジャルダン王国とノインベルク共和国との国交正常化、そして癒し街道整備に尽力いただきますから!」

「癒し街道?」

「はい! つきましては、こちらの地図をご覧ください!」


 テーブルに取り出したのは、タブレットだ。

 機嫌よく泳いでいた青トカゲが、地図の上のある箇所でぴたりと止まっている。

 心配だったアクアも、『エルヴィナのためなら! この世界、好きだしね』と協力してくれた。


「アクアの指している場所が、かの有名な癒しの泉でして――」


  $$$


 帝国皇女が『水の巫女巡礼旅』へと竜神神殿から出発するのを見届けたエルヴィナは、リオネルと共に小島を散歩していた。

 季節はすっかり冬であり、分厚い外套が欠かせない。幸い、濃い青の広がる快晴ではあるものの、海風は頬に冷たすぎるくらいだ。

 冬の旅は、普通なら危ないが、左目に火の魔力を宿した皇女にとっては何の問題もないらしい。バドが「どこでもすぐ焚き火! 便利!」と調子に乗って、エメに睨まれていた。その横でアクアが「ノーキン!」と笑っていたから、多分燃やされても大丈夫だろうと、安心して送り出した。

 

「はあ。疲れた。さすがに、休みたいですわね」


 エルヴィナは隣を歩くリオネルを見上げる。

 王宮の貴族たちとのパワーゲームに疲れ、無気力を貫いていた彼はもう、どこにもいない。

 ノインベルクとの共同事業、帝国皇女との外交戦略。大きな二つの偉業が、宰相としての地位を確立してきている。

 本人は以前と変わらず淡々と職務をこなし、むしろ『手のひらを返して、ベタベタしてくる者たちが増えた』と迷惑顔だが。

 

「エリーの商談が、世界を救うとは」

「わたくしも、思いませんでした」


 だが一人では絶対になしえなかった。

 頼り甲斐のある幼なじみで神殿騎士のバド。

 竜神オタクで、困った時の情報収集役を買ってでてくれたメイドのメグ。

 宰相不在の王宮執務を、瀕死になってでもこなしてくれた秘書官のフロラン。


 そして――


「満了したく、ないな」

「ん?」

「ああほら、契約結婚は一年更新でしたでしょう? わたくし、まだまだやりたいことが」

「そうですか。なら、更新しましょう」

「良いのですか!」

「ええ。きっとそう言うと思っていまして……こちらを」


 リオネルが懐から出した封筒を、エルヴィナに差し出す。

 封蝋に、見覚えがない。


「これは?」

「陛下の封蝋です」

「へい⁉︎」

「ふふ。開けてみてください」


 手が震えるのは、寒さのせいではないだろう。

 行儀が悪いが、ビリビリと封筒の上端を手で破り、中身を取り出し、開いてみると――


『エルヴィナ・ジリー侯爵夫人を、以降一年、ジャルダン王国宰相補佐 外交官に任ずる』

 

「ぎゃあ!」

「あはは。すごい声ですね。そういえば、神恩ポイントの時も。ふふふ。動揺していたとはいえ、笑いそうでした」

「ちょ、え? 女性が役人て初ではない?」

「お初です。まあ、一年限定だから許されたものではありますが。エリーなら喜ぶかなと」


 エルヴィナは、ビョン! と飛び上がって、リオネルの首に両腕を巻きつけた。


「嬉しい! ありがとう!」

「……どういたしまして」


 リオネルがエルヴィナをぎゅっと抱きしめる。

 その頼もしさに、エルヴィナの頬は上気した。


「早速、どちらへ外遊行きましょう⁉︎」

「休むのではなかったのですか」

「だって! 外交官なら! 貿易商談とかできますわよね⁉︎」

「できますねえ……」


 リオネルと抱き合ったまま、やりたいことや理想を熱く語るエルヴィナを、空の上からヤームが微笑ましく見守っている。

 

『ふぉふぉふぉ。もはや人の世界など要らぬか、と思うたわしを、やはりエルヴィナらしく救ってくれたのぅ。人間を助ける価値があると、思えてよかったわい』


 キラキラと輝く粉雪と共に、青い竜が空を駆ける。

 人々は、冬空に現れた奇跡だと、揃って手を合わせた――


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