第30話 魔紋登録と、封印
「ポイント合算、とな」
リオネルを見やるヤームの目は、真剣そのものだ。
「はい。アクア様曰く、タブレットに私の魔紋を登録すれば可能ではと」
「それは……おぬしに覚悟があれば、の話じゃ」
「私の覚悟、ですか」
ヤームの深刻な様子に、エルヴィナを不安が襲う。
「ヤーム?」
「ここは窮屈じゃ。どれ、外に出るかのぅ」
「えっ」
ヤームが杖を振るうと、足元に魔法陣が浮き上がり、眩しさに思わず目を瞑る。
次に目を開いた時は、見知らぬ建物の中だった。レンガ作りで、人が並んで座れる木のベンチがいくつも並んでいて、なぜか床が水浸しになっている。
大きく取られた窓からは外の光が差し込み、少し焦げ臭く、カーテンやタペストリー、ベンチのいくつかには焼けた跡があった。
「ここは!」
目を見開くリオネルに、ヤームがイタズラっぽく笑う。
「麓の町にある、礼拝堂じゃよ」
「この建築様式に、火事の痕跡……帝国に飛ばされたということですか」
竜神神殿とは異なり、石を積み上げただけの素朴な造りで、部屋の前方には見慣れた竜神像が立っている。
その足元には、気絶した皇女らが先ほどの姿のまま寝転がっていた。
「ヤームって、なんでもありなのね」
「すげえ!」
「転移の魔法など、経験したことがありません。感激しました……」
「ふぉふぉふぉ」
エルヴィナは、ますます訳が分からなくなった。
これほどの力を持っているのに、なぜ転生させてまで、自分を頼ったのだろうか。
ヤームのことは、誰も捕まえられない。利用もできない。
力を狙われたとしても、一人で対処できたはずだ。
首を捻るエルヴィナに、ヤームが声を掛ける。
「エルヴィナよ。アクアがおぬしを探しておる。外へ迎えに行ってくれるか」
「あ! はいっ」
「バド。外は危ないやもしれん。エルヴィナについてもらえるかのぅ」
「はっ」
(あとで尋ねてみよう、答えてくれないかもしれないけれど)
バドを伴って礼拝堂の外に出たエルヴィナは、どんよりした曇り空を見上げ、アクアの姿を探す。
方々で雨を降らせたのだろう、雨は止んでいるものの空気は湿り気を帯びている。
土から立ち上る、独特の香りが鼻腔をつく。
「アクア?」
名前を呼んでみる。――が、反応はない。
遠くへ行ってしまったのだろうかと不安になっていると、バドが「あ」と声を上げる。
「おいエルヴィナ。タブレット、見てみろ」
「え?」
なんと表面に、青く小さな光が輝いている。
慌てて起動すると、画面の中を青いトカゲが泳いでいた。
「アクア! いつの間に」
水かき付きの小さな手で、フリフリと手を振ったあと、ウインドウがポップアップした。
『火事、全部消しといたよ。疲れちゃったから、寝るね』
「ありがとう、アクア……」
画面を撫でると、アクアは嬉しそうにキュウと鳴いてから、画面の隅へ消えていった。
「バド、アクアが火事全部消してくれたって」
「……ああ。だが、これは……」
「っ……酷い、ね……」
眼前には、惨状が広がっていた。
襲いかかってきた、土砂崩れが家々を薙ぎ倒し、山火事がそのまま町に広がった。
避難したのか、人の気配はない。
ただ、燻る煙がそこかしこで焦げた匂いを発している。
すると背後で、何か大きな力が膨れ上がる気配がした。
礼拝堂を振り返ると、窓から赤い光が溢れ出ている。
「まさか!」
エルヴィナとバドは瞬時に頷きあってから、無言で建物へと駆け寄る――が、顔面に強烈な風を受け動きを止められた。
「く!」
「下がれエルヴィナ!」
庇われたエルヴィナが、バドの肩越しに見たのは、逆立つ長い水色の髪の奥で、左目から赤い光を溢れさせる帝国皇女エメ・ランジュレの姿だった。
「あああああっ!」
彼女は空を見上げ、一心不乱に咆哮している。
「二人は⁉︎ 無事⁉︎」
「わかんねえっ」
エルヴィナたちの声が耳に入ったのか、エメは叫ぶのをやめ、ギロリとこちらを睨んできた。
途端に、彼女の足元には激しい炎が噴き上がる。まさに火の魔女だ、とエルヴィナは恐ろしくなった。
「やるしかねえか!」
一方のバドは剣を抜き、真正面に構える。剣先をエメの眉間にぴたりと合わせ、腹から声を出した。
「足止めすっから! 中の様子、見てこい!」
「う、うんっ」
バドが派手に動いたことで、エメの気を逸らすことに成功し、エルヴィナはスカートの裾を持って必死に走った。
礼拝堂の裏手側に回り込んで、勝手口を探し出し、扉に手を掛ける。幸い鍵はかかっておらず、すぐに入ることができた。
竜神像の前でしゃがみ込んでいる二人が目に入り、エルヴィナは焦りながらも息を切らせて駆け寄る。
「大丈夫⁉︎」
「エリー、良いところに」
リオが苦しげに呻くと、ヤームが静かに、絶望的な状況を告げた。
「エルヴィナよ。やはり神鏡を封印しなければ、あの皇女の暴走を止められん。リオネルをタブレットに触れさせよ」
「神恩ポイントね! わかったわ!」
躊躇いなくリオネルの前に差し出すのを見て、リオネルは眉根を寄せる。
「良いのですか」
「もちろん!」
「私を登録するということは。そのタブレット、私のものにもなる、ということなのですよ?」
「そんなの! っぜんっぜん! 構わないわ!」
エルヴィナの言葉に、迷いは欠片もない。
「ふ。では」
リオネルが、差し出されたタブレットにようやくその手をかざし、やがて表面にぺたりと置いた。
それを見たヤームが、意味深に微笑んでいる。気になったエルヴィナがそちらを見やると、リオネルが叱った。
「こら。集中してください。二人目の魔紋登録は、難しいですよ。呼吸を合わせて。魔力量を合わせて。それから、私を心の底から信頼してください」
「はい!」
だが、信頼というのはいざ表面に出すとなると難しい。
外からは激しい戦闘音――バドとエメが戦っているのだろう――が鳴り響くから、余計にエルヴィナの心はざわめいた。
なかなかうまく行かず、タブレットには黄色い警告ウインドウがポップアップした。『魔紋登録に失敗しました』と書かれている。
「集中しましょう」
「ごめんなさい」
アクアは、二人が愛し合えば、と言っていた。
でも自分には、その感覚が分からない。
助けを求めるようにリオネルを見つめると、煌めく緑色の瞳が眼前にあった。
「リオ。ほら、前にアクアが言ってたでしょう? その、……」
「ふふ。私を愛す必要はありません。そうですね……竜神様を、信じる。それならどうですか」
ドン! と派手な音と共に、地面が揺れた。パラパラと天井からは砂埃が落ちてくる。
けれどもリオネルは、穏やかだ。
「竜神様を、信じます!」
「ええ。共に祈りましょう。世界の平和を」
「はい!」
切迫した状況にあっても、優しく微笑むリオネルが頼もしい。
(すごい人だわ……)
揺るぎない信念を、リオネルから感じた。
エルヴィナはそこに、自分の希望を載せるような気持ちで、呟いた。
「竜神様……どうかお力を貸してください。みんなを、救いたいのです」
「竜神様。今こそ、恩返しの機会を」
『わたしも〜、エルヴィナの願い、叶えてあげたいなぁ〜』
アクアまでもが呟いたところで、タブレットからは青い光が溢れる。
涼やかで優しい光は、二人を包み込み――やがてウインドウがポップアップした。
《魔紋登録通知》
新たな使用者の魔紋が登録されました。
利用者名を登録してください。
「リオネル!」
本人より先に、エルヴィナが叫ぶように言ったので、リオネルは苦笑するしかない。
《魔紋登録完了》
新たな使用者”リオネル”の魔紋が登録されました。
神恩ポイントを合算しますか?
合算するには、本人の同意が必要です。
▶ 同意する
▶ キャンセル
「うおおおおおおきたあああああああああああ‼︎」
「……っ、エリー?」
「神恩ポイント合算するか? って!」
身を乗り出すエルヴィナの勢いに押されて、リオネルが「あっ、ハイ」と返事をすると、また一際大きな光がタブレットを包み、新たなウインドウがポップアップした。
《神恩ポイント合算完了》
新たな使用者”リオネル”の神恩ポイントが合算されました。
(現在の所持ポイント:2502890pt)
「あああああああ」
「エリー⁉︎」
「うあああああああににににに」
「しっかりしてください!」
リオネルが、エルヴィナの両肩を掴んでガシガシと揺さぶる。
エルヴィナは手の中のタブレットを落とさないようにしっかりと持ち、リオネルに全身で飛び込んだ。
「エリー⁉︎」
「にひゃくごじゅうまん……ポイントッ」
「にひゃ⁉︎ っ今すぐ、神鏡の封印を! ですが場所はここで良いのでしょうかっ」
リオネルがエルヴィナを抱きしめたままあたふたすると、ヤームがニッコリと笑って杖を掲げた。
「ふぉふぉふぉ。神殿に、戻るかのぅ。どおれ、外のも連れて行ってやるか」
ヤームは二、三度杖を振ってから、空中に何かの模様を描く。
すると、この町に転移した時と同様、瞬きをすると、見慣れた竜神神殿の主殿の中にいた。
避難は完了しているようで、人の気配は全くない。
「ヤームてばほんと、規格外!」
「ふぉふぉふぉ」
「宝物庫へ!」
主殿に設置された竜神像の、さらに奥。人一人が屈んで入るぐらいの小さな扉を開けると、小部屋があった。
壁に建てつけられた棚には、巻物や小さな像、天然石でできた飾りなどが整然と置かれている。
中心部には、腰高の台座が設置されていて、鏡を置くためと思われるスタンドが上に乗っていた。
中央の屋根には採光のための丸窓があり、太陽が真上にくる時刻ならば、神鏡に光が降り注ぐだろう。
「さあ、エルヴィナよ。今こそ封印するが良い。さすれば神鏡は、再び世界の楔となろう」
ヤームがどこからか出してきた丸鏡を立てかけると、不穏な赤黒いオーラを放っているのが分かった。
禍々しい魔力を感じ、一刻の猶予もないと察せられる。
「はい!」
エルヴィナは、素早くタブレットを操った。
《世界滅亡アラート》
竜神神殿宝物庫にて、神鏡の暴走を感知。すぐに封印しないと世界が滅亡します。
封印には神恩ポイント500000ptを消費します。
(現在の所持ポイント:2502890pt)
▶ 封印する
▶ キャンセル
「リオからもらったポイント、使わせてもらうわね?」
「ええ。喜んで」
ところが、『封印する』を押すはずのエルヴィナの手が震えている。世界を救うというプレッシャーが、今さらながら覆い被さってきていた。
「エリー。一緒に押しましょう」
「リオ……」
リオネルがエルヴィナの背後から抱くようにして、右手をそっと握り込む。それからエルヴィナの人差し指を、表示されているメニューの上に持って行った。
「さあ。大丈夫です。私も一緒にいますから」
「はい!」
リオネルの力強さと温かさに背を押され、エルヴィナは『封印』の選択肢をタップした。
カカッ!
途端に、赤黒く禍々しいオーラが四散し、天井の採光窓からは輝かしい太陽光が降り注ぐ。
神鏡をまっすぐに照らし、反射した光が真っ白な真円となって、壁の一部を指した。
「あ……!」
「ふう、なんとかなったようですね」
壁には竜神像が描かれており、鉤爪の中に持っている水晶と、神鏡の発した光がピッタリと合っている。
「ふぉふぉふぉ。成功したようじゃな。さて、あとは……」
ヤームの声に脱力したエルヴィナだったが、外から鳴り響く音に、我に返った。
「バドが! 皇女が魔女みたいになってて! 抑えてくれててそれでっ」
「助けに行きましょう!」
リオネルが、しっかりとエルヴィナの手を握り、外へ向かって走り出す。
エルヴィナは、頼もしい気持ちで素直に従った。




