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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第四章 竜神神殿と帝国の陰謀

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第28話 無気力宰相の信仰心


「まさか、道中の雨まで止むとは……!」

「すごいね、アクア」

『ンフー』

「うっし、飛ばすぞ!」


 モーリア子爵邸にメグを送ってから、エルヴィナはリオネルの前に相乗りする形で馬上にいる。

 先導するバドの馬を追いかけながら、エルヴィナは緊張感を高めていた。

 目的地は、もちろんランダン山脈の麓である。


 ぬかるんだ街道を、鞭を入れてひた走る。

 替えたばかりの馬は元気だが、一日中ほぼ全速力で麓まで走らせるとなると、潰すようなものだ。胸が痛んで、エルヴィナは唇を噛む。


 そんなエルヴィナは、タブレットを布製のカバンに入れ、しっかりと紐を胴体に巻いてきた。絶対に落としてなるものか、落としたら最後、直せない! である。


「これから一日中、走り続けることになります」


 最低限の装備での、強行軍だ。気絶から目覚めたばかりのエルヴィナを、リオネルはなおも気遣う。


「疲れたら、言ってください」

「大丈夫ですわ!」

 

 言葉だけでなく、エルヴィナの背中を温めてくれているリオネルの体温が、心強い。


(こういうのを、戦友っていうのかしら)


 文字通り、戦場へ向かっているようなものだ。

 生まれ変わった時、まさか神を助けにいくことになろうとは、思わなかった。

 

「見えてきたぞ!」

 

 一日走り続けて、大きな山の峰が間近に迫った頃、バドが叫ぶ。

 と同時に――


《ピコン》


 タブレットの通知音が鳴った。


「バド!」


 揺れる馬上で、画面を確認することはできない。リオネルの咄嗟の判断で、止まって確認しようと手綱を引く。バドも「おう!」と応え、馬の足の速さを抑えていく。


 ゆっくり歩く馬の上で、エルヴィナは慎重にカバンからタブレットを取り出し、ポップアップウインドウを確かめる。


《世界滅亡アラート》

 ランダン山脈の麓の森にて、神鏡の暴走を感知。すぐに封印しないと世界が滅亡します。

 封印には神恩ポイント500000ptを消費します。

 (現在の所持ポイント:5890pt)

 ▶ 封印する

 ▶ キャンセル

 

「ごご、ごじゅうまんっ!? だから! 全然! 足りないよおおおお!」


 エルヴィナの悲痛な叫びが、暗雲立ち込める空にこだまする。


「神恩ポイント、ですか」


 背後から降ってくるリオネルの冷静な声も、今は腹立たしく感じるほど、エルヴィナは焦っている。


「ううう。もう、間に合わないかもしれない……神鏡が、暴走してるって……」

「急ぎましょう」

「でも!」

「やれることを探して、やるんです」


 再び馬に鞭を入れたリオネルを、エルヴィナは不思議な気持ちで振り返った。


「無気力宰相、でしたのに」


 思わずぽろりと、本音が零れる。

 しまった、と思っても遅かった。

 怒られるだろうか、と身を縮込めていると――


「そうですね。私は、臆病でした」


 あっさりリオネルの返事があった。


 徐々に早まっていく馬足に合わせて、また揺れが激しくなる。舌を噛まないよう、エルヴィナは奥歯を噛み締めた。


「あの時、竜神様がいらっしゃらなければ。私は間違いなく死んでいました」

「え?」

「子どもの頃のことです。王都から船で竜神の小島へ向かっていたら、船から突き落とされたのです」

 

 ヒュ、とエルヴィナの息が止まった。


「泳ごうとしたものの波に飲まれてしまい、溺れて海底へ沈んでいったのですが、青く輝く竜に運ばれ、小島の砂浜に打ち上げられて助かりました。子ども心に、竜神様が助けてくださった、と思いました。アクアが青いトカゲなのを見て、やはりあれは竜神様だったと確信しました」

「犯人は!?」

「捕まって処刑されています。が、殺害を依頼したのは、父を疎んだ貴族の仕業です」

「それなら、その貴族も裁かれるべきです!」


 リオネル・ジリーは侯爵子息である。ジャルダン王国では高位貴族に位置する家だ。その子息を海に突き落とせと命じたのなら、ただでは済まない。


「もちろん、父は糾弾しようとしましたが。その貴族を裁きの場へ引っ張り出すことすらできませんでした。大金を積まれ、囲い込まれてしまった。そこに正義などない。貴族の汚さを、目の当たりにしました」

「そうだったのですね……だから、リオは……」

「情けない話ですが。金でなびくような貴族たちに迎合する気には、なれなかった。宰相という地位を陛下に賜っても、孤立しました」


 王宮内は、政治がものを言う。

 若くして宰相に就任したリオネルにとって、茨の道だったことだろう。


「竜神様に救っていただいたこの命を懸けて、帝国の思惑を止めます」


 決死の覚悟に、水を差すべきではないかもしれない。

 けれども、生きて帰る決意も必要だ。エルヴィナは、リオネルを鼓舞することにする。

 

「リオ。あなたの覚悟は素晴らしいです。世界を救ったら、英雄になるのですから。一緒に王都に帰って、その貴族たちの鼻を明かしてやりましょう」

「おや、良いのですか。結婚契約によると、私がいない方が、悠々自適に暮らせますよ?」


 事実、離縁後の生活保障は、贅沢なぐらいであった。

 離縁には当然、『死別』も含まれる。

 リオネルの皮肉に、エルヴィナも皮肉で返した。


「あら。死んで契約破棄だなんて、つまらないですわ。この度の世界の救済についても、きちんと報酬を加味していただかなければ」

「はは。また商談ですか」


 エルヴィナの頭頂に、リオネルの明るい声が降ってくる。


「ならば、契約満了の際、双方合意の元で覚書を作成し、サインしなければですね」

「当然です!」


 話しているうちに眼前まで迫ったランダン山脈は、知っている形よりもかなり違っている。


「もう、あんなに崩れているだなんて……!」

「やはり本気で山崩しをしているようですね」

「ヤームッ」

 

 エルヴィナは、ヤームの無事を祈るのに必死になり、背後のリオネルの発言は話半分で聞いていた。


「エリー。ふと思ったのですが。その神恩ポイントが足りない件」

「ええ、足りないです、全然」

「夫の分の信仰を、なんとか加算できないものですかね?」


 エルヴィナの思考が、びたりと止まった。


「ジリー侯爵家長男として、竜神神殿には多額の寄付をしてきましたし、エリーほどではなくとも、頻繁に祈りを捧げてきました。私の信仰心が加味されるなら、莫大な神恩ポイントが貯まると思うんですが」

「ちょ、え⁉︎」

「そのタブレットに貯める、という仕組みにもよりますが……」


(え? え? ポイント合算なんて、そんなことできる? 普通は個人に紐づくものよね)


 どんどん近づく目的地を前にして、エルヴィナは激しく動揺しはじめる。


「あ、ああ、アクア!? 今の聞いてた!?」

『聞いてたよー! えっとね、タブレットにリオネルの魔紋登録してみたらどうかなー?』

「えっ、そんなんで良いの!?」

『うん。でも、そもそも魔紋登録できるかってことなんだよね。二人の気持ちが通じ合ってたら良いんだけど』

「二人の気持ち?」

「アクア様。それはつまり、どういうことだろうか」


 すると、アクアはけろりと告げた。


『二人同時に、タブレットに魔力を流さなくちゃなの。相当息が合ってないと無理。それこそ、愛し合うとか〜』

「「愛!?」」


 馬上で固まるエルヴィナとリオネルに、バドが切羽詰まった表情で声を掛ける。


「おい! あっちから強大な魔力を感じるぞ! 森の方向!」

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