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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第四章 竜神神殿と帝国の陰謀

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第25話 滅亡に瀕す 前


 神殿の外壁から数歩離れた場所で、エルヴィナはリオネルと共に空を見上げている。


「あの辺り……まるで穴が空いているみたいですわ……」


 エルヴィナの人差し指が指す先を、リオネルは眉根を寄せて凝視した後で、首を横に振った。


「残念ながら、私には雲しか見えないですね」

 

 いつもなら、神殿を優しく覆っているような見事な模様が、歪んでいる。まるで何かに無理やり引き裂かれたように。

 もしかして、この一箇所だけでなかったら――エルヴィナの心に、みるみる不安が湧き上がる。


「そうなのですね……他にもそのような箇所がないか、見て回っても良いでしょうか?」


 するとリオネルは、すぐさま首を縦に振った。

 

「一緒に行きます。散歩をするのは自由ですからね。ただ、やはり天気が崩れそうです。なるべく急ぎましょう」

「はい!」

 

 ゴロゴロ、と雷鳴が近づいている気配がする。

 下手をすれば、雨が降ってくるかもしれない。そうなれば、皇女の目論見通りになってしまう。

 エルヴィナは、歩き慣れた道を躊躇いなく進む。


 巡回の神殿騎士たちは、空模様が怪しくなってきたのを見て、雨に備えはじめた。窓を閉めたり、外に出ている道具をしまったりと、忙しなく動いている。

 慌ただしい雰囲気の中、散歩をする宰相夫妻を気にする者は、いない。だからかリオネルは、爆弾発言を落とした。

 

「エリー。これは私の個人的な推測に過ぎませんが。大神官殿は、ご家族を人質にされているのではと」


 湿り気を帯びた風が頬を撫でる中、ひゅっとエルヴィナの息は止まり、必然、足も止まる。


「そんな……」

「帝国内にも、竜神様の像を祀った礼拝堂が何箇所かあるのですが。確かそのうちの一箇所に、大神官殿のご息女が滞在している、と耳にしたことがあります」

「それがもしも本当だとしたら、なんてことをっ」

 

 エルヴィナの拳が、怒りに震えてくる。


「信じたくはありませんが。ご息女は、少しでもお役に立ちたい思いで、遠い土地に赴いたはずですからね」


 リオネルの声音は、静かだが凄みがあった。

 

「ジャルダンと帝国が、もし山脈に隔たれていなかったら。あっという間に帝国に飲み込まれていたことでしょう。そうすれば必然的にこの小島も」

「山脈で、隔たれ……!」

 

 エルヴィナの背に、電流が走るような感覚がある。ビリビリと駆け抜けたのは、リオネルの言葉で導き出された、閃きだ。


 拳だけでなく、全身がガタガタと震え出したエルヴィナを見て、リオネルの手が宙を泳いだ。それから躊躇いがちに、そっとエルヴィナの両肩の上に置かれる。

 

「そんなに震えて……どうしたのですか」

「リオ……」

 

 ――山脈が、なかったら。

 ノインベルクは、台風により山崩れが起きていた。木々が薙ぎ倒され、地形が変わり――


 エルヴィナは、間近で心配そうに瞬く緑色の目を、絶望と共に見上げた。

 

「……わたくし、最悪な想定が頭に浮かびましたわ」

「最悪な、想定?」


 リオネルがエルヴィナを見返す表情は、真剣そのものだ。そこには確かに、今まで築いてきた信頼があり、エルヴィナは自身の直感を躊躇いなく口に出す決意ができた。


「はい。あくまでわたくしの、勝手な推測です。けれども……帝国が欲しているのが、水なんかじゃないとしたら」

「水じゃない? ですが帝国民が水不足に苦しんでいるからこそ、皇女は水の巫女などと(うそぶ)いて」

「水不足なのは確かでしょう。でも強欲な帝国が、はたして巫女の雨乞いなんかで満足するでしょうか。神殿で祈って、雨が降ったとて」

「それは……」


 肩から手を離し、悩ましげに顎へ拳を当てる宰相に向かって、エルヴィナはキッパリと告げる。


「山崩し、ですわ。嵐を、地形を――すべてを壊す力を、帝国は利用しようとしているのです」

「山崩し……!」


 目を見開くリオネルに、エルヴィナは大きな確信でもって、一度だけ強く頷く。

 

「ノインベルクの様子、覚えてらっしゃるでしょう。地形が変わるほどの土砂崩れは、間違いなく台風の影響です。御神体を持ち出せば『世界は風の盾を失い、大嵐に飲まれます』とタブレットは警告しました。すなわち、その場所で暴風雨が吹き荒れる」

「エリー。大変に恐ろしい推測です。帝国は、そうしてまでこちらへ支配の手を伸ばそうと……こうしてはいられない、御神体を探して元に戻さねば!」


 ざっと砂を蹴って神殿に戻り始めたリオネルの背中を、エルヴィナは焦って追いかける。

 

「でも! 神恩ポイントが足りませんっ」

「足りなくとも。探すのです。全力で。我々に、できることを」

「はいっ」


 息を切らせて、主殿に戻ってきた二人に、遠くからバドが大きく手を振っている。


「バド!」

「どうしたっ」


 駆け寄ると、長身の神殿騎士がギリギリと奥歯を噛み締めながら、悔しそうに語った。


「宝物庫から、神鏡(しんきょう)が消えた。水の巫女もだ」

「宝物庫……竜神像の奥の小部屋ですね?」

「しんきょう、て?」


 同時に尋ねた二人に向かって、バドは何度も細かく頷く。その仕草に、焦りが出ている。

 

「ああ。竜神様の魂が込められてるって言われてる、このぐらいの鏡だ」


 バドは空中で手を動かし、形を示す。大体、エルヴィナの顎から鳩尾くらいまでの大きさで、丸いことが分かる。

 

「今、神殿騎士団は捜索に駆り出されてる。俺も身動き取れねえ」


 神殿騎士団の対応からも、その神境こそ御神体に違いない――エルヴィナとリオネルは目を合わせ、頷きあった。

 

「まずいわね。結界が破れた今、きっと外へ持ち出したんだわ! モーリア橋は⁉︎」

「タイミングが悪すぎる。さっき海に沈んだところだ」

「っ次に渡れるのは、八の鐘! そんなんじゃ、追いつけないわ!」


 現代でいう、約四時間後である。しかもその時は夕方。ということは、かろうじて渡れるかどうかの時刻だ。渡れたとしても、日が暮れ身動きが取れなくなる。相手は危険を省みず走り続けるだろうし、夜の闇に紛れられたら、見つけることすら困難になる。

 

「ちくしょう! やっぱ水の巫女って話は嘘かよ!」

「二人とも、落ち着きましょう。まずはモーリア卿へ、ゲートクリスタルから連絡を……⁉︎」


 焦燥感に駆られる三人の頭上で、ゴオゴオと風が大きな音を立て始めた。

 真っ黒な雲が、まるで世界の全てを巻き込むかのように、ぐるぐると渦巻いている。

 渦巻きの中心では、ひっきりなしに横へ縦へ走る、稲光が見える。


「……大変だわ……嵐が来てしまった……」


 地上では、ビョオビョオと唸る風が土埃を巻き上げ、バチバチと頬に当たって痛い。

 鼻先に湿り気を感じたと同時に、ポツリと水が一滴、空から落ちてきた。


「まずい、建物の中へ!」


 バドが焦った声で誘導したと同時に、空からは――大雨粒が怒涛の勢いで、降ってきた。


 $$$


「やった。やったわ」


 帝国第一皇女エメ・ランジュレは、布で包んだ神鏡を両腕で抱き締めるようにして、馬車の中にいた。


「さあ急げ! 山の麓へ! 走れ!」


 御者を煽るエメの声は、喜びに踊っている。


()()()()()()()()使()()に! もうすぐ出番だと! 早馬で伝えろ!」


 車体のすぐ横を走っていた護衛に向かって、エメが窓からそう叫ぶと、「は!」という覇気と共に彼は馬の尻に鞭を入れ、ものすごい速度で前へと走っていった。


「はは……これで陛下は、わたくしの存在を無視できない……!」


 ランジュレ帝国第一皇女、エメ・ランジュレは、血の繋がった兄である愚鈍(ぐどん)な皇子二人が、ただ男であるというだけで厚遇されるのに我慢がならなかった。

 帝国民が水不足にあえいで命を失ったとて、皇族にとっては『虫が死んだ』ぐらいのものでしかない。

 怠惰な皇帝は、贅沢な夜会を開くことができさえすれば満足である。


『民の声に遠慮して、帝城に来られない貴族がいるとな? 気に食わぬ。そのような者たちなど、殺してやろうか』


 簡単に言ってのける皇帝は、真に恐ろしいのは弱き民だということを知らない。一人一人は弱くとも、暴動の鎮圧には時間を要するだろう。

 皇帝の息の根を止めるには、何も騎士団を殲滅する必要はない。ただ城に潜り込んで寝首をかくだけならば、いくらでもやりようがある。


 何よりも、税を納める民なくして、富はない。ただでさえ水不足で、作物が取れていないのだ。皇帝として行うべきは、夜会ではなく執政のはずだ。


『陛下。わたくしは、水の巫女です。必ずや竜神を連れ帰り、あの山ごと崩し、さらなる大地を陛下に捧げます』

 

 エメは、甘い言葉で皇帝に何度も囁いた。竜神神話と、神殿にあるという御神体が起こした、奇跡の記録と共に。

 

 帝国には、世界各地から取り寄せた竜神に関する様々な書物があり、その中にいくつもの“奇跡”が書かれていた。

 中でもエメは『竜神神殿の成り立ち』を、利用してやろうと思いついたのである。

 

 ――神鏡は太陽光を反射することで不思議な力を放ち、岩山すらも丸ごと破壊した。

 ――このままでは、世界が壊れてしまうと慌てたある国の王が、神鏡に姿を写した途端、無尽蔵の魔力が宿った。王は強大な魔法使いとなり、さらに不死身となった。

 ――王の力を恐れ、また奪おうとした輩が神鏡を持ち去ると、暴風と嵐とが世界を覆い、大洪水で巨大な山々すら崩され地形が変わった。

 

 ジャルダン王国の沿岸が弓形なのは、最後の一つが原因と言われている。

 不死身となった魔法使いが、小島を利用して神鏡を封じる部屋を作り、さらに結界を敷くことで、世界は元の姿を取り戻した。

『その小島こそ、世界を平和に保つための(くさび)である』という一文で、その書物は締め括られている。


 やがて小島には、頑丈な建物が造られることになる。

 暴風によって空へ巻き上げられる、周囲の波の様子が竜に似ていることから、その建物は『竜神神殿』と呼ばれ、崇められることとなった。


「はは。その魔法使いが、本当に居たのだからなあ。心底驚くとは、このようなことを言うのだろうな。ククク、あははは」


 エメはこの伝承が事実である、と確信する。なぜなら――結界を司る魔法使いを、捕らえることができたからだ。つまりは、『神鏡さえあれば世界を壊せる』ということである。


「さあ。暴風と嵐よ。世界を覆い、巨大な山々を崩せ」


 エメは、満足げな笑みを浮かべ、ひとりごちた。


「そして世界が滅ぶ前に、神鏡を封印せよ、()()()!」


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