第24話 訪れる危機
それから三日間、皇女は独り、神殿に籠り続けた。
水の巫女の祈りの時間は、最低限の水とパンのみが差し入れられ、誰の立ち会いも許されない。
一方、神殿の外は神殿騎士たちの他に、帝国の使節団の面々も闊歩していた。
「使節団というからには、何らかの外交や交渉ごとを持って来ているはずなのですがね……一体彼らは何をしているのでしょうか」
客室で朝の食事をするリオネルが首を捻るのも、無理はない。
毎日ダラダラと歩いているようにしか見えないからだ。つまり、以前のエルヴィナと同じ。
(わたくしと、同じ……)
「奥様、まさか……ただの島内視察、なんてことは……?」
メグも同じ着眼点を持ったようだ。
「ええ、メグ。狙いは、結界かもしれないわね……」
リオネルのテーブルの向かいに着いているエルヴィナは、野菜のスープをスプーンで口に運んでいる途中だった。テーブルの上にはタブレットを置き、少しでも変化がないか見守っているが、今のところはいつも通り。
それよりも、電源のように『魔力を使う』ことの方が厄介なことになっている。起動しても短い時間ですぐに画面が暗くなってしまうのだ。心なしか、エルヴィナ自身も体がだるい。タブレットを操ると、まるで体の奥底にある電池まで消耗してしまったかのように、目を開けているのも辛くなってくる。魔力が枯渇しているような実感があった。
リオネルは、エルヴィナのそんな様子に気づかず、会話を続ける。
「そういえば、ノインベルクに滞在中、そのタブレットが『ランダン山脈で魔力の大きな乱れを検知』と占っていましたね。ということは、使節団の中に魔法使いがいる可能性があります」
「ええ。だとすると、やっぱり早くヤームを探さないと!」
エルヴィナはアプリに表示されている、神恩ポイント残高を確かめる。結局5000ptの魔力調査は行っていないのと、初日の参拝で――
『現在の所持ポイント:25890pt』
(全然足りないに決まってるっ……! けど念のため聞くだけ聞いてみよう……)
「ええと、『ヤームという魔法使いを探して?』」
無情にも現れたポップアップ通知には『エラー:ヤームという魔法使いを検知できませんでした』と書かれている。
「やっぱり、ダメなのね……」
物憂げなエルヴィナを、画面の中に住んでいる青色トカゲが小さな瞳で心配そうに見つめている。視線に気づいて、かろうじて微笑みを返すのが精一杯だ。
「ヤーム……どこにいるの……」
窓の外の空には、今までの晴天とは打って変わって、黒い雲がひしめき始めている。
遠くで鳴っていた雷が徐々に近づいて来ているような気配もあり、神殿騎士の中には、『水の巫女様のお祈りが通じているに違いない』と信じる者まで出てきたようだ。
「その神殿魔法使いも気になりますが、この天気。もし雨が降れば、水の巫女の信者が増える気がしますよ」
リオネルの懸念は、当たり前だろう。
幸いにもエルヴィナは、反論できるほどの蓄積データを持っていた。
「リオ。わたくしの記録によれば、この時期この小島は、天気の荒れることが多いのです。おそらく、冬であるのに温かい海流が流れ込む時期なのですわ。漁師から聞いたところによると、採れる魚が変わる期間があるそうですの。そうすると雲が出来やすく、それらが山脈にぶつかれば、雨が降る。もしかして、その時期を見計らってここへ来たのかもしれませんわね……都合よく嵐が来ることを計算に入れて、動いているように感じられて――」
タブレットに綴り続けた天候記録と日記は、今もなお欠かしていない。
営業は足とデータがものを言う――その習慣は前世から引き継がれたものだが、エルヴィナの財産であると思っている。相手方も、似たようなデータを持っているとしたら厄介だ。
「なるほど。水の巫女の権威を確実なものにする、という目的ならば、この時期に訪れたことは理解できます。が、竜神を連れて帰るというのは」
「わたくしにも、分かりかねます。そもそも神殿を覆う結界は、一体何を守っているのでしょうか。もしかして、御神体のようなものが、中にあるのですか?」
リオネルが、目を見開く。
「御神体……竜神様そのもの、ということですか」
「はい。神様は、物に宿ったりします。主殿には像が建てられていますが、その他にも鏡などの神器だったり」
「実は、あの像の裏、主殿の奥に、小部屋があります」
「え」
「物理と魔法の両方で、厳重な鍵が掛けられています。私も入ったことはありませんが、ひょっとして」
「まさか、祈りと称して、開けようとしていたり……」
ガタッと大きな音を立ててリオネルが立ち上がった。
「こうしてはいられない。バドに連絡を!」
《ピコン》《ピコン》
「リオ! これっ」
「まさか、また占いがっ⁉︎」
その時無情に鳴った二つの電子音が告げたのは、最悪のアラートだった。
《結界消滅アラート》
竜神神殿を守護する結界に、穴が空きました。
修復には神恩ポイント100000ptを消費します。
(現在の所持ポイント:25890pt)
▶ 修復する
▶ キャンセル
《世界滅亡アラート》
御神体が台座から離れました。竜神の加護が消えれば、世界は風の盾を失い、大嵐に飲まれます。
御神体を再度呼び寄せるには神恩ポイント1000000ptを消費します。
(現在の所持ポイント:25890pt)
▶ 呼び寄せる
▶ キャンセル
「……どうしよう……全然、足りない……」
結界修復も、御神体を取り戻すことにも。
絶望的なほど、ポイントが足りない。
「どうしようぅ」
「落ち着いて、エリー。まずは情報収集をしましょう。本当に皇女が小部屋の鍵を破ったかどうか、バドに調査を依頼します。そしてエリーは、結界が見えるのですよね? 綻びていた箇所を、一緒に見に行きましょう。いいですね?」
優しく諭すような口調に、エルヴィナは素直にコクコクと頷く。
メグとフロランも、不安を打ち消すかのように、決意の表情を浮かべた。
「それならわたしが、神殿騎士の詰め所、行ってきます!」
「ぼ、僕は念のためゲートクリスタルから国境警備へ警告を発します。帝国使節団が、神殿の宝を持ち出す可能性あり、と」
「メグ、頼みましたよ。フロランは……神殿の所有物を持ち出しただけでは、我々に帝国使節団を拘束する権限はありません。宰相の妻の魔導具を奪った、と伝えてください」
「ハイっ!」
メグとフロランが走って部屋から出て行くのを見送ってから、エルヴィナは呆然とリオネルを見やる。
「リオ……?」
「ええ。そのタブレット。竜神様のご加護の道具と知れたら、奴らは必ず狙ってくるでしょう。奪われないに越したことはありませんが、その裏面を見たら一目瞭然ですからね」
「あ」
タブレットの裏には、竜神の紋章が入っている。
アクアが住み始めてからは、起動時に青くぼんやりと光るようになっていた。確かに、あからさまだ。
「さあ、まずは朝食を食べましょう。食べ終えたら、結界の様子を見に行きましょう」
「っはい」
エルヴィナは、すっかり冷めた野菜のスープを、懸命に口へと運ぶ。
ざわざわと胸を波立たせる嫌な予感を、必死になって呑み込みながら。




