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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第四章 竜神神殿と帝国の陰謀

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第22話 落ち込む暇はない


 澄み切った青空であるのに、どこか遠くで雷が鳴っている――


 竜神神殿のある小島は、神殿騎士たちがいつも以上の人数で巡回をしていた。

 帝国から使節団がやってくる、という先触れが届いているのは、神殿関係者も同じ。

 着いて早々、バドも任務に駆り出されてしまった。

 

 馬車を降りたエルヴィナは、まず最初にリオネルと共に大神官との謁見に向かう。今までと違い、宰相夫人としての公式訪問となるため、形式的な挨拶を済ませなければならない。


 主殿にある龍神像の前で出迎えた大神官は、高位神官を三名後ろに伴って、穏やかな表情を浮かべている。くるぶし丈の白いローブに、金糸で織られたストールを肩から垂らしている初老の男性で、リオネルとは知己の仲だ。


「無事のお戻りだけでなく、仲睦まじいご様子。大変喜ばしいことです」

「ありがとう存じます」


 和やかな雰囲気の中、エルヴィナは一人、落ち着きなく周囲を見回している。

 

 大神官が怪訝な顔をしたところで、リオネルが「妻は人を探しているようなのです」と促すと、エルヴィナは遠慮なく直接問うた。

 

「あの。ヤームは今、どちらにいますかしら」

「ヤーム?」

「神殿魔法使いの、ご老人ですわ」

「ええと、神殿魔法使い? などという者は、おりませんが……」

 

 エルヴィナは、驚きで固まってしまった。

 

「いない?」


 そんなはずはない、と自分の記憶を遡る。

 黒ローブ姿のヤームのことは、はっきりと覚えている。結界の管理をしていると言い、いつもエルヴィナの散歩に付き合って、「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。


「そんなはずありませんわ! わたくし、確かにこちらでっ」

 

 困惑顔の大神官は、リオネルが「本当にいないのだろうか?」と迫っても、首を横に振る。


(そんな! ヤームがいなかったら)

 

 エルヴィナの顔が、サッと青ざめる。


「この神殿を守っている結界は、どなたが⁉︎」


 新婚旅行に行く前、タブレットで記録していた写真と見比べると、綻びがあるように見えていた。

 屋根の上に広がる結界は緻密な模様で、まるで硝子細工のように微かに光っている。その一部が、淡く揺れているようだったからだ――まるで、裂け目が生まれそうな前兆のように。

 ヤームに『直した方がいいのでは』と忠告をしてから旅立ったから、その後どうなったのか気になっている。

 

「結界、ですか?」

「ええ。神殿を囲うようにして、ほら、建物の上空に見えるでしょう? 前と少し違う箇所があって、まるで綻びているみたいで」


 早口で迫るエルヴィナの勢いに押され、大神官は上体をのけ反らせ眉根を寄せる。

  

「申し訳ごさいませんが、結界などというものにも覚えはございません……」

「そんなはずは!」


 リオネルが、エルヴィナの肩をポンと叩いた。

 これ以上大神官を問い詰めても、何も出てこない。頭では分かっていても、感情を止めることができなかったエルヴィナに、リオネルがブレーキをかけてくれたといえるだろう。


「エリー。挨拶はこれぐらいに。久しぶりに訪れたのだし、少し島を散歩しましょう」

「え、ええ」

「大神官殿。私と妻はしばらく滞在させていただきますが、こちらのことはお気遣い無用です」

「かしこまりました。お部屋はいつものところをご用意してございます」

「助かります。では」

「……ごきげんよう」


 あからさまにホッとした様子の大神官に申し訳なくなり、エルヴィナは丁寧にカーテシーをしてから主殿を後にした。

 リオネルのエスコートで、いつも滞在するという貴族宿泊用の別館へ案内されながら、エルヴィナは肩を落とす。


「リオ……わたくし、嘘はついていません……」

「あのぐらいで落ち込むなんて、らしくないですね」

「え?」


 パッと顔を上げるのと、リオネルが横目でチラリと見てくるのと同時だった。いつもと変わらず、淡々としていることに少し安心し、またがっかりする。


(あ、そっか。わたくし……リオに慰めて欲しいんだわ……)


 指摘されたことで初めて、自分の弱くなっている心に気づいて、たちまち恥ずかしくなってくる。

 

「エリーはいつも、信じるものに向かって突き進む。らしくないです。いつも通りにすればいいだけのことでしょう」


 それから、饒舌なリオネルを意外に感じた。

 

「あの。もしかして、励ましてくださってます?」

「っ」


 問いかけると、今度はリオネルが押し黙ってしまった。

 

「リオ?」

「っ……はあ。無気力宰相には少々荷が重い任務でしたね」

「むき……どうしたのです、ご自身でそのようなことを仰るだなんて」

 

 自分を律し、淡々と目の前のことをこなすようなリオネルにしては、珍しい自虐だ。

 ぴたりと足を止めたリオネルは、額に右手を当て深く息を吐く。見たことのない仕草だなと、しげしげ眺めるエルヴィナの視線に耐えきれなくなったのか、リオネルは自嘲の笑みを浮かべた。

 

「妻を励ますことも、できない。私は情けないなあと……ああいえ、弱音を吐くつもりはなくてですね……ただ、面倒だからと人を避け続けた代償がこれかと、情けなく思っている次第です」

「っ!」


 慰めて欲しい、と思ったエルヴィナの心に、リオネルが気づいていた。

 それだけで、(たと)え用のない喜びが身の内から沸々と湧き上がってくる。

 

「リオ。嬉しいです」

「え」

「そのお気持ちだけで。わたくし、とっても嬉しいです!」


 リオネルはエルヴィナの表情を見て、ようやく安心したように眉尻を下げた。


「良かった。元気のないエリーは、人が違ったようで逆に恐ろしいですからね」

「あ。今絶対、余計なこと言いました」


 ぷうと頬を膨らませるエルヴィナの腰に手を添え、リオネルは再び歩き始める。その横顔は先ほどと全く違って、明るい。

 

「そうですか」

「そんなことより! 結界のことが気になりすぎます。調べるとか復旧とか。とにかく、神恩ポイント使えないか試してみなくちゃ」

「ふふ。もう復活しましたか。さすがです」

「落ち込んでいる暇は、ないですから!」

 

 途端にいつもの調子を取り戻す自分を、自分でも現金だなと思っている。


「それなら、私の部屋で少し話しませんか。詳細な説明をして欲しいです」

「はい。メグにお茶を淹れてもらいましょう」

 

 話しながら廊下を歩く二人の足取りは、軽くなっている。

 問題が解決したわけではないのに不思議だが――


(リオがいる。きっと、大丈夫)


 一人ではないことに安心する。

 エルヴィナにとって、初めての経験だった。

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