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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第三章 国家元首と温泉

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閑話 温泉革命⁉︎


 宿屋の大浴場は、川から水が流れ込む岩場を利用したほとんど天然のもので、申し訳程度の木造の屋根がある。

 

 硫黄の香りを含んだ湯気を眺めながら、エルヴィナとニクラスは、湯船の縁から二、三歩下がった場所で並んで立っていた。

 リオネルとバド、それからメグは、初めて見る施設に興味津々で、それぞれ色々な箇所を見て回っている。

 

 この町の源泉は川の水で冷やされ、人肌にちょうど良い温度になる。木でできた(せき)を上げ、湯船に湯が張られていくのを見守りながら、エルヴィナはニクラスへ疑問に思っていたことを尋ねてみた。

 

「女湯がないとは思っておりましたが……お作法など、ない、と?」

「ええ。狩りの後、適当に入っておしまい、です」

「それだとお湯が汚れますでしょう?」

「そうですね。でもそれを気にするような狩人は、いませんね……」

「なんですって!」


 エルヴィナの剣幕に、ニクラスは思わず一歩後ずさった。一方のエルヴィナは、再び湯船へ目線を戻すと、ブツブツと独り言を放つ。


「これは、一大事ですわ……効能を通達して済むような問題ではなかった……老若男女問わず楽しめるようなものに整えていかなければっ!」


 タブレットをぎゅうっと抱きしめながら、エルヴィナは何度もうんうんと頷く。

 そんな断固たる決意の滲む態度に、ニクラスは不思議そうな顔をする。


「なんだか、とても活き活きされてますね」

「だって! 温泉ですわよ! 入るからには、皆で楽しみたいと思うのは当然ではなくって? ヘルムート様にも大々的に宣伝していただくことですし」

「……いつの間に父とそんなに仲良く……」


 ハッとエルヴィナが顔を上げると、ニクラスの眉尻が盛大に下がっている。


「えーと、あの、ヘルムート様は、お、夫の? リオネルと、その、以前から懇意だったようですの。ですから」


 しどろもどろになったのは、『夫』というパワーワードを口に出したのが初めてだから、である。


(ひいー、ついに、言っちゃったよおーー!)


 ところが、ニクラスの憂い顔は晴れない。

 

「夫……ああいえ、僕のことはどうぞお気になさらず」

「はい……」


 エルヴィナは当然、息子を差し置いてシュタイン公と仲良くなってしまったから、と思っているが――


 鍛治ギルドに顔を出すニクラスと別れ、大浴場から部屋へと戻っていると、リオネルがエルヴィナに「大丈夫ですか?」と声を掛ける。


「え?」


 リオネルはエルヴィナの隣を歩きながら、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。

 

「悩んでいるように見えたので、何かあったのかと」

「あ! はい、ちょっと温泉計画を練り直す必要があるなと、考えごとをしておりましたの」

「そうですか。あまり根を詰めないように。すぐに王都へ帰らなければならないですし」

「そう、ですわね……温泉の入り方指南だけでもと思いましたのに……狩人の皆様はお忙しそうで、どうしたものやらと」


 ただでさえ、季節は冬になる。

 今のうちに獣を狩って塩漬け肉を蓄えたり、毛皮を取ったりして、寒さに備えている時期だ。

 森に入って木を切り、暖炉のための(まき)を作る仕事もある。


「その、入り方指南とやらは、難しいのですか?」


 エルヴィナの部屋の扉前で立ち止まると、リオネルは顎に手を当てながら問う。

 

「いえ、お風呂の入り方だけですから、見様見真似で十分ですわ」

「ふむ。ならば、この町の女性や子どもたちだけを集めたらどうでしょう」

「え!」


 リオネルの考えが聞きたくなり、エルヴィナが部屋の中へ誘うと、リオネルは微笑んだ。

 

「今日は、一緒に夕食を取りましょうか。食べながら話した方が早いでしょう」

「お願いいたしますわ!」

 

 すると背後に付き従っているバドは、大きく息を吐く。


「ったく、また訳分からんことはじめそうだな」

「エルヴィナ様らしいですぅ〜!」

「おいメグ。そうやって楽しそうな顔してるけどな。あいつの世話すんの、ほんとに大変なんだぞ?」

「バドさんこそ、お忘れですか。わたし、毎日お嬢様に付き合って、神殿通ってましたよ」

「ああ? 俺なんてな、小島にでっけえトカゲがいたとかなんとかで、探すの一日中付き合わされて」

「それを言うなら、過去の台風の記録。神殿図書館で遡れるだけ調べまくりましたよ!」

 

 突如として、神殿騎士とメイドがマウント合戦を繰り広げ――


「ふふ。なかなか活発なご令嬢だったのですね」

「お恥ずかしいですわ! もうやめて、二人とも!」


 真っ赤になったエルヴィナを、リオネルはニコニコと眺めていた。


  $$$


 その翌日。急遽宿屋の大浴場に集められたのは、この町に住む、子どものいる女性たち。


「いきなりお湯に入っては、危ないです。こうして、掛け湯をしてくださいませ」


 エルヴィナのセリフに合わせて実践をして見せるのは、短い袖に、スカートの裾を縛ったメグだ。膝から下に、木桶で丁寧にゆっくりお湯を掛けてみせている。


「今はお洋服を着ておりますから、あのように足だけですが。実際には、お湯を掛ける場所を徐々に上げていって、胸の辺りまで掛けてから、湯船に入ってくださいませ。心の臓がびっくりするのを防ぎますのよ」


 エルヴィナの言葉に、全員真剣に耳を傾けている。


 ――温泉は、狩りに出かけた男たちのもの。


 どうやら、この町にはそういう認識が根付いていたらしい。

 リオネルのアイデアで女性たちに声を掛けたら、第一声が「女でも入っていいのか」という困惑の反応ばかりだった。


『良いのです! きちんと仕切りをして、女湯を作りますから!』


 エルヴィナが声高に『シュタイン公にも話は通している』と言うと、女性たちは途端に顔を輝かせた。


『実は、男ばかりずるいと思ってたんだよ』

『これから寒くなるし、余計にね』

『ぜひ! ただし、疲れを癒やしてくれるお湯なのに、汚れた体で入られては、せっかくのお湯も汚くなってしまうでしょう。旦那様たちにも、正しい温泉の入り方を教えてあげてくださいね』


 子どもたちを連れて『温泉指南』に参加した女性たちは、皆が皆ワクワク顔だ。

 エルヴィナはキビキビと動きながら、メグのお手本を通じて、実際の入り方を説明している。


「ねえ! 僕、もう入りたい!」

「あたしも!」


 退屈してきたのか、子どもたちが騒ぎ始めたので、いよいよ本番だとエルヴィナは大きく息を吸った。


「そうですわね! さあ、ちゃんと入れるかしら?」

「入れるよ!」

「任せてっ」


 子どもたちと連れ立って、建物へ戻る。

 そこには、日本と同じように、壁際一面に棚が取り付けられ、籠が並んでいた。


「さあ、どの籠にする?」

「あたしこれ」

「僕の!」

 

 脱いだ衣服を入れ、湯船に入る前に体の汚れを掛け湯で流す。

 教えた作法を皆しっかり守っている様子に安心して、エルヴィナは脱衣所から外へ出た。

 

 廊下には、女湯に紛れ込む者がいないようにと、宿の人間が立っていて――すでに二、三人覗きに来たのを追い払った、と苦笑された。

 

「さて、外はどうかしら」

 

 大浴場の壁の向こう側は、外に足湯を作ってあり、すでにシュタイン公とリオネルが並んで足を浸して、会話している様子だ。


「おお、女湯はどんな様子だ?」


 気さくに笑うシュタイン公に、エルヴィナはわざと頬を膨らませる。


「覗きに来るような不届者への罰を考えねばなりませんわ!」

「ダハハ! そりゃあキッツイのを考えにゃならんな! どうするリオネル」

「そうですね……掃除が良いのでは。広いですからね、大浴場」

「お優しいこったなあ。俺様なら、嫁の裸見た犯人全員、真っ裸にしてこっから吊るしてやるけどな」


 足湯の屋根を指さして、ヘルムート・シュタインがニヤリと笑い、用事があるからまたな、と足湯から上がって去っていく。

 

「……なるほど。エリーの裸体を見た者……」

 

 リオネルはしばらくボソボソと呟きながら何事かを考え、やがて

「斬首が妥当です。見せしめのための首棚をここに設置しましょう。そうですね、ちょうどこのぐらいの高さで……というのは冗談ですが。掃除では甘い。間違いなく粛清対象ですね」

 と大真面目な顔で告げた。


 当然、周囲で様子を見ていた男どもは震え上がり、口々に町の仲間たちへ伝えた結果。


 

 温泉作法を間違えたら、ジャルダンの宰相が晒し首にすると豪語していた、となり――どんな荒くれ狩人も、非常に礼儀正しく温泉に入るようになったらしい。



「女湯を覗くだけで斬首ですの?」

「だけ、という問題ではありませんよ。絶対に起こってはならないことです」


 幸いにも? エルヴィナは、やはりリオネルはとても正義感の強く真面目な人だ、と思ったのだった。

 

  $$$


「……おい、メグ。俺思うんだけど。もうさ、契約結婚じゃなくねえか?」

「はい〜! ガチですぅ〜!」

「だよなあ。あんないっぱい書いた契約書、どうすんだ……?」


 するとメグは、にへらっと満面の笑みを見せた。


「破っちゃえば、いいんですよぉ〜! ビリビリっとね〜! きゃっきゃっ」

「お前も大概、やばいやつなの忘れてた……」

 

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