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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第三章 国家元首と温泉

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第20話 癒しの温泉の後の、不穏な報せ


「……本当に、良かったのですか?」

 

 ジャルダンへの帰途、馬車の中でリオネルにそう尋ねられたエルヴィナは、迷いなく頷いた。


「もちろんですわ。癒しの石など、わたくしが持っていたところで、宝の持ち腐れというもの。それよりも、他国への利益供与と見なされないかが気がかりでしたけれど」

「それについては、問題ありません。もともと、ノインベルクで見つけたものを、そこへ返しただけの話ですから」

「安心いたしました」


 エルヴィナは、旅館の湯殿に温かな湯が再び湧いているのを確認した後で、アクアに頼んでみた──『源泉に癒しの石を置いてきてほしい』と。

 久々にタブレットから現れたアクアは、相変わらずエルヴィナにしか姿を見せなかったが、嬉しそうに笑って快諾してくれた。

『エルヴィナなら、きっとそうすると思ってた。任せて!』


 そしてそのことを、シュタイン公にだけ打ち明け――


『そりゃあ、我が国は潤うに違いねえ。けど、ジャルダンは……』

『優秀な宰相がおりますもの。ご心配には及びませんわ』

『うは、惚気られちまった!』


 潜伏先から意気揚々と下山したシュタイン公は、自ら温泉に浸かり「傷が良くなる、奇跡の湯だ」と大げさに触れ回った。

 実際エルヴィナも入ってみたが、本当に見違えるように体力が回復した。源泉にあの小さな石は、果たして効果があるのだろうかという不安は、一気に吹き飛んでいる。


 帝国がどのような出方をするかは賭けだったが、シュタイン公は『山脈からの補給線確保は非常に難しい問題だ。水不足なら余計に、そんな体力はないだろう。武力じゃなく政治力で来るはずだ。俺がいるからには好きなようにはさせねえから、心配には及ばん』と頼もしいことを言っていた。

 

 ニクラスは『あれほど心配していたのに!』とシュタイン公を叱責したが、結局は『まったく、敵わない』と肩を落としていた。


『エルヴィナ様は、本当に賢くて明るいお方です。……宰相閣下が羨ましい』


 別れの際、名残惜しげに見送ってくれたニクラスに、エルヴィナは微笑みながら、あえて何も言わずにいた。

 ――その想いに気づかないふりをするのが、大人の礼儀というものだろう。

 


 ガタガタと揺れる馬車の中で、エルヴィナはノインベルクで過ごした時間を思い返し、充実した表情を浮かべていた。

 シュタイン公の怪我という衝撃的な通知を受け取り、山登りをして癒しの泉を見つけ、アクアに出会い。さらには国家元首へのプレゼンも成功を収めた。

 日数としては短くとも、非常に濃厚な新婚旅行となったことが、嬉しい。

 

 一方でリオネルは、浮かない顔をしている。

 

「これは、契約結婚です。エリーはいつでも解約できる立場にあります」


 本当に良かったのかという最初の問いは、癒しの石だけでなく、結婚自体にもかかっていたのか。

 エルヴィナはリオネルの意図をはかりかね、率直な表現で尋ね返す。

 

「何を仰りたいのですか?」

「ノインベルクに残るという選択肢もある、ということです」


 エルヴィナは思わずカッとなってリオネルを睨んだが、彼が悩ましげに葛藤しているのが見て取れ、すぐに怒りの矛を収める。

 やはりこの人には深い思いやりの心があるに違いない、と確信したからだ。深慮の挙句に、疲れ切って人付き合いを遠ざける――その気持ちも、今なら理解できた。

 だからあえて、明るく言ってのけることにする。


「あら。せっかくシュタイン公に『優秀な宰相補佐』とお褒めいただいたのです。それに、リオ一人で王宮内を立ち回れるとでも? 今度こそフロランが倒れますわよ?」


 置いてきた宰相書記官は、きっと今頃瀕死になっているだろうと想像すると、不憫でならない。

 

「エリー……時には汚いものも、見てしまうことになりますよ。その時、後悔はしないでしょうか」


(ああ、なんて優しい人なのだろう。無気力なんかじゃない。思いやり宰相なんだわ)


 エルヴィナは竜神に多大なる感謝の念を抱いている。自身の魂を褒めてくれ、新たな人生をくれたからだ。

 恩返しというと烏滸(おこ)がましいから、生きていく指標にさせてもらっている。

 そんな自分が出会ったのが、この信心深く優しい宰相だ。このご縁を大切にしなければと強く感じたエルヴィナは、リオへ断言した。


「後悔などいたしません。申し上げたでしょう? わたくしの願いは、人々が癒され、竜神様のお力が正しく伝わることです。リオと共に、成し遂げたいと思います」

「では私は、誓います。あなたを守ると」


 ドキン! とエルヴィナの胸が高鳴る。

 リオネルは、真剣な目で真正面からエルヴィナを見据え、左胸に右手を当てている。


「エリーはいつも前向きで、素晴らしい提案をする。それは良いことですが、敵を作ることにもなりかねないのです。ですから」

 

 真摯な誓いに、エルヴィナはあえて微笑んだ。


「まるで騎士の誓い、ですわね。大変光栄ですわ」

「こちらこそ。エリーの騎士に、ならせてもらえるだろうか」

「もちろん! わたくしは、あなた様を支えると誓います」

「エリー……嬉しいです」


 馬車の中での誓いは、形式ばった結婚式の時よりも、二人の絆を深く結びつけたようだ。


 ――その証拠に、馬替えに立ち寄った町で、バドが二人の様子を見て少し頬を染める。


「うわ。なんかまじで新婚夫婦見てる気分!」

「「え?」」

「無自覚かよ!」

「ふああ〜〜〜奥様が、奥様ですぅ〜〜〜〜!」

「どういうこと?」

 

 エルヴィナはリオネルと顔を合わせてみるが、リオネルも分かっていないようで、首を捻っている。


「ったく、そういうとこだろうが」

「ひゃああ〜、知らない間に〜〜〜!」

 

 バドとメグに揶揄われながら、ジャルダン王都への帰路を順調に進んでいく。

 そんな一行が途中で立ち寄ったモーリアには、王都から不穏な手紙が届いていた。

 

   $$$


「帝国から、第一皇女が来る? なぜですの?」


 モーリア邸の、応接室。

 ゆっくりと体を休めてから王都に戻ろうという一行を歓待したモーリア子爵は、憂鬱な表情を隠さず、テーブルの上に置かれた一枚の紙を見つめている。


「分からん。ただ、来るとだけなんだ。そして竜神神殿に行くためモーリアを通るから歓待せよ、と陛下のご意向が」


 今朝、王都からゲートクリスタルへ届いたという通知だ。

 それには、ランジュレ帝国第一皇女、エメ・ランジュレが使節団と共にジャルダン王国を来訪する、と書かれているらしい。

 険しい顔のリオネルが、唸るように言う。


「陛下のご意向……私の裁可なく外交判断を下すとは考えにくい。何者かが、私の留守を見計らって押し進めた、と考えるのが妥当でしょうね……」


 リオネルの言うことは、尤もだった。

 

 国民に明るいニュースをという国王の指示で、主要街道には『宰相が新婚旅行で立ち寄るので、歓迎せよ』と通達されており、実際何度も歓待を受けた。

 最初は気恥ずかしかったエルヴィナだが、皆が皆「おめでとう」と明るい笑顔で言ってくれるのが嬉しくなり、決断して正解だったと思えた頃に、この報せである。


 はっきり言って、嫌な予感しかしない。

 

 シュタイン公の掴んだ情報が正しければ、帝国は深刻な水不足で、第一皇女は「水の巫女」を自称している。

 故意か偶然か、エルヴィナとリオネルがモーリアに帰還した日に、来訪の報せが来る。

 何かを画策しているに違いない、と推察するのが妥当だろう。

 

「お父様。お耳に入れたいことがございます。お人払いを」

「エルヴィナ⁉︎」


 モーリア子爵には、いずれシュタイン公からの手紙が届く。情報共有が早いことに越したことはない。

 リオネルも強く頷き、バドや護衛へ扉の外での警護を指示する。メグは、他の侍従やメイドたちに、速やかな退室を誘導する。


「なんか……大事みたいだね。分かったよ」


 気の優しい子爵は、ぎゅっと目を瞑ってから、大きく深呼吸をした。

 同時に、エルヴィナの持つタブレットが、《ピロン》と電子音を響かせる。


「っ!」


 エルヴィナが画面をタップすると、もはや見慣れたウィンドウがポップアップしていた。


《国境監視アラート》

 ランダン山脈の麓の森にて、魔力の大きな乱れを検知。調査しますか?

 調査には神恩ポイント5000ptを消費します。

 (現在の所持ポイント:25880pt)

 ▶ 調査する

 ▶ キャンセル


 ランダン山脈は、帝国との国境に横たわる大きな山々だ。超えるのは大変だが、道がないわけではない。

 つまり、相手方はかなり近くまで来ている、ということだ。近々王都に到達し、モーリアを経由して竜神神殿に行くに違いない。

 

「エリー、今度はどんな占いが」

「え、その板、やっぱり魔導具だったのかい?」


 緊迫したリオネルと、今さら感のモーリア子爵を、エルヴィナは交互に見ながら告げる。


「帝国の使節団が、どうやら国境まで無事に辿り着いたようです。おそらく――魔法使いを連れて」

 

 エルヴィナの脳裏に、神殿の魔法使いであるヤームの顔が浮かぶ。


(ヤーム……結界、直してくれているかしら……)


 喉をゴクリと鳴らして唾を飲み込むが、ざわりとする嫌な予感は、胸から消えなかった。

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