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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第三章 国家元首と温泉

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第19話 竜神様の癒し街道プラン


「あっ! ということは! 温泉! 復活しますのね⁉︎」


 勢いよくガタッと音を鳴らし、椅子から立ち上がったエルヴィナに、この場の全員が注目する。

 背後のバドからは呆れた様子がダダ漏れているが、それを気にするようなエルヴィナではない。

 リオネルはというと――


「エリーがこだわっている、その温泉というのは、それほどまでに良いものなのでしょうか」


 考え込む様子で首を傾げ、顎に拳を当てている。

 

「もちろんです!」


 両手を体の前でぎゅっと握ったエルヴィナを、シュタイン公は機嫌良く眺めていた。

 

「はっは! 俺がここを潜伏小屋に選んだのも、温泉があったからだ」

湯治(とうじ)、ですわよね⁉︎」

「おぉ、よく知ってんなあ」


(この世界にも! 湯治という概念があった!)


 温泉地に長期間逗留して、温泉の効能で病気や怪我を治す。

 血の巡りは良くなり、熱いと冷たいを繰り返すことで自律神経も整い、メンタルにも良い。

 エルヴィナは脳内で密かに立てていたある計画を、話したくてたまらなくなった。


 だが今は、それが許されるような状況ではない。


「あの。このような深刻な事態であるのに、浮かれてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 頭を下げてから、ゆっくりと椅子に腰を落とすエルヴィナ。椅子の背もたれを、バドが持って押し整えてくれるが――その圧に「お前はまたか」を感じざるを得ない。

 またやってしまった、と肩を落とすエルヴィナの隣で、リオネルがおもむろに口を開いた。

 

「察するにエリーは、その湯治? のことで、シュタイン公に言いたいことがある。違いますか」

「えっ」


 バッと顔を上げると、リオネルの緑色の目と目線がかち合った。あれほど鋭くて厳しい、と思っていたのに、今は煌めいて見えるから不思議だ。


「であれば、シュタイン公。いま緊迫するこの局面だからこそ、実益のある打開策が必要です。我が妻のプレゼン――いえ、提案を、どうかお聞きいただけますか。両国にとって利のある話であるはずです」

「リオ……!」

「ほお、興味があるなあ」


 豪快なノインベルクの国家元首は、さすが懐が深い。同時に、このようなプレゼンを今しても良いのだろうか、とエルヴィナは不安になる。

 

「ですが、ヘルムート様。今は帝国の……」

「うん。それなんだがな、嬢ちゃん、は失礼か。エリー」

「はい!」

「国として国に対抗するには、国力が必要だ。わかるか」

「っ、なんとなく、ですが」


 前世のニュースで、経済がどうの政治がどうのと、自分とは無関係な次元のような気持ちで聞いていたが、きっとそのようなことだろうとエルヴィナは推測した。

 

「癒しの泉を見つけ、アクアを持ち、湯治を知っている。そんなエリーの提案、この俺様が聞かねえわけないだろ。いいから遠慮なく話せ。怒らねえから」

「っはい!」


 エルヴィナは、テーブルの上にタブレットを出し、画面を起動させた。他の三人は、その画面を覗き込むように大きく上体を傾ける。


「こちらは、わたくしが竜神様より賜りましたタブレット、という魔導具ですの」

「ほお!」


 液晶画面をシュタイン公に向けると、顔を輝かせた。


「すげえ……どんな仕組みだ?」

「それは、分かりませ……んっ⁉︎」


 今までは水色バックグラウンドに、アプリアイコンが並んでいるだけだった。その画面に、キラキラとガラスのように輝く小さな青いとかげが、泳いでいる。


「アクア⁉︎」


 呼びかけると、ビクッと大きく体を揺らしてから、シュルッと画面の端へ引っ込んでしまった。


「ふはははは! こいつは驚いた!」

「っ、本当に、驚きですね」

「まじかぁ」


 三者三様の驚きを受け止めたエリーは、むしろ冷静になった。

 商談でも、最初に顧客の興味を掴む――俗にいう『冒頭』だ――のが最も大切なことだ。今、それが成されたという実感があった。

 

「えー、おっほん。というわけでですね、わたくしがご提案申し上げたいのは、竜神様の癒し街道プラン! ですわ!」

「「「癒し街道プラン?」」」

「はい! これは、ノインベルクとジャルダン、双方に良い経済効果がございますの。今ジャルダンは台風被害で、未だに王都から竜神神殿に渡ることができないのはご存知ですか」

 

 シュタイン公は姿勢を正して大きく頷いた。


「もちろんだ。観光客が減ったら、ジャルダンはやっていけねえだろ。なあ宰相殿? その割に何も政策やってねえ無気力って噂だったが?」

「……否定はしません。王宮内の勢力図を調整するなんて大役、私には荷が重い」

「あ〜、若造って舐められてっからな」

「お恥ずかしい話です」


 エルヴィナは、瞠目する。

 本人が望んで無気力になった、となぜ思い込んだのだろうか。

 目の前のリオネルは、理知的で建設的な思考を持ち、何より手を優しく握ってくれるほど思いやりがある。


「リオ……」

「私のことは気にせず。さ、続きを」


 リオネルに促されて、エルヴィナは気を取り直し、タブレット画面にノインベルクとモーリアの周辺地図を表示させた。

 その地図を指差しながら、説明をする。

 

「ええと。王都はそのような状況ですが、モーリア橋からは今までと同様、竜神様の小島へ渡ることができる。ただ、モーリアは……このように非常に不便な土地です。主要街道からは外れ、立ち寄るに値するほどの観光資源もない。ですが」

「そうか! そこで、温泉、だな⁉︎」


 シュタイン公が、我慢できずに先に結論を言ってしまい、やべっという顔をした。

 だがエリーは不快ではない。それほどまでに、きちんと()()()という手応えだからだ。


「ふふ。仰るとおりです。ノインベルクのこちらの土地は、主要街道から……このように、さほど遠くはございません。温泉を主な目的地と設定して、モーリアを経由して神殿に寄ってから帰る。旅程として大々的に宣伝するのです」


 地図の上をなめらかに滑るエルヴィナの人差し指の先を、成人男性三人が夢中になって目で追っている。やはり言葉だけでなく視覚で訴えることには、大きな効果があるのだと実感できた。

 

「だが、ここは宿場町ってわけでもねえ。投資するにも」

「シュタイン公。ある程度の投資は必要です。温泉税で回収されてはどうですの?」

「温泉税……!」

「はい。温泉に入る顧客一名につき、わずかな税金を課しますの」

「そうか、抵抗ない金額を代金に上乗せして、回収すりゃいいか。宿屋も客が増えれば売上も上がる。そっちの税収も増える。まあ、うまく呼び込めればの話だが」


 きた! とエルヴィナは思わず腰を浮かせる。もちろんその対策はしてあった。


「こちらのグラフが、昨年の竜神神殿参拝者数のうち、北側から訪れた割合ですわ。温泉効果で大体五パーセント増を見越すとして、一人につき銅貨一枚課すと、税収はこれぐらいの試算になります!」

「ああ? パーセン? は分からねえが、計算根拠は後でうちの書記にさせよう。見込みにしたってこりゃ、いい数字だな」


 うんうんと深く頷くシュタイン公だが、ギロリと意地悪な目をエルヴィナへ向ける。


「嬢ちゃん――いや、エリー……お前さん、本当に商売が上手いな。乗ってやろうじゃねえか。けどな、課題は山積みだ」

「……はい」

「資材も人手もねえ中で、どうやって施設を整備すんだ。施政者ってのは夢じゃなく、実務で語らなきゃいけねえ」

「それは」


 グッとエルヴィナは拳を握りしめた。ここが一番肝心なポイントだからだ。


「この事業は、モーリアとの協業。地域連携型モデル、ですわ!」

「ああ?」

「つまり、人手も資材も、モーリアと協力体制で行なっていくのです。今のモーリアは台風被害が残っていて、水が完全に引けるまで畑仕事はしばらく休みという場所が多い。風で倒れてしまった木も、大量にあります。今なら、人材も資材も確保できます! 持ち出しや利益分配をきっちりと契約ごととして決めれば」

「ふむ……それが成り立ったとして、どうやって客を呼び込む?」

「温泉の広告宣伝塔はシュタイン公。御自らお願いいたしますわ!」

「何?」

「シュタイン公のお怪我。知らない者はいないぐらいに噂が広まっております」

「ああ、まあ。わざと広めたしよ」

「それです。温泉に入ってたら、治った! と。湯治の概念を広めるのです」


 画面の端で、アクアが小さく頷くように、ふるりと身体を揺らした。水かきのついた小さな手には、白く光る石が握られている。

 エルヴィナは、頭の隅で考えていることがあった。癒しの石を使った、特別な温泉があれば――

 

 どん! とシュタイン公の拳がテーブルの天板を打った。タブレットがわずかに浮き上がって落ち、エルヴィナは慌てて割れがないかどうか目と指で確認する。

 

「ああすまん! 興奮しちまった! こりゃあすげえ。温泉で体を整えて参拝。竜神様も大喜びだ」

「はい! ですがその、巡礼には国境を越えることになります」

「この町からモーリアへ、定期乗合馬車を出しゃあいい。なあに俺とモーリア子爵との仲なら、ちょちょっと手紙出しゃすぐだろ」

「っ! ご慧眼、お見それいたしました」


 タブレット画面から手を離し、頭を下げるエルヴィナの肩を、シュタイン公はぽんっと叩いた。

 

「はっはっは! 驚いたぜ! 信心深いだけじゃなくて、こんな提案までやってのけるなんてな。っかー、ますます惜しい。新婚ならまだ遅くねえ。今からでもニクラスの嫁に来い。モーリアも近いし歓迎するぜ!」

「えっ⁉︎」


 確かに新婚であるし、しかも契約結婚だ。リオネルに「では契約は破棄で」と言われたら、そうなってしまう。

 ニクラスは確かに善人であるが、エルヴィナにとってはこうしてリオネルと共にプレゼンすることが楽しく、かけがえのない時間になりつつある。それがなくなってしまう、と一瞬のうちに恐れ、リオネルを振り返る。

 するとリオネルは、冷え冷えとした空気をまとっていた。

  

「お戯れはおやめください、公」

「だっはっは! 冗談だ、冗談」

「冗談には聞こえません」

 

 段々険悪になってきた空気に、エルヴィナがオロオロしていると、バドが口を挟む。


「それより、早くしないと日が暮れますよ。ここに泊まるのは、俺らはいいですけど、エリーは困るんじゃ?」


 助けの一手に、エルヴィナは即答した。

 

「困ります!」


 むさ苦しい男性陣の中に女性一人で泊まる勇気は、さすがにない。

 しかも契約には『寝室は別』が明記されているため、リオネルと共寝することは許されない。かといってバドも……とぐるぐる考えているエルヴィナに、シュタイン公は眉尻を下げた。


「すまん。ちっと意地悪言いすぎたな。無気力宰相と結婚とか不憫だなーと勝手にお節介焼いただけだ。いらねえ心配だったな。息子には諦めろって言っとくから安心しろ」

「え⁉︎」

「珍しく、色々世話焼いてるみてぇだったからよ。隙あらばと思ったんだが」


(確かに色々お世話してくれる、とは思っていたけど……)


 エルヴィナがキョトンとしていると、リオネルがジトッとシュタイン公を睨む。

 

「はあ。人妻に懸想するなど、どうかと思いますが」

「ああ? おまえさんが他人行儀だからだろ。新婚の距離感じゃねえって聞いたぞ」

「うぐ」


 先日のバドの指摘が、大当たりである。リオネルは何度も眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら、発言した。

 

「と、とにかく。『竜神様の癒し街道』は実行する方向で調整をしていきましょう。王宮内は、私が説得します」

「嬉しいです!」

 

 ぱあっと目の前が開けたエルヴィナに、シュタイン公は手を差し出した。


「こちらとしても助かる提案だ。よろしく頼む」

「ハイ!」

 

 ぎゅっと握り返した頼もしい力強さに、感極まったエルヴィナはフンスと勢いよく鼻息を漏らす。


「絶対に実現して、むしろ帝国の皆さんも癒やしちゃいましょう!」

「おう、頼りにしてるぜ。宰相補佐としてもな」

 

 エルヴィナの気合いに――少し険悪になった場の雰囲気が、一気に明るくなった。

 笑顔でシュタイン公とリオネルも握手を交わし、潜伏小屋を後にする。


「これから忙しくなりますね」

 

 山道を歩くリオネルの声が心なしか弾んでいることに、エルヴィナは心の底から、嬉しくなった。

 

「はい。わたくしの願いはただ一つ。人々が癒され、竜神様のお力が正しく伝わりますように――その道を、共に歩んでいただけませんか?」

「もちろんです」

「おう!」

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