第18話 国家元首との邂逅
ギャアッとまた何かの鳥の鳴き声がしたかと思うと――ガサガサと音を立てて、背の高い草花が動いている。
それからいくらも経たずして、真ん中にぽっかりと穴が空いた。
穴の向こうにうっすらと人影が見えたかと思うと、わっはっはと豪快な笑い声がした。
「ぃよう、宰相! 自ら来るとは、根性あるじゃねーか」
「相変わらず気安いですね、シュタイン公」
「だっはっは。この俺様自ら出迎えてやったのに、つめテェな」
焦茶色の口髭をたっぷりと蓄えた琥珀色の瞳の男性が、笑顔で中へ入るよう促す。迫力があるが、目は優しい。右腕と左膝に包帯を巻いているものの、動きに違和感はない。
「えっ! シュタイン公ご本人、ですの⁉︎」
「おうよ。可愛い嬢ちゃん。なんもねえけど、茶ぁぐらいは出すぜ。そこの護衛も、警戒とかいらねえから。まあ入れや」
豪快さに圧倒されつつ、案内に従って歩を進める一行の目の前に、一棟のロッジが見えてきた。
ウッドデッキには、武装した男性が三人。肩に弓矢、腰に大ぶりナイフを下げていて、物々しい。こちらをぎろりと睨んでいるし、一人は弓矢の矢尻に手を掛け弓を緩く構えている。
「知り合いだからヨォ、大丈夫だ〜!」
シュタイン公の声掛けで、ようやく殺気がなくなった。
室内へ足を踏み入れながら、ニヤァとシュタイン公は口の端を吊り上げる。
「悪りぃな。嫌な客が頻繁にこの辺荒らしてやがるから、気が立ってんだ」
「いえ。それよりも嫌な客とはまさか」
「まあまあ。まず座れ」
中には暖炉やソファがあり、想像よりも広い。ダイニングテーブルは丸太を切ったもので、床には獣の毛皮が引いてあり、いかにも狩人の隠れ家だ。
「失礼します」
「嫌な客、に心当たりあるとはさすが宰相だなあ」
ヘルムート・シュタインはテーブルに着くや否や、真正面に腰掛けたリオネルへ鋭い目を向けた。エルヴィナはその左隣に座り、バドは二人の背後、少し離れた場所に立った。
シュタイン公は、先ほどまでの明るい態度とは一変、為政者としての威厳を放っている。
リオネルは、眼鏡のブリッジを人差し指でかちゃりと押し上げた。
「帝国の使者と、お会いになられたようですね」
「……腹芸は無しだ。どこまで知ってる」
「何か無茶なことを要求されたこと。一方で我々は癒しの泉を見つけましたが、無関係ではない。違いますか?」
「っ! お前、それ」
「ご安心ください。泉のことは、ここにいる我々しか知りません」
「それは、っ、分かった。だが見つけるのは不可能なはずだ」
「枯れていたから、でしょうか」
シュタイン公はぐぬぅ、と唸るだけだが、肯定したと同義だ。
リオネルは、立て続けに事実を告げる。
「我が妻のエルヴィナが水の精霊アクアに会い、竜神様のご慈悲でもって癒しの泉を復活させました」
「なっんだと! それに、妻ぁ⁉︎」
思わず声の裏返ったシュタイン公に、エルヴィナは深々と頭を下げてから微笑む。
「ジャルダン王国宰相の妻となりました、エルヴィナ・モーリア。じゃなかった、ジリーですわ」
「モーリア子爵んとこの、信心深い娘か」
「父をご存知ですの?」
ガハハとシュタイン公は豪快に笑う。目尻に刻まれた深い皺は、笑い皺だと分かった。
「そりゃ国境近くの領主ってんなら交流もあって当然だろ。あんま似てねえ! 別嬪さんだな。なんだよぉ、ニクラスの嫁に欲しかったのに」
「まあ!」
エルヴィナが驚くと同時に、リオネルがハアと大きな溜息を吐く。
「世間話は後にしましょう。それよりこれからどうしますか」
「……どうするもこうするもねえよ。俺はこうして隠れてるだけだ。そっちこそ、どうする」
「帝国は、癒しの泉が欲しかったのではないのですか?」
リオネルの問いに、シュタイン公は眉根を寄せる。
「そう思っていたんだがな。違うかもしれん」
「違う……ではやはり、水の精霊でしょうか」
「ふむ。帝国の情報はどこまで掴んでんだ?」
「正直、あまり。山脈を超えてくる情報は錯綜していて、真偽の精度が低いのが現状です」
「だよな。奴ら、わざと撹乱しやがって。混ぜ物も多いからなあ」
エルヴィナは二人の会話を聞きながら、不謹慎にもワクワクしてしまった。
(トップ会談、しかも密談ってやつよねこれ……やっぱりどの世界も、情報戦が重要なのね)
インターネットのないこの世界、情報伝達は口伝えや手紙に頼るしかない。
間に人が入れば入るほど、正しさは薄まっていく。手紙は奪われることを考えて、断片的な情報のやり取りしかできない。
ゲートクリスタルとガイドクリスタルは、交流がある者・場所同士を繋げる性質上、敵方の情報を仕入れることは難しいのが現状だ。
「けどな。俺が集めた情報を繋ぎ合わせると、見えてくることがある」
テーブルに肘を乗せて身を乗り出したシュタイン公は、鋭い目つきをリオネルへ向けた。リオネルはそれに臆することなく、対峙している。
「なんでしょう」
「山のこっち側に台風で大雨が降った一方、帝国は長い乾季で水が不足している。灌漑工事も追いついてないようだから、食糧不足に陥るのも時間の問題だろう。そんな中、第一皇女が竜神様から御神託を受けたって話がある。我こそは、水の巫女だと」
突拍子もない情報に、エルヴィナは動揺の声を上げた。
「竜神様の、御神託⁉︎ そんなっ」
毎日竜神神殿に通い、神恩ポイントを保持している身として、自分にそのような通知が何もないのはおかしいのではないか――そんな疑念が沸々と湧いてくる。
事実、ノインベルクの国家元首ヘルムート・シュタインは怪我を負っていたし、その通知に従ってここに来て、癒しの泉を見つけた。これこそ御神託のようなものだと思っていた。
「俺も眉唾もんだと思って色々調べたんだが、水不足で帝国民からは怨嗟しか聞こえてこん。落ち着かせるための嘘……にしても皇帝自ら大々的に流布してるきらいがある」
その言葉に、リオネルが首を傾げる。
「にわかに信じがたいですが、皇帝自ら流布、となると御神託への信憑性が高いということですね」
到底受け入れがたいニュースだ、とエルヴィナは耳を塞ぎたくなる。今まで自分は、毎日神殿に通い、神の加護のバロメーターと言っても過言ではない『神恩ポイント』を貯めてきた。それだけでなく、竜神の住むという小島を歩いて記録をし、神職よりも詳しい自負がある。
「わたくしは! 帝国の第一皇女殿下が、どのようなお方か存じませんが。神殿ではそのようなこと聞いたことはございません」
「モーリアの嬢ちゃんよ。あそこにゃ、やんごとなき人間が多数出入りしてる。そこのリオネルもだ。けど、それを漏らすようなところじゃねえ」
「ですがっ」
エルヴィナは、手の中にあるタブレットをぎゅううと握りしめる。
ここに通知がないのなら、きっとそれは事実ではない。そう伝えたいが、信じてはもらえないだろうし、おいそれと他人に話せることでもない。
葛藤で震えてくるその拳を、そっと何かが包み込む。
「落ち着きましょう」
「リオ……」
リオネルの手だった。温かく、力強い。
「帝国の目的が、『水』だとすると。アクアを持つエリーの身が危険になります。すぐに対策を練らなければなりません」
静かに諭すような声で、エルヴィナは冷静さを取り戻すことができた。
「……そう、ですわね。取り乱してしまい、失礼いたしました」
「いやあ、それはいいけどよ。今、アクアを持つって言ったか?」
「ええ」
「そりゃ、たまげたな! 気難しい水の精霊で、誰も会ったことないって言われてんだぞ」
「え! でも、確かにアクアと名乗り、癒しの泉はここだと案内をしてくれましたの。実際、底には癒しの石が数多くあって、水が湧いたらキラキラと光っていましたわ」
「どうやら本当みたいだなあ。参ったなこりゃ。霧ぐらいじゃ不安になったぞ。もっと強力な結界を張りに行かにゃ」
「あの霧は結界でしたのね! もっと強力というと、ここの入り口にあったような?」
「おう。リオネルが切ったやつな。張り直すの大変なんだぞ?」
リオネルが、シュタイン公の恨み節を丸っとスルーしているのを見たエルヴィナは、ニクラスの善人のお手本のような顔を思い出していた。
「そうだったのですね……だから、ヘルムート様以外は知らない、と」
シュタイン公は腕を組んで目を閉じ、何度も深く頷いた。
「ここだけの話だがな。癒しの泉を帝国の奴らが狙ったのは、この世界の水源と関わりがあるからだ」
「っ、アクアも、そう言っていました」
「ああ。ここらの温泉が出なくなったのも、そういうことだ。俺が睨んだ通り、帝国では相当深刻な水不足が起きている可能性があるな……」
そこでエルヴィナは、ピンときてしまった。
「あっ! ということは! 温泉! 復活しますのね⁉︎」




