表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第三章 国家元首と温泉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/32

第16話 潜伏と、帝国の影


 日没寸前。

 

「あああああお嬢様ああああああ!」


 山を下りて町の宿屋に戻ると、メイドのメグが半泣きで飛び出してきた。


「心配かけてごめんね、メグ」

「おかえりなさいませ〜! ほんとにご無事で、よかったですうう……!」


 ニクラスは夕食を共にどうかと誘ってくれたが、エルヴィナは疲労を理由に遠慮し、宿屋の玄関先で別れを告げた。


「……ああ、疲れた……」


 前世では、営業活動で一日中歩きっぱなしが普通だった。

 今世では、毎日竜神神殿のある小島に通っていて、体力には自信があった。


 それでも山道は別物だった。違う筋肉が悲鳴を上げている。


 部屋のソファに腰を下ろし、湯浴みの用意を頼んでいる間にお茶を一口。ほっと息をついたエルヴィナは、護衛のバドを見上げて微笑む。


「バドって、やっぱり化け物ね。装備も剣も背負ったまま登るんだもの」

「ん? まあ、仕事だしな。それより、宰相閣下があんなに動けるとは思わなかったよなあ」

「書類仕事ばかりなのに、意外だわ」


 リオネルは今、自室でジャルダン王国からの書簡を確認しているはずだ。

 いつもと違ってバドが硬い表情なのが気になったエルヴィナが、何かあったのか尋ねようとすると、先にバドが口を開いた。


「……なあ。あの時何話してたんだ?」

「え?」

「宰相閣下と。じゃれあってただけ、じゃないよな」


 返事に困ったエルヴィナは、テーブルにソーサーをかちゃりと置いた。

 

「それがね……まだ……言えないの」


 バドの真剣な眼差しに、言いかけて口をつぐむ。『癒しの泉』の復活。そしてアクアという水の精霊と、癒しの石の存在。

 軽々しく語れる内容ではない。まずはリオネルの判断を仰ぎたい。扉を開けて入ってきてくれないかなと、無意識にそちらを見てしまう。


 ふと視線を戻すと、バドと目が合った。


「バド?」

「あー……いや。無理に聞こうとは、思ってない」

「そうよね、ごめんね?」

「いや、気にするな。それにしても、行方不明はさすがにビビった。お前がやらかすのは、いつものことだけどさ」


 幼馴染が、空気を変えようとしてくれていることは分かる。エルヴィナは、それに乗っかるだけだ。

 

「ちょっとー?」

「宰相夫人なんだからさ。少しはお淑やかにしたらどうだ」

「それは無理」


 エルヴィナの即答に、バドがようやく「フハッ」と笑った。


「バド、これだけは言っておく。あなたがどうこうじゃないの。ただ、わたくしの判断では決められないだけ」

「……そうか。いや、その……その板がさ。なんつうか、気になっただけだから」

「あっ」


 エルヴィナがいつも肌身離さず持っているタブレット。この中にアクアがいるのだ。もしリオネルの推測通りなら、バドもその存在に気づき始めているのかもしれない。


「俺からも、あとで閣下に聞いてみるさ」

「ええ。書類仕事を終えたら、こちらに来てくださるそうだから。バドも少し休んで?」

「おう」


  $$$

 

 日がすっかり落ちた頃――。

 コンコン、とノック音が鳴る。バドが応じると、疲労の色を隠しきれないリオネルが姿を現した。


「遅くなりました」


 ソファへと促されたリオネルは、よほど疲れているのだろう、深いため息を吐く。メグがすばやくお茶の準備をし、バドは外の様子を確認して、静かに首を振った。誰もいないという合図だ。

 ようやく、リオネルが口を開く。


「どうやら……シュタイン公は、この町の近くにいるようです」


 予想外の言葉に、エルヴィナは真っ先に反論した。

 

「え⁉︎ でも、ニクラス様はそんなこと、一言も」

「ええ。私もおかしいと思って、いろいろ確認していたら遅くなってしまいました」

 

 窓の外は真っ黒に塗りつぶされているかのような、夜の深い時間帯だ。エルヴィナはすでに湯浴みも軽食も済ませていたが、リオネルは登山時の服装のままである。


「ふう。さすがに疲れましたね」


 眼鏡を外し眉間を指で揉むその仕草は、まるで厳しい商談帰りの営業マンのようで、エルヴィナは心から労いたくなった。


「お疲れ様でございます。ひと息お入れになって」


 エルヴィナの気遣いの言葉で、リオネルはようやく湯気の立つ紅茶に口をつけた。

 

 ――しばしの沈黙の後。


 エルヴィナは姿勢を正し、声を潜めて訊ねる。


「……それで、シュタイン公は、今どちらに?」


 リオネルは目を伏せ、唇を噛み、少しだけ考えるような仕草をしてから答える。


「郊外の山あいにある療養小屋です。ごく一部の人間しか知りません」


「えっ、それって……?」

「療養と言えば聞こえはいいですが、実際は潜伏に近いですね」


 息を呑むエルヴィナに、リオネルは補足する。


「ああ、怪我自体は大したことはないようです。ただ、帝国の使者が一度接触したという情報が」

「帝国……!」


 ランジュレ帝国――。ジャルダン王国の西に広がる大国。ジャルダンのような国など、飲み込むのも容易い。しかし両国の間には幸い、巨大な山脈が横たわっている。


「……まさか。何か脅迫でもされたんですかね?」と、バドが目を細める。


「そう考えるのが妥当でしょう。だから息子にも居場所を明かさず、人里離れた場所に退いたに違いありません」


 エルヴィナの口をついて出てきたのは、核心に近い単語だった。


「もしかして……『あの泉』のこと?」


 リオネルがぴくりと片眉を動かすと、エルヴィナは力強く頷き返す。


「閣下。この二人は、わたくしが心から信頼している者たちです」


 リオネルは、眼鏡の奥の緑色の目を細めた後で、ゆっくりと口を開いた。

 

「では……今から話すことは、絶対にここにいる人間以外に口外しない。良いですね?」


 バドもメグも迷いなく頷いたのを見て、リオネルはさらに続ける。


「おそらくですが。帝国が狙っているのは、あの泉――癒しの泉か、水の精霊アクアの加護でしょう。ただし、確証はありません。シュタイン公から直接話を聞けるまでは……」


 そこで、リオネルの声が低く落ちる。


「我がジャルダンの諜報部でも、ここまでが限界でした」


 諜報部がある、という事実すら衝撃だったが、それよりも、エルヴィナの脳裏をある可能性がかすめる。


「まさか、泉が枯れたのって帝国が何か……」

「それは、まだ分かりません」


 リオネルは、エルヴィナの発言を遮った。エルヴィナの焦りからだが、そうと決めつけるにはまだ時期尚早なのだろう。リオネルが渋々という態度で提案した。


「明日、訪ねてみますか。でも、ニクラス殿をどうするか」

「あら、閣下。わたくし、この魔導具を使って温泉を探すために山登りしたの、お忘れですの?」

「ああ、そうでしたね」

「新婚旅行なのですから、夫婦水入らずで温泉探しですわ〜! で」

「……ふむ、それならば多少強引でもなんとかなります」


 すると、バドが盛大に溜息を吐く。


「バド、どうしたの?」

「まずは、信頼いただけたことに感謝を。それを踏まえて意見申し上げると……エルヴィナ。夫婦なのに『閣下』ってものすごく不自然だぞ? まあ、閣下の『エルヴィナ嬢』もですけどね。他人行儀です」

「「あ」」

「なんか呼び名考えた方がいいですよ。じゃ、山まで行く馬車の手配してきますんで」

 

 言い捨てて部屋を出ていくバドの背中を見送りながら、エルヴィナは悩む。


(リオネル様、て呼ぶべき? 噛みそうなんだけど。リオネル。りおにぇりゅ。うぅ……無理ぽい)


 眉根を寄せるエルヴィナに、メグもまた意を決した様子で発言した。


「あのあの。それより、私! 明日も! ひとり寂しくお留守番ですかぁああぁ!?」

 

 一瞬、室内の空気が止まった。

 

「……メグ、ごめん。荷物番、お願いね」

「ひどいです〜〜〜〜!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ