第14話 神聖な場所での、奇跡
もくもくと白い煙を吐き出し続ける、光り輝く場所に近づいていくエルヴィナの視線の先に、誰かが立っている。
水色のシルエット、と思っていたら――
『あなた……エルヴィナ?』
話しかけられたので、思わず「はい」と返事をした。
(あれ、こういうのって、名前呼ばれて返事したらダメとかじゃなかったっけ⁉︎)
素直に反応してしまった、と一人で慌てていると、水色の存在がくすくすと笑っている。
『お返事するのは、本当は、だめ』
「ですよねえっ⁉︎」
『うふふふ。でも、ヤームの知り合いなら、何もしないよ……水に選ばれし者、だもの』
鈴のような声をした、水色の存在がエルヴィナに近づいてくる。
「水に選ばれし者、って?」
『ヤームが選んだってこと』
「ヤームって、神殿の魔法使いのことよね? そんなこと言われても、よく分からないけど」
『そのうち、分かるよ』
聞いてもちゃんとした答えが返ってこないので、あとでヤームに聞こうと心に留め置いたエルヴィナは、自分が冷静になりつつあることに気がついた。
先程まで怖かったのは、仲間から引き剥がされてしまったという孤独感と、何も見えない霧の中だったこと。
けれどもこの存在に近づいていくにつれて、不思議とエルヴィナの心は、落ち着きを取り戻していた。
「……あなたは?」
『アクア、だよ』
「アクア……?」
『うん』
エルヴィナの目の前にいる存在は、少女の見た目をしていた。頭の先からつま先まで、全身を水色の液体のようなものに包まれていて、耳はヒレのよう。
潤んだ瞳と、膝まである長い髪。見た目は十歳ぐらいだが、憂いている様子は大人びている。
「可愛い……」
神秘的な美少女に向かって思わずエルヴィナが呟くと、アクアの大きな目がぱちぱちと瞬き、きらりんっと光が散った。
『可愛い? わたしが……?』
アクアと名乗った水色の美少女は、小首を傾げている。エルヴィナからは、可愛い以外の形容詞が出てこない。
「なんていうか、わたくしの中のオスが、刺激されますわね……」
『? エルヴィナは、女の子でしょう?』
「ええはい、そうなんですけどね……」
(そんなことよりも、聞かなくちゃ! ここはどこなの? とか、みんなは? とか!)
エルヴィナが必死に思考を現実へ戻そうとしている一方で、アクアの目からは涙がぽろりと流れ落ちた。
「わ、大丈夫!?」
『……わたし……どうしたら』
慌てて顔を覗き込むと、アクアの頬には水の道筋がいくつも出来ている。水色の液体の中で流れる涙は煌めいていて、宝石のように美しい。
何があったのかと尋ねても、アクアは首を横に振るだけだ。
動揺と魅了の狭間で、エルヴィナはなんとか泣き止ませる方法はないのかと考えてみるが、良い方法は浮かばない。
「さっき助けて、て言っていたのは、アクアよね。何があったの? わたくしは、どうすればいいのかしら?」
水色の大きな目が、助けを乞うようにエルヴィナを見つめてから、背後を振り向く。
『泉、枯れちゃったの……どうしたらいいか、分からない……うえーん!』
目の前に広がる巨大な穴は、泉だったのか、とエルヴィナは歩を進めてみる。ところが、穴の中は光と煙で何も見えない。
「だから、わたくしを呼んだのね?」
こくん、とアクアが頷くと同時に、またピコンと電子音が鳴った。
「なに、こんな時にっ……え!?」
タブレットの画面には、例のごとく通知ウィンドウがポップアップしている。そして――
「これって!」
エルヴィナが驚くのも無理はない。ポップアップされた内容が、あまりにもタイムリーすぎたからだ。
《周辺環境アラート》
観測地点『癒しの泉』にて、水源の異常を検出しました。修復を行いますか?
修復には神恩ポイント20000ptを消費します。
(現在の所持ポイント:49880pt)
▶ 復活させる
▶ キャンセル
「癒しの泉……まさか、この場所のこと?」
『ひっく。うん。枯れちゃ、ダメなのに、ひっく』
「そうだったのね……!」
呼び名からして、重要な場所に違いない。
エルヴィナは、運命のようなものを感じていた。
(ポイントはものすごく減っちゃうけど! きっとわたくしは、このために祈りを捧げてきたんだわ。そんな気がする!)
エルヴィナに、迷いはなかった。
別世界へ生まれ変わらせてくれた恩を、少しでも返せるのなら、という気持ちに従い、アクアに笑顔を向ける。
「よし。やってみよう!」
『ずび。え?』
迷いなく、画面を叩く勢いでエルヴィナがタンッとタップしたのは、もちろん『復活する』の選択肢の方だ。
『本当に、実行しますか?』と確認ウィンドウが出たので、またタンッとタップする。
アプリ上に表示されていた神恩ポイントが、一気に減っていく。これだけ貯めるのに、一体何年かかったんだっけ? などと頭の隅で考えていると、タブレットの表面がいきなり光りはじめた。
「わっ」
すると、タブレットの中から、真っ白な光に包まれた眩しい何かがぬうっと顔を出す。あまりのことにあっけに取られ、かろうじてタブレットから手を離さなかったものの、エルヴィナの口はあんぐりと開いたままだ。
タブレットの中から出てきたのは、ワニのような大きな口蓋に鋭く大きな牙と、吊り上がった目をした光の生き物。迫力はあるものの、なぜか恐怖は感じない。むしろ、神聖なものではないかと思えた。
そうしてそれは、ものすごい速さで泉の方へ飛んでいく。
細い胴体は蛇のように見えるが、鉤爪のある足が四本と長い尾が生えていて、その姿はまるで――
「光の竜、みたい」
『きれい』
エルヴィナはアクアと並んで立ち、光の竜が抜け出て真っ暗になったタブレットを両腕の中に抱え、枯れてしまったという癒しの泉があった場所を眺めている。
ゴゴゴ。ゴゴゴゴゴ。
光の竜の姿が見えなくなってから、いくらも経たずして、地鳴りがしてきた。
「なんか、いやーな予感が……」
ゴゴゴゴゴゴ。――ブシャアアアア。
『あ!』
「げげげ!」
音から判断するに、枯れていた場所が割れて大量の水が噴き出したようだ。
水音が激しくなるにつれて白い煙が消えていったので、エルヴィナは様子を見ようと近づいてみる。
「ふわー、ほんとに泉だ……すごい、底にある白い石? 綺麗ね。たくさん散らばってるの、全部キラキラしてる……」
『癒しの泉の底にしかない、癒しの魔力が詰まった石なの。誰かが取ろうとしてたみたい』
「水を抜いた誰かがいるってこと?」
『多分……それでわたし、力がなくなっちゃって……温泉も、枯れちゃった』
「なんてこったい!」
エルヴィナは、心の底から神恩ポイントを使って良かったと思えた。
温泉だけならまだしも、癒しの石というからには、非常に貴重なものに違いない。
『ありがと、エルヴィナ。おかげで、癒しの泉、元に戻ると思う。でも、わたしの力が戻るまではすごく時間がかかるから……代わりに、これ。お礼にあげる!』
「ん⁉」
アクアの両手の中には、輝く真っ白な丸い石が一つ、乗っていた。
「あげる? てまさかそれって」
『うん。癒しの石だよ』
「ええええええええ⁉⁉⁉⁉⁉」
エルヴィナの悲鳴のような声が、山中に響き渡った。
「こっちか⁉」
「エルヴィナッ!」
「無事か⁉」
するとはぐれていたリオネルやバドの声が、背後の森の中から聞こえてきた。
見つけてくれた、という安堵と、とんでもないものをくれようとするアクアに挟まれて、さすがのエルヴィナもうろたえてしまう。
「わ~、どうしましょう……」
『人間、怖いから、その中に居させて。石、預かっておくから』
「ん⁉」
さらにアクアが指さしたのは――タブレットである。
「んん⁉」
いいよと返事をする前に、アクアはあっという間に小さなとかげのような姿に変わり、タブレットの画面から中へ潜り込んでしまった。
「ちょっ! うわ、あぶなっ」
エルヴィナの手からつるりと滑ったタブレットを、かろうじて空中でキャッチする。こうなると、いつ落としてもおかしくはない――どこか冷静な頭で考えたエルヴィナは、町に戻ったら絶対にストラップを付けようと、断固たる決意をした。




