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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第三章 国家元首と温泉

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第11話 通知、命中


 王都からモーリア領経由で訪れた竜神神殿にて、エルヴィナは身内だけの簡素な式を挙げた。


 ――エルヴィナの母であるモーリア夫人は、『結婚式は乙女の夢なのに、誰も呼ばないしドレスも既製品だなんて……それで良いの!?』と嘆いていたが、むしろ良かったと本人は思っている。


(だって、すぐ離婚しちゃうかもしれないし。神恩ポイント、一万ポイントもくれたしね。竜神様の御祝儀、ありがたいっ)

 

 そうして、モーリアからノインベルク共和国へ旅立ってから、四日が経った。

 

 馬車の窓から見える景色に、エルヴィナは感嘆の息を漏らす。


「木造の建物! 素敵だわ」


 海に近いジャルダンとは違って、山や森の中に住居を構えるノインベルクは、童話に出てくる町のような雰囲気だ。

 木々の間から今にも魔法使いや不思議な生物が出てきそうで、エルヴィナはワクワクを抑えきれない。

 リオネルも、珍しく饒舌になっている。


「ノインベルクは、狩人の集落が集まってできた国ですから。狩りに使う弓を手入れするうちに、木工の腕も上がるようですね。ジャルダンは獣の肉や毛皮、木材や家具を輸入しています。しかもこの辺りは……ああほら、ああやって白い煙が立ち上っているのは、火事などではなく」

「温泉! ですわねっ!」


 窓にへばりつくようにして外を眺めるエルヴィナに対して、リオネルは軽く咳払いをする。

 

「ごほっ。ええ、そうです」


 山道を緩やかに下り、麓が見えてきた頃、エルヴィナは道の様子がおかしいことに気づいた。水気を帯びた黒土や、折れた木々がだんだん目立つようになっている。ところどころ森の一部が丸ごと倒れていて、何か大きな力が駆け抜けて行ったように見えた。


「閣下……まさか、土砂崩れが起きたのでは……?」


 台風で地盤が緩くなっていたなら、時間差で土砂崩れが起きてもおかしくはない。

 タブレットの警告は正しかったのだ。エルヴィナの背に嫌な汗が伝う。

 

「言われてみれば、確かにそのような様子ですね。私のところへは何も連絡が来ていませんが」


 眉根を寄せるリオネルも、エルヴィナの意見に同意した上で、首を捻っている。


(まだ現場は混乱しているのかもしれないわ)


 ノインベルク共和国とは国交があるため、有事の際はジャルダン王国へ何らかの通達があるはずだ。しかも宰相は、真っ先にそれを受け取る立場である。


(被害は大丈夫かしら。密かに温泉、楽しみにしたけれど。それどころじゃないかも……!)


 何を隠そう、エルヴィナが新婚旅行にノインベルクを指定した最大の理由は、『温泉』にあった。


   $$$


 馬車が滞在予定の宿屋に到着すると、玄関前には出迎えと思われる使用人たちと、ノインベルクの役人と思われる人物が立って待っていた。

 馬車を降りたエルヴィナは、リオネルのエスコートに従い、彼らの前へと歩を進める。背後には、いつものように神殿騎士のバドとメイドのメグが並んで付き従っている他、宰相の護衛任務に就いている王国騎士たちもいて、物々しい。


「ようこそお越しくださいました」


 代表して会釈をする男性は、四十代半ばくらい。立派な髭を顔下半分にたくわえていて、タレ目が優しそうな印象だ。

 この町の町長だと名乗ったその男性は、一通りの挨拶を終えると、申し訳なさそうな表情で言いづらそうに口を開いた。

 

「実は三日前の夜、小規模ながら山崩れが起きまして……」


 エルヴィナが真っ先に気になったのは、人的被害があったかどうかだったが、町長がすぐに否定した。

 

「幸い、怪我人だけで済みました。町民も魔法使いたちも夜通し頑張ってくれたおかげで、ようやくこの辺りの片付けが終わったところです。建物は健在ですので、ご滞在いただくのに支障はございませんが、お見苦しいところもあるかと」


 風情を楽しみにしていたエルヴィナは、少しがっかりしたものの、温泉に入ることができればと希望を捨てきれないでいた。

 ところが、町長に案内され宿屋の門をくぐると、看板には簡易な板が打ち付けられていて――《営業休止中》の赤い文字が。


「営業、休止……まさか、温泉は……!」


 エルヴィナの衝撃を受けた様子に、町長は戸惑いつつ丁寧な説明を付け加える。


「湯殿が泥水に浸かっただけなら、清掃すれば良い話なのですが。実は、お湯自体が出なくなってしまっているのです。今回の山崩れで、源泉に影響があったのかもしれません……調査するつもりではおるのですが、なかなか人手が」


 それはそうだろう。

 こういう時最優先されるのは、ライフラインだ。

 頭では納得していても、温泉が目の前にあるのにと、エルヴィナは下唇を噛んだ。


(あああ〜〜〜……久しぶりにお湯に浸かって、癒されたかったのに……この世界でも入れるのねー! てやりたかったあああ)


 そんな妄想も、今となっては儚い。

 エルヴィナががっくり肩を落としていると、建物の中からもうひとり、二十代後半くらいと思われる見た目の男性が現れた。

 背後に何人かお供を連れていることから、地位のある人物なのだろうと推察していると――


「遠路はるばるお越しいただいたのに、ご期待に応えられず申し訳ない。ジリー侯爵夫人」


 と深く頭を下げられた。


「あの……?」

「申し遅れました。ノインベルク共和国、ニクラス・シュタイン。国家元首であるヘルムート・シュタインの息子です」

 

 短く刈り込んだブラウンヘアに琥珀色の瞳は誠実な印象。濃い色の外套を着ていて背筋は伸び、只者ではない気配をまとっている。

 エルヴィナが横に立っているリオネルの様子を伺うと、眼鏡の奥の目を細め固まっている様子だ。


 もしかすると、人見知り発動かもしれない。

 察したエルヴィナは微笑みの表情を崩さないまま「閣下」と呟いてみる。


 するとリオネルのスイッチが入ったようで、襟を正してから、滑らかに挨拶をはじめた。

 

「ニクラス殿。こちらこそ、歓迎いただき感謝します。私はリオネル・ジリー。ジャルダン王国宰相です」

「ジリー卿。この度は、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう」


 リオネルの反応に安心したのか、ニクラスの肩の力が抜けたのが、傍目にも分かる。


「温泉を体験いただけないのはこちらとしても残念ですが、最も景色の良いお部屋をご用意いたしました。それから、朝一番に狩ってきた山豚の肉をご馳走しましょう」


 これにいち早く反応したのは、エルヴィナだ。

 

「山豚、ですの⁉︎」

「ええ。脂が乗った良い獲物でしたので、血抜きをしているところです。丸焼きと燻製にしてお出ししようかと。どちらも美味しいですよ」


 これまで山菜やパンがメインの食事だったので、ポークが食べられる! とエルヴィナのテンションは急上昇した。

 もちろん、背後のメグとバドもだ。


「ご自身で狩りに行かれますのね! 驚きましたわ」


 エルヴィナの言葉に、ニクラスははにかむ。

 

「狩りの腕を誇る。そんな土地柄ですから」

 

 そうは言っても、歓迎しようとわざわざ用意をしてくれたその気持ちが嬉しいものだ。エルヴィナの中でのニクラスへの好感度は、爆上がりである。


「そうだとしても、わたくしどもへのお心遣い、大変嬉しゅう存じますわ」

「野蛮だと言われず、ホッといたしました。報われた気分です」


 だが一方で、タブレット通知にあった『シュタイン公の負傷』の方も気になった。


「野蛮だなんて思いませんわ。狩りのお話をもっと聞かせてくださいませ。ね、旦那様?」


 暗に情報収集するぞ、の合図であるが、通じるだろうか。

 そんなエルヴィナの杞憂は、一瞬で掻き消えた。スイッチが入ったままのリオネルが、颯爽と動き出したからだ。


「そうですね。喉が渇きましたし、お茶でもいただきながら、ここ数日の状況をお聞かせいただくのはどうでしょう。我が国が支援できることも、あるかもしれませんから」

「っ、ありがたい、お言葉です……どうぞ、こちらへ」


 ――エルヴィナはリオネルと共に、木材の良い香りが漂う大型ロッジのような建物の中へ、足を踏み入れた。

 

 応接室でお茶と素朴な麦まんじゅうを用意させると、ニクラスが神妙な顔で人払いを命じる。その理由はやはり――

 

「実は、土砂崩れの際、たまたま近くにいた父が巻き込まれまして」


 タブレットの予言通りだ。エルヴィナの背筋に冷たい汗が流れる。


「そうでしたか……シュタイン公は、今どちらに」

「ご無事なのですか⁉︎」


 同時に気遣う宰相夫妻に対して、ニクラスは眉尻を下げる。


「幸い腕と足の怪我を負っただけで、命までは取られずに済みました。今は治療を受けていますが……再び狩りに出られるかは……」


 先ほどニクラス自身が言っていた通り、この国では狩りの腕がその人間の価値を決める。

 国家元首がもう現場に出られないということは、引退と等しい。

 共和制とはいえ、シュタイン公の存在感は、ジャルダンでも耳にするぐらいだ。観光資源の要である温泉が出なくなった挙句、国のカリスマまで引退となると、混乱は避けて通れないだろう。

 

 どうしたものかと考えを巡らせるエルヴィナの膝の上で、再びタブレットが《ピコン》と電子音を響かせた。


「? 何の音でしょう」


 不安げなニクラスに対して、リオネルが咄嗟にフォローを入れる。

 

「お気になさらず。妻愛用の魔導具でして」

「魔導具、ですか。その、板のようなものが?」

 

 ニクラスの目線がエルヴィナの手の中へと移ったのを見て、リオネルはさらに続けた。

 

「ただの魔導具ではなく、竜神様からの贈り物です。ですから、妻がこの場で使うことを、お許しください」

「竜神様から! それならば、どうぞ」


(え、ちょ、無気力宰相どうした⁉︎)


 エルヴィナが動揺していると、リオネルは呆れたように眉尻を下げる。


「私は、約束は守りますからね。さて、どのような占いが?」

「え? あ!」


『シュタイン公になんらかのことが、本当に起きていたならば。私はその板が龍神様のご加護により与えられたもの、と信じることにします』

 

 指先には、はたして見覚えのあるウィンドウがポップアップしていた。


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