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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第二章 無気力宰相と、契約結婚

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第10話 竜神の警告と約束



 王都を出て北へと向かう、ガタガタと揺れる馬車の中で、エルヴィナはリオネルと向かい合って座っていた。

 

 さすが宰相所持の馬車は非常に豪華な造りで、ふかふかの座面や金縁の内装、窓にかかるカーテンの布地すら見ただけで高価だと分かる。バドは馬で馬車に追従し、メグは荷運び用の別の幌馬車に乗っている。こちらの馬車と違ってガタガタ揺れるし木の板はささくれ立っているしで、エルヴィナが気遣うと、メグは「当たり前のことですよ」と笑っていた。


 空は、二人の新たな門出を祝うかのように澄み渡っている。秋の風は乾いていて、王都から北東へと延びる街道には黄金色の落葉が舞っている。

 一方で、馬車の中の空気はひどく重かった。


「……」

「……」


 向かい合って座るふたりの間には、目に見えない氷壁のような沈黙が横たわっている。


 この婚姻は契約によって成り立っており、名ばかりの夫婦だということは、当人たちが誰よりも分かっている。それでも、馬車という逃げ場のない密室で、互いの視線すら交わさずに過ごすとなると、さすがに神経が擦り減る思いがした。


 エルヴィナは、視線を窓の外に向ける。地平線に向かってゆるやかに傾く丘、ススキの穂が風に揺れている。穏やかな風景を見ながらも、思考はぐるぐると渦巻いていた。


(だめだ、これじゃ間が持たない……)


 営業職だった前世の経験によると、雑談こそが信頼の第一歩。ふとした会話から相手の本質を導き出し、相互理解の糸口を掴むことが肝要だ――相手がたとえ、無気力宰相であろうとも。


「ええと……。閣下。お食事の好みなど、伺っても?」


 当たり障りのない話題からと、エルヴィナが発した言葉に、リオネルは少しだけ視線を上げた。


「特に、ありませんが」

「嫌いなものも?」

「ありません」


 やり取りは、これ以上広がることなく終わってしまった。


(相変わらずの塩対応! けれど、無視よりだいぶマシね)

 

 予想通り、リオネルは人と深く関わる気がないのではとエルヴィナは予測する。契約結婚なので、夫婦関係だけならそれでも良い。だが、これから王国や竜神のために動くとなれば、そうもいかない。それに、同じ馬車に乗って長旅をするのだから、最低限のコミュニケーションぐらいはしておきたい。そう思った矢先――


 《ピコン》


 鋭い電子音が馬車の中に響いた。

 エルヴィナが常に持ち歩いているタブレットが、何かを通知した音だ――初めての現象だが、エルヴィナは前世の経験で、咄嗟にそう思った。


「今のは、なんですか?」


 さすがのリオネルも、訝しげな表情である。電子音など、この世界では耳にしない類のものだから、当然だろう。

 エルヴィナが「ええと、お告げのようなものですわ」と言い訳しつつ画面をタップすると、案の定、通知がポップアップで表示された。


> ノインベルク共和国 国家元首 ヘルムート・シュタイン公、山間部視察中に負傷。土砂崩れあり。


 不穏な文字の数々に、心臓がどくんと高鳴る。


(ノインベルクで、土砂崩れ? 何この通知。こんなの、初めて見たわ!)


「……どうかしましたか?」


 リオネルの低い声に、エルヴィナは体を強張らせた。

 竜神への信仰心が篤い宰相に、『お告げ』などと言ったからには、伝えないわけにはいかない。

 だが、信憑性があるかどうか――初めてのことであるからして、不明である。もしもこれが事実と異なった場合、このタブレットが龍神からの贈り物だと言った言葉が嘘になってしまう。どうしたものかとエルヴィナが悩んでいると、リオネルがさらに詰め寄る。


「その板の表面。黄色く光っています。エルヴィナ嬢の魔力も、吸い込まれているように見えますが。何かの警告ですか」

「あのっ、いえ。……そんな大層なものでは。占い、のようなものですわ」

「占い。未来予測や、成り行きなどの吉凶を予言すること、ですね?」

「はい。ご存知でしたか」

「大神官様に、言われたことがあります。『明日は出かけるには不向きだ』のようなことを」

「ええそうです、そのようなものですわ。閣下も、占いにご興味が?」

「興味……改めて問われると、どうでしょうか」

 

 良い感じに、注意を逸らせた。

 はぐらかしながらも、エルヴィナの理性は警鐘を打ち鳴らしている。


(まさか……ノインベルクで土砂崩れ……台風の影響? 大したことないと良いけれど、心配だわ)


 この旅は、王国の名を背負った外遊であり、外交視察のはじまりでもある。目的地はまさに、ノインベルク共和国。彼の国の元首・シュタイン公が倒れたとなれば、滞在計画も根底から揺らぐ。

 そして何より、エルヴィナの直感が働いていた。タブレットに警告が出るということは、まさしく竜神の介入。この()()は正しいに違いない。


「閣下」

「なんですか?」

「もしも、シュタイン公とのお目通りが叶わなかった場合、どうされますか」

 

 リオネルは少しだけ、目を細めた。どこか面白がっているように見えるのは、エルヴィナの気のせいだろうか。


「龍神様の占いで、そういった可能性もある、と?」

「っ、いえその、断言は、できかねますが」

「私は正直、あなたが神殿で授かったというその魔導具の価値、計りかねています。ですが」


 それはそうだろう、とエルヴィナでも思う。『胡散臭い』と言われても仕方がない。


「ですが?」

「シュタイン公になんらかのことが、本当に起きていたならば。私はその板が龍神様のご加護により与えられたもの、と信じることにします」

「それは、本当ですか」

「はい」

「でしたら、わたくしのプレゼンに、もう少し」

「そうですね……耳を貸さなければ、ならないでしょうね……」

 

 リオネルは渋々そう言っているが、エルヴィナはうっすらと違う感情を感じ取っている。

 この宰相、タブレットのことをまんざらでもなく信じ始めているはずである、と。

 その証拠に、あの折れ線グラフの意味については先日、根掘り葉掘り聞かれていた。横軸と縦軸はどのように設定したのか、数字を図形に置き換える発想は、どこから得たのか、などだ。


「では、約束してくださいませ。占いが当たったら、これは竜神様からの贈り物であるとお認めになる、と」


 言葉はやや強めだが、エルヴィナの表情は、完全に駆け引きを楽しんでいるものだ。

 であるからして、リオネルにも賭けに乗ってやろう、という雰囲気がある。

 

「分かりました。約束しましょう」

 

 それからは終始無言だったが、エルヴィナは竜神の意思を探りたくて、自身の魔力が尽きるまでタブレットをずっと触っていた。一方、リオネルはそんなエルヴィナの様子を少し気にしつつも、書物に目を落としている。


 ――最初の凍ったような沈黙とは違って、今はただ、旅路の静けさが心地よいだけだった。

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