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無気力宰相と契約結婚した元営業女子、転生特典タブレットで世界を救う。  作者: 卯崎瑛珠
第一章 タブレットと竜神

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第1話 神様に、呼ばれたので


 ――ここは、現実ではない。それだけは、はっきりと分かる。


 一人の女性が、黒いジャケットとパンツのセットアップ姿で立っている。

 森恵理(えり)、二十七歳。

 黒髪のショートボブで、肩には革素材のライトベージュのトートバッグを掛けている。

 商社の営業で、ある商品の新しい商流を拡充するため、仕事に打ち込んでいた。


 ある日の退勤後、いつものように帰路についていたら、視界を眩しい車のライトが覆い尽くした――それが恵理の、最後の記憶だ。


「あの商談、契約締結まであと一歩だったのに……あーあ。私。死んじゃったのかぁ……天涯孤独でも、大型案件実らせてみせるっ! て気合い入れてたのになぁ〜悔しいっ」

 

 愚痴を吐きつつキョロキョロと周囲を見回すと、白い石柱に囲まれ、天井の高い建物の中だと分かる。


「ところでここ、どこ!? 全然、見覚えがない……」

 

 物音一つしない静謐(せいひつ)な雰囲気だが、妙に居心地がよく、空気が澄みきっている。ところどころ、柱に刻まれた竜の浮き彫りが淡く光り、床に映る水面のような波紋が揺れる。だがやはり誰の足音も、何の物音もしない。美しく整いすぎた静寂が、不気味に背筋を撫でた。

 

 ――静かだ。だが夢というには、生々しすぎる。

 

 動いて良いものか分からないが、とりあえず外に出てみようか、と恵理が歩き出そうとしたその時。


『ようこそ、我が神殿へ。森恵理(えり)殿』


 突然厳かな声が響いたと思うと、老人の姿がふうわりと目の前に現れてくる。白に近い水色の長い髪をひとつに結び、白い長衣に杖、瞳は深い金色。ひどく神々しいのに、目元の皺が妙に人間味を帯びていた。


(おお……ド直球なファンタジーぽいキャラ! 建物といい、イベント会場の演出だったらコストかかりすぎだけど)


 そんな失礼なことを思ったのも束の間、『我は竜神なり』と名乗られて、一瞬ぽかんとした後、恵理は背筋を伸ばした。

『そなたの魂に惹かれて、この地に招いた』

「えっ」

『わずか二十七歳で命を失ったのは、大変に惜しい。そなたの魂は強く輝かしい光を放っているからな。我を助けてくれるに違いないと確信したのだよ』

「もしかしてこれ、異世界転生ってやつですか⁉︎」 

『うむ。我が力を狙う者が、動き始めておる気配があってな。実際に世界の危機が訪れるまでは時間があるじゃろうが……手を貸してはくれぬか?』

 

 古今東西、おなじみのパターンだが、まさか自分に起ころうとは思ってもみなかった、と恵理はしばらく動揺する。

 当然、もっと生きたかった。両親を早くに亡くし、独身の女性一人で、がむしゃらに働いてきた。恋やおしゃれより仕事ばかりの人生だったが、それ自体に後悔はない。ただ、途中で終わった商談やビジネスチャンスには、まだ未練が残っている。

 竜神によれば、そんな前世での行動――「誠実な商談」や「困っている顧客を助けたこと」などが魂に刻まれ、そのまっすぐさを買われたという。


「手を貸す、とは具体的にどういったことでしょう?」


 新しい世界で生きることはやぶさかではない。だが、『自分の魂を商品として"引き合い"されている』営業としては、メリットデメリットを精査したいところである。


『特別なことはいらぬ。ただおぬしらしく生きれば、それが世界を救うであろう』

「私らしく……ピンと来ませんね……」

『なに、タダでとは言わぬ。そなたには『祝福』を与えよう。かつての世界での知恵の板を、そなたの得意分野に即した形でな――』


 竜神が光る指先で宙に長方形を描くと、両手で持てるほどのサイズの、四角い何かが生まれた。

 見た目は前職で支給されていたタブレット端末と似ている。ただ、背面に意味深な龍の紋章があるあたり、ファンタジー仕様だ。

 それはふわりと宙を浮き、ゆらゆらと飛んで、やがて恵理の両手の中に収まった。恵理がボディの両端を掴むようにして持つと同時に、タブレットを包み込んでいた光は、背面の竜の紋章へと吸い込まれていく。液晶のような画面は、真っ暗だ。指でタップしても、反応しない。


「知恵の板!? それはいいんだけど、電源ボタンどこ!? 充電切れてる!? いや待てよ、異世界なら……」


 恵理はしばらくベタベタと色々触ってみてから、思いついた。


「これ、ひょっとして。魔力か何かで動く感じですか?」

『うむ』

「ってことは。生まれ変わった私、魔力持ってるってことです?」

『もちろんじゃよ』

「うわー! ファンタジー!」


 であれば、今動かないのも納得である。

 しかも魔力。聞いただけでワクワクしてくるワードだ。

 だが恵理は、安易に流されまいと、びしっと片手を挙げた。


「条件に難あり、と意見させていただきます!」

「ほう? 難あり、かのう?」

「ええ。だってこれ、渡されただけじゃ足りないですっ。維持費(魔力)はこっち持ち。落として壊れても補償なし・マニュアルなし・サポート窓口も未整備ってこれ、営業的には『押しつけ商材』って言うんです! せめて、メンテナンス保証を!」


 竜神はぱちくりと瞬いた。おそらく、『祝福』を授けられて文句を言った転生者は初めてなのだろう。


『……では、そなたの信心によって、修理支援を行うというのはどうじゃ』

「信心。それがあるかなしかって、具体的にどう判断されますか?」

『神殿での祈祷やお布施に応じて、だの』

「わー。そっか、でも日本と大体同じ感じですね」

『うむ』

「それならできれば、信心深さを物理的に判断できるようにしていただくのは可能でしょうか? なんというか、どのくらい貯まってるのかとか、自分で確認できるようにして欲しいです」

『ふうむ。それもそうだのう……ならば、神恩(しんおん)ポイント、とでもしようか』

「神恩ポイント……て、命名センスは直球ですね。まさかアプリでUIユーザーインターフェース表示される感じです?」

『うむ。祈祷数や布施が溜まれば、画面上に“神恩ポイント"として数字に反映される。修理などに使えば、減る。貯蓄と消費が一目で分かるであろう?』

「ふおお。異世界なのに、UXユーザーエクスペリエンス設計……! 信仰ゲーミフィケーションとか、新しすぎます!」

『ふふ、神もまた、祈りに生かされる存在ゆえな』

「ありがとうございます!」


 恵理の反応を見た竜神の、皺の刻まれた顔には、柔らかな笑みが浮かぶ。神と人との距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。


『試練多き人生となるやもしれんが、見守っておるよ』

「はい! 生まれ変わるチャンスをいただけて、嬉しいです。異世界でも、笑顔で契約、心は誠実に。私のモットーは変わりませんから。次の人生も、頑張りますよ!」


 まるで初対面の大口顧客に挑むように、恵理は背筋を伸ばした。未知の世界でも、自分の信条を貫くだけだ。


『では、次なる生へ、送り届けよう――』


 視界が真っ白に染まり、恵理の意識が遠のいていく。

 ざーん、ざーんと、穏やかな波の音が聞こえた気がした。

 


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