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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部3年
94/115

92.卒業式

 本来であれば卒業式が近づくにつれ学生たちは明るい未来に胸をわき立たせるものである。しかし騎士科3年Aクラスは唯一異質の空気に包まれていた。

 その発生源はもちろん騎士科のトップであるアルノー・グランデだ。

 3ヶ月前にベルナール・ローランから決闘を申し込まれるという不遇を乗り越えた彼は、その後、試験勉強をベルナールに教わるなど幸福な日々を送っていた。

 だが月日が過ぎると次に卒業式という問題を抱える。


「卒業しちゃったらどうしたってベルちゃんと別れるよね? これどうしたらいい? 帝国騎士団ってどれくらいの規模なのかな? ふたりとも騎士になれたとしてベルちゃんと毎日顔を合わせられる距離で生きていられると思う? ああ! おれだけ辺境に飛ばされるとかなったらどうしよ! グレイロードってめちゃくちゃ広い国じゃん!」


 ひとりでしゃべり、時に頭を抱えて床に転がる。それはアルノー・グランデの通常運転だが、他の面々としては卒業後にこれが見られなくなるのを寂しく思えてしまう。


「おれが辺境に飛ばされても! ベル姫応援し隊は永遠に不滅です! いや飛ばされたくない!! ベルちゃんと1日でも会えないとか死んじゃういや死なないけど!」


 矛盾した言葉を繰り返すアルノーの奇行はその後も続き、卒業式当日を迎えても思い悩んだ姿を見せていた。

 なにせ騎士科Aクラスの誰も帝国騎士団の規模などの詳細を知らないのだ。彼らはただ3年間を共に過ごし、最後の戦闘実習を乗り越えた仲間と共にいたいという理由だけで帝国騎士団に志願していた。



 王立学園高等部の卒業式は、高等部内にある大講堂で行われる。そして卒業式が終わると卒業生たちは、年に一度、卒業式当日にのみ扉が開かれるとされる白亜の宮殿へ向かうことになる。

 地上三階建てのその施設は生徒たちからホワイトパレスと呼ばれていた。さらに「ホワイトパレスの扉が唯一開く卒業式の日に求婚された者は幸せになれる」という逸話もある。


 卒業式当日、騎士科は修練用の制服で式に参加することになっていた。なので卒業生の中で最も女子生徒の目を集めるのは騎士科Sクラスとなる。

 卒業後は竜騎士となるSクラスの生徒たちがまとう制服は特別で、腕に竜の紋章が刻まれていた。そしてその姿は多くの者たちに強い羨望を抱かせる。

 だが女子生徒の視線を集めるものは他にもあった。腕に盾と剣の紋章をつけた騎士科標準制服の中でも、紋章に小さな藍色の石が3個並ぶそれは騎士科筆頭を表す。その唯一無二たる制服をまとう騎士科トップの生徒は女子生徒たちの憧れでもあった。


「レセプションの中でベルちゃんを連れ去ってみたらどうだろうか?」

「どうやってあのベル姫様を拉致できるんだよ。むしろ一緒に帝国騎士団行くんだろ」

「そうだぞ。むしろこのままの流れで一緒に行けば、あっちの大陸まで10日の船旅だぞ」


 名案とばかりに言い放つ騎士科筆頭のアルノーへ仲間たちから反論が向けられる。そしてそれら意見を聞いたアルノーは驚いたように両手で口を覆う。


「新婚旅行なの!?」

「「ちげーーーーよ!!!」」


 複数の声で否定されたアルノーは「ひぇ」と変な言葉を漏らす。危機的状況では誰よりも勇敢で強い今年度の騎士科筆頭は、平時では誰よりもふざけた人間なのだ。

 そんな和気あいあいとした雰囲気で卒業式の会場である大講堂へ入ると、アルノーが唐突に走り出す。あげく前を歩く鮮やかな金髪の男子生徒に背後から抱きついたので、ベルナール・ローランを見つけたのだと理解した。

 今年の生徒会長と騎士科筆頭のふたりを高等部で知らない者はいない。むしろ先日の決闘騒ぎでふたりの仲がより強固になった瞬間を、この場にいる全員が見ていたことだろう。

 だが楽しい学生生活は今日で終わる。


 言葉を交わしながら椅子に座ろうとするふたりを眺めながら、その場にいる騎士科の全員が思う。このふたりを見るのも今日が最後なのだと。

 王立学園を卒業すると学生ではなくなる。皆それぞれの場所で、それぞれの道を進むことになる。

 あのふたりは先月の戦闘実習でも闇竜を相手に大きな成果を見せた。優れた統率力、強大な魔術。それら実力を持ち合わせたふたりならどの国の騎士団にも入ることができる。

 だが凡人でしかない我々が、世界最強と言われる帝国騎士団に入る保証はない。


「アルじゃないけど、寂しくなるな」


 ポツリと騎士科Aクラスのジャックがつぶやいた。彼は平民の出身で中等部にはいなかった。だから高等部スタートで、その体格をアルノーに見込まれ強制的にベル姫応援し隊に入れさせられた男だ。


「おれなんて家も魔力もろくにないし、平民だからアルを追いかけられない」

「それを言ったらおれもじゃないか。それにモーリスも」


 王立学園は平等を重視している。だがここを出た先に平等などと言う言葉はない。それは竜王国も帝国もどんな国でも変わらない事実だ。だからと悔しげに告げるマリユスもまた平民の出身だった。

 むしろこの王立学園内ですら平等はまやかしだ。普通科では侯爵家を筆頭としたヒエラルキーがある。今まではベルナール・ローランという完璧な優等生が頂点にしたからよかった。彼は侯爵家の人間だが、その地位をひけらかすことをしない男でもある。

 だが高等部2年にいる侯爵家の人間などは、その地位をひけらかして、水色頭の1年生を敬えと周囲に強制していた。もちろんそれもベルナール・ローランの目が届かない高等部の片隅でのことだが。

 だがベルナール・ローランがいなければ、彼らはもっと強く権力をひけらかして我欲を押し付けることをしていただろう。

 学園内の平等は少しの変化で崩れる脆弱な理想だ。



 やがて卒業生全員が座ると学園長の挨拶が始まる。卒業生600人はこれまで過ごした時を噛み締めながらその挨拶を聞き流した。

 だが学園長の挨拶が終わり、これから卒業証書授与式が始まるというところで学園長が下がってしまう。壇上から学園長が下がったことで卒業生たちがざわついた。

 卒業式の流れにないことが起きたからだ。

 そうしてざわついた大講堂の壇上へ、青より深い藍色の衣装をまとった男性が現れる。

 詰め襟まで藍色に染められた衣装と深い海に似た青色のマント。そしてそれらよりも鮮やかな青い髪にラピスラズリの瞳を持つ存在と、騎士科の生徒たちは3ヶ月前の地獄の中で出会っていた。


「卒業おめでとう。予定ではこれから卒業証書の授与になるのだが、その前に少し聞いて欲しい。3ヶ月前、君たちは戦闘実習において厳しい状況の中で戦った。騎士科の諸君だけでなく、後方支援としてそれを支えた令嬢たちもだ。そして竜王国王城は君たちのその尽力に対して表彰することとなった。もちろんこれはカインセルス陛下の名の下で君たちに与えられる栄誉だ」


 壇上に立ったのは戦闘実習の中ではフィーリスと呼ばれていた男性。だがその見た目通り本物のラピスラズリである。

 そんな男性の言葉に卒業生たちはさらにざわついた。もちろん本来では、竜を前にして口を開くのは無礼なことだ。教師たちも静かにと声を上げるが卒業生たちは聞いていない。

 そんな卒業生たちに微苦笑をこぼしたフィーリスは、横に顔を向けて誰かを促す仕草を見せる。そして壇上へ来るよう促した彼に従うように、黒髪を背中でみつ編みに結った女性がやってくる。


「魔力消耗ごときで動けなくなったお荷物以下のゴミども久しぶり。そして卒業おめでとう。グレイロード帝国騎士団の宮廷魔術師様からあんたたちにお知らせがあるわ」


 女性が現れ不躾な挨拶を向けた途端に騎士科の生徒たちから歓声が起きた。中には水ぶっかけるのは辞めてくださいと声を上げるものがいて女性も笑う。


「そう何度も水で許してやるわけないでしょ。次にまた魔力消耗ごときで転がってたら雷で焼いてやるわよ。あの時も言ったけど、グレイロード帝国騎士団はここほど甘くないわよ。入団申請をしたお荷物どもは全員、これから1年かけて教養と知識を叩き込まれて、技能も基礎から叩き込まれるのよ!」

「みんな帝国騎士団入れるんです?」


 全員合格なのか。騎士科の生徒たちは驚き戸惑い、いまだ飲み込めない。そんな卒業生たちを壇上から見下ろした女性は腕を組んだ。黒い詰め襟の騎士団服をまとった女性は小柄なのにいかつく見える。


「申請したお荷物は、全員もれなく受理されたわ。ただこれから1年の教育の後にあんたたちは、自分が配属する先を決めることになる。それまでにグレイロード帝国のことをよく学びなさい。竜王国騎士団とはまったく違うからね。それと……アルノー・グランデ!!!」

「ふぁい!?」


 壇上からの話など聞かず隣に座るベルナールの手を揉みほぐし遊んでいたアルノーは、名前を呼ばれたことで驚きの声をあげた。

 そんなアルノーを不機嫌顔で見下ろした女性は、そのまま指差す。


「魔力枯渇に気をつけろって指示も聞けない鳥頭のあんたは、アルマート公国で砂竜を50倒すまで隣のお姫様に会えると思わないことね」

「そんな!! おれはベルちゃんの顔を見ないと死ぬ生き物です!!!」

「クソガキは黙んなさい! 授業料払うまで死ぬなって言ったのに死にかけた分際で!!」

「はうあっ! 先生なんすか! そんなところでなにや…っ」


 言葉の途中で顔をつかまれ横を向けさせられる。そして小声でベルナールから説明を受けたアルノーは真っ赤な顔で奇声をあげた。

 その様子を眺めたフィーリスは女性―――宮廷魔術師のハーティを見やる。


「彼も彼で頑張ったんだから、優しくしてあげてもと思うんだが」

「あんたがハチミツかけた砂糖菓子より甘いことはわかってるけど、アイツは駄目だわ。このぬるま湯で6年も遊ばせたせいでザコになってる。あいつは本来もっとできるヤツだったのに」

「だがその時間があったから、彼らはあれだけの団結を見せられたんだよ」

「まぁ…それはそうだけど。じゃああんたならどうするの?」

「アルマート公国に砂竜が出没して困っているなら全員を当てたら良い。彼らの組織力なら戦力になるだろうし、現場の空気も学べるから」

「その全員ってお姫様も込みってこと?」


 壇上の会話を卒業生全員が聞いている。そして本物のラピスラズリはやはり優しいと、騎士科の生徒たちは胸に手を当てる。

 そんな彼らが見守る先でフィーリスは青い瞳を細めて微笑んだ。


「現場を学ぶ良い機会になるよ」

「で? 本音は?」

「彼だけ本国に送ったら本気でお姫様にされてしまいそうだな」

「百戦錬磨の帝国騎士たちに口説かれまくっていつの間にか心の恋人を自称する輩がたくさんわいて…ってなるわけだ。どっかのラピスラズリみたいに。それはそれで困るから……まぁ、それでいいや。アルノーが王城でイオナズンぶっ放すことになりそうだし。いまの聞いてたわよね! お姫様!!」


 語尾とともにアルノーの隣にいるベルナールを指差す。そんなハーティを、ベルナールは背筋を伸ばしたまま空色の瞳を丸めて見つめた。


「アルマートは全域砂漠で隠れる場所も何もない。けど魔法は打ちまくれるし、いくらでも魔物の倒しかたを研究できる。街にはリュースター商会もあるから、運が良ければ魔法剣も手に入るかもしれない。守られるお姫様が嫌なら頑張りなさいよ」


 ハーティが告げたそれは、奇しくも少し前にベルナールがアルノーと決闘をする理由となったものだった。そのため隣にいるアルノーが不安そうな顔を見せるが、ベルナールはさらなる高みを目指せる機会に笑みがこぼれる。

 そしてそんなワクワクが隠せないベルナールに、アルノーもまた笑うのだった。何があったとしてもベルナールの向上心は止められないのだと。




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