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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
中等部1年
9/55

7.砂糖菓子と図書室の出会い

 担任教師から春祭りについて教わってからリリの行動が少し変わった。授業で学び、それに関する知識を図書室で補完するだけでなく竜王国の文化についても調べるようになったのだ。


 特に花祭りにおける今年の花を見つけるべく竜王国の文化面での歴史を調べていく。

 その中でこの花祭りが、ただ春の訪れを祝うだけではないことがわかった。


 竜種最強と言われても青竜も竜でしかない。

 そして竜種はの巨躯は鱗でしか覆われていないため外皮で熱を保つことはできず、かといって大きな身体全体に届くほどの熱を体内で生み出すこともできない。

 そのため竜種は例外なく寒さに弱く、それを理由に死に至る。

 それは青竜も同じで、この温暖な竜王国でも青竜にとってはつらい。もちろん変化の術が使える竜は人の姿になることで衣類をまとい暴漢に努めることもできる。むしろそうすることで雪が降るような土地でも不便はあれど生きている例もある。


 竜王国の王は基本的に人の姿で王政を担っているが、それでも非常時は竜の姿をお見せになる。だが冬は何があろうと竜の姿にならないし、なれない。

 花祭りは春の訪れを祝うと同時に、王の帰還を祝う祭りでもあるようだ。


 まさに竜王国独自の文化だと思ったリリは素直な感嘆を漏らした。異国文化の奥深さには必ず歴史的背景と理由が存在する。そしてそれを紐解く楽しさはリリに何よりも強い快楽を与えてくれた。


「竜王国の文化について学んでるのか?」


 不意に問われたリリは上目に視線を上げる。すると静かな図書室の中、テーブルのそばに黒髪の男子学生が立っていた。


「はじめまして」

「ああ…うん。僕はいつもここで見てたけど、はじめまして」

「わたくしはリリと申します」

「マティアスだよ」


 なぜか少し言いにくそうに長い前髪の奥で視線を彷徨わせながらも、男子学生は名前を教えてくれる。その初めての反応にリリは目を見開いた。

 この男はリリを砂糖菓子扱いしない。さらに格下だから、魔力を持たない庶民だろうから名乗らないなどということもしないらしい。


「わたくしに名乗ってくださる殿方は初めてです」

「…は??????え???なんで?」

「わたくしが魔力を持たないから、おそらく庶民だろうと」


 実際のところそこまではっきりと理由まで告げる害虫は少ない。むしろそういった理由を出してくれるほうが親切なのかもしれない。

 それほどに害虫どもはリリのことを「噂の砂糖菓子」として扱っていた。つまり害虫にとってのリリは人でも何でもない菓子のように気安く消費しても許される嗜好品だということなのだろう。


「僕は君を庶民だと思っていた。ただとてつもなく頭が良い。本当に君は優秀だから、いずれ学園側から養子なりの誘いを受けると思ってる」

「それは竜王国の貴族になれ、ということですか?」

「スタートはそうだけど、貴族になれば高等文官になれるから」

「なるほど?」


 マティアスの憶測は、そのような制度があるのなら正しいのだろう。どんな優秀な女でも異国出身者が政略の駒として嫁ぐことはないし、魔力を持たないならなおのことだ。だがその優秀な頭脳を無駄にしたくないから文官として城に縛り付けて働かせたい。

 そのように王立学園側が考えるのは自然な流れだろう。


 けれどマティアスの推測があり得ないことをリリはわかっている。リリは通称を名乗っているか、学園はリリの本名を知っている。そして当然だが竜王国王城もリリの存在を知っている。


「マティアスはなぜいつも図書室にいらっしゃるの? あなたも文官に?」

「僕はSクラスに行きたいだけだよ。今はAクラスだけど春の試験で移動したい」

「ではやはり文官志望なのね」

「ううん、本当は騎士になりたいんだ」


 マティアスの言い分はおかしい。リリは長い黒の前髪に長ば埋もれたその深い黒瞳を見つめた。


「だというのに、騎士クラスへ進まないのですか?」

「憧れてる人がいるんだけど、その人は誰よりも聡明で、誰よりも強い騎士なんだ。ああでもその人は僕が生まれる前に亡くなられてるから、そうだったと書物で知っただけだけど…」

「伝説上の英雄に憧れてその道へ進む方もおられますね」

「自分が幼稚であることは否定しないよ。それに次男じゃなかったらこんなバカげたことは認めてもらえないと思う。でもやれることはやりたいし、可能な限り上へいきたい。それに成人したらグレイロードにも行きたい。帝国の都にノワール・ブレストンの墓があるらしいから」

「あら、あなたグレイロードの青騎士様に憧れておられるのね」


 ノワール・ブレストンは世界的に有名な騎士の名だ。まずグレイロード王国時代に王家の嫡流として生まれながら王位継承権を放棄した。

 その理由は簡単なもので彼は戦神ロールグレンの生まれ変わりだったのだ。

 この世では定期的に戦神が転生してその地で逸話を残している。そして先代の転生であるノワール・ブレストンは世界最強騎士として地域貢献に尽力した。

 砂漠に支配された貧しい隣国に巨大な港を作り、そこを拠点として世界有数の船舶会社を設立する。そうして戦乱と関係ない海路を強化させて物流を強めた。

 それは戦神ロールグレンとしての力とは無関係だが、ブレストン公爵家に生まれた者だからできたことだ。しかもそうして増やした財産を惜しむことなく使って難民支援のためにグレイロード帝国の王都内にありながら手つかずだった広大な土地を購入して住宅地を作ってしまった。

 そのため先代の戦神ロールグレンは多くの難民と世界経済を救ったと言われている。そしてそれは活動は、今もグレイロード帝国を支える盤石な地盤となっていた。

 なにせ今もなおブレストン公爵家は世界有数の資産を持ち、世界の物流を握ることで帝国経済を支えているのだ。


 そんな偉大な人だから、竜王国で憧れる者が現れるのは自然なことかもしれない。そう思うリリだが、その憧れが現実的でないこともわかっている。

 むしろだからマティアスは己を幼稚だと評価していて、できる限りやりたいとも言う。


「でもわたくし、それを幼稚だと思わないわ」


 誰が誰に憧れようと、それはその人の自由だ。そして学生の身でその憧れに近づきたいと努力することを否定する理由などあるわけがない。

 そう思うまま告げたリリの前でマティアスは分かりやすく顔を赤らめ戸惑ったように目を彷徨わせた。


「それは嬉しい」

「でもどうしてノワール・ブレストンに憧れることが幼稚だとなるのかしら? 目標が高すぎるから?」

「きっかけが物語だからだよ。僕が読んだ書物って、ほとんど子供や女性が読むようなものなんだ。最近は姉上が手に入れた月夜の物語というのを借りて読んでる」

「それは先輩からグレイロード帝国で書かれたものだと聞いているわ。でもごめんなさい。わたくしは物語の類は読んだことがないの。その物語にはノワール・ブレストンが描かれているのね?」

「グレイロード帝国が建国された当時のことが書かれてるからね。帝国騎士団の将軍や建国王も出てくるけど、ブレストン公爵としてノワール・ブレストンも出てくるよ」

「まぁ…それは建国当時のことを学ぶ上で重要なん文献ね。だから物語というジャンルなのに、児童書扱いされていないのかしら? 」

「あー…えっと、成人向けの書物だからかな。竜王国の中では月夜の物語は旧ビタン王国文化を知る資料とも言われてる。でもそれを理由に年齢制限がされてるんだ。君はグレイロードから来てるらしいから知ってると思うけど、旧ビタン王国には同性での偏愛が習慣として根付いていたから」

「え?」

「え?」


 旧ビタン王国の文化についてはリリも詳しく知っている。幼い頃から学んできたと自負した部分もあったのに初めて知る事柄に驚いた。

 そしてそんなリリの反応にマティアスも驚いた様子を見せた。


「リリはそういうの知らなかった? ビタン王国時代には普通にあったと様々な書物にあるのに」

「知らないわ」

「グレイロード帝国になった後も帝国騎士団の中には旧ビタンの人間が多く在籍していたから、騎士同士で深い仲になることはあるとも」

「深い仲がどんなものなのか知らないけれど、騎士同士が深い信頼関係に結ばれるのは普通のことではなくて? 厳しい戦場では互いに命を守り合わねばならないのだもの。そしてわたくしたち淑女が彼らのその関係を邪魔することは無粋なことだとされているわ」

「それだ」

「どういうこと?」

「君が淑女としてって当たり前に学んだことだよ。それはビタンから残る男同士の偏愛の邪魔をしないって話なんだ」

「それは偏愛なの?」

「当事者の心の内なんて誰もわからないよ。でも行動を客観付きに見たらそうなるから、そのような認識が広まってるんだよ」

「それは難しいことね」


 小さな納得と共にリリは素直に告げた。マティアスの言い分で腑に落ちた部分はある。

 偏愛にも見えるほど近い距離感。それはグレイロードでは男女問わずあるものだ。

 だからリリも寂しさを埋めるように上級生たちへ甘えていた。そして母国では誰が相手でもそうしていたし、それが許される立場でもあった。

 もちろん淑女である限り、幼馴染みを含めた異性への距離感は絶対に守っていたが。


「ねぇマティアス。旧ビタン王国から今のグレイロード帝国までずっと、あの土地の民はいつ死ぬかわからない世界にいるの。あの大陸にはこの国のような無力で愚かで無能な人間でもすべからず守ってくれる竜王のようなものがいないから。だから明日にも魔物が現れて死地に立たされるかもしれない状況で、今日いまこの瞬間に誰かの目を気にして気持ちを表現しないなんてことはしないわ」

「それは…」

「グレイロード帝国は世界最強の騎士国家。でもそれは裏を返せば、人間たちがみずから強い騎士となって組織を作り団結して国や民を守っているということなの。わたくしたちが安穏としたこのぬるま湯のような国でのんびり会話しているこの瞬間にも、グレイロードでは魔物対応で誰かが死んでるのよ」

「だから…それを愛と誤解されても構わないから、相手へ気持ちを向ける」

「好意も感謝も何もかも。生き残った相手が自分の思いを誤解しないよう、会話が足りなかったと悔やまないようにするの。そして無力で守られるだけの淑女はその邪魔をしない。邪魔をしていいのはその死地に立てる女だけだと思うわ」


 国や生まれた土地によって考えや物の見方が違う。この話はきっとそれが素直に表れた結果に生まれた齟齬だろう。そう考えたリリは新たな学びに笑みを浮かべた。


「でも竜王国民の考え方を知ることができた。これはマティアスがわたくしを人間扱いしてくれて、こうして会話してくれた結果ね。ありがとう」

「まっ…いや、待ってなんだそれ。君は人間扱いされてないの? なぜ?」

「この学園にはびこる害虫共にとってわたくしは甘いだけの砂糖菓子なのでしょう? それは永遠にその身を飾り続ける装飾品にも劣る、食べれば終わる嗜好品。どこかの害虫が言った通り、愛人程度で良いと見られているゆえの扱いなのでしょうね」


 竜王国にもまともな男子学生が存在することはマティアスのおかげでわかった。だがあの害虫たちは駆逐してやりたい。そう思いながら笑顔で告げたリリの目の前で、なぜかマティアスが真っ青な顔をしていた。


「リリ…砂糖菓子というのは…竜王国では最高の褒め言葉なんだよ。甘くて柔らかくて可愛らしい。この国の王都は、大陸南部で収穫された砂糖が流れてくるから、カフェにほ色とりどりの菓子が並んでる。その色鮮やかで可愛らしい菓子は民の心をつかんでやまない。だからだよ」

「あらあら、そこも理解不足だったのね」

「でもリリほどの優秀な子を、愛人程度と言ったのは…申し訳ないと…」

「マティアスが言ったことではないのだから、謝罪はいらないわ」


 竜王国の男子代表として責任を感じてしまったのだろう。泣きそうな顔のマティアスにリリは笑顔で繊弱な手を差し伸べた。

 するとマティアスは床に片膝をついて身を低くすると手を取る。そうして長い前髪に埋もれかけた瞳は既に涙に潤んでいた。


「リリ、ごめんなさい。許されるならこれからもここで君から学びを得たい」

「お勉強がしたいのなら構わないわ。謝罪もいらない。だってわたくしはこの国に学びに来ているのだもの」


 かくしてリリは留学して初めて異性の友人というものを手に入れた。そしてそのすぐ後に「今年の花祭りの花」が何なのかという答えもマティアスから得られる。



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